アスパシオンの弟子75 白き衣(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/12/10 21:21:23
「なんだその歌声は。ふざけるな!」
ごめんなさい。護衛長様ごめんなさい。俺はほんとに。おんちで。
ぐずでのろまな魔人です。
善き魔人。
それは、主人に服従する魔人。
そして、魔力が強くて歌が上手な魔人。
目標は遠い。俺は永遠に腰布一枚のままなのか……。
「よし、ルーセルよりはましになってきた」
特訓開始から七十二鐘ぐらいたったころ。護衛長様はそうおっしゃってくださった。
それまでもよく俺のほんとのご主人様を引き合いに出していた。きっと同じ特訓を施したことがあるんだろうな。
「あら、だいぶ魔力が練れてきたんじゃない?」「発声もよくなってるね」
それからさらに六十鐘ぐらいたったころ。魔人の仲間たちからそういわれた。
里を何周も走らされて、体力つけて、発声練習をいっぱいやったからかな。
「護衛長のしごきはすばらしいですね。ペピが見違えてきましたよ」
さらに四十八鐘たったころ。アイテリオン様から直々にうれしいお言葉をいただいた。
「衣を渡せそうだな」
護衛長様が渋顔ながらもそう仰ったので、俺の心は躍った。
ついに白い衣をもらったのは、護衛長様の言葉から三十六鐘後のことだ。
魔人団のみんながずらりと聖堂に並ぶ中で、衣を渡された。
嬉しくて。感激して。俺はそのまっ白な衣をうっとり抱きしめた。
「よくがんばりましたね。さあこれから、この右手でこの里を守ってください」
アイテリオン様が、銀の右手を手ずから俺に嵌めて下さった。
そこには、杖つくアイテニオス様もいた。回収された手足をうまくつないでもらったという。
あまり覚えてないんだけど、俺が殺しかけてこうなったらしい。ごめんなさい、と謝罪すると、だれだおまえ、と返された。
ニオス様が鎮守に復帰して、カトス様が魔人団の副長に戻られた。
初仕事だといわれ、俺は護衛長様率いる四人の魔人団とともに泉の間から地下へもぐった。
俺たちは蒼い三つの泉の間の先へずんずん降っていった。隠し扉の向こうの、さらなる地の底へ。
聖域へ赴き、反逆者メイテリエに会う。それが俺たちに課された使命だった。
魔人たちはみな、王に逆らうメイテリエのことを嫌っている。
護衛長様は彼の名が出るたびに、太古の時代の魔人のように「封印」するべきだと主張している。
時の泉ができる前は、聖域にある「封印の石棺」に入れて眠らせる方法で不死の魔人を封じていたらしい。
自由に主人を選べる魔人などありえない。
魔人たちはそう言って、みんな眉をひそめていた。
化け物のような再生能力をもつメイテリエのことは、うっすら覚えている。でも彼がどうして聖域へ逃げ込んだのか、よく思い出せない……。
「畑を通り抜ける。注意するように」
俺たちは護衛長様に続いて、うっすら水が張った田んぼのようなところを横切った。ごろごろと丸い岩の塊のようなものがその浅い池に並べられている。アイテリオン様が丹精込めて育てている、魔物の幼体だ。餌はミネラルをたっぷり含んだ水。ここは魔物が住む地下世界の表層部分にあたるそうだ。
俺たちは暗い鍾乳洞の分かれ道を幾度も右へ左へ曲がり、真ん中だの右から三番目だの左から四番目だの、いくつもの穴をくぐった。
奇妙な円柱形の岩が林立するところ。膝まで水につかるところ。蜂の巣のような岩の結晶が一面せり出しているところをこえた。
てらてら黒光る鉱石の間に至ると、護衛長様が袋小路のごとき隙間に入って韻律を唱えた。すると隠し扉が開いた。その先にはぽわぽわと灯り球がいくつも浮かぶ、トンネルがあった。
足元が急になめらかになる。人工の細工のごとく平らな石が敷き詰められている。トンネルを抜けるや――
「うわ……!」
地上に出たのかと見まがう輝きに襲われた。
広々とした空洞を覆う、黄金色の塊。天も地も、周囲もまばゆい橙の飴色。どこもかしこもまぶしい。
目の前に林立するのは、何百という黄金色の家々。その家も天地や空洞の壁と同じ、眩しい黄金色の材質でできている。
「これは、街?」
あたかも都の大通りのような参道が一本、家々の真ん中を走っている。
護衛長様は誇らしげにそのまばゆい街を指さした。
「聖域についたぞ」
思わず漏れる驚きと感嘆のため息。
太陽の中にいるような輝き。焼き焦がされるような煌めき。
黄金色の都は、地上よりはるかに眩しかった。
「これ……な、何の結晶なんですか?」
「見た目から我々は琥珀と呼んでいるが、正体は太古に死した獣の骸が固まったものだ」
護衛長様はつるりとした黄金色の岩壁に手を触れた。どんな成分が含まれているのだろう。岩のごとき塊は内から鮮やかに発光している。
「地中に巣を作る巨大な獣で、形は虎のごとくであったらしい。数十頭の群れが固まってここで死んだ。何億年という昔には、ここは地表近くに在ったのだ」
黄金色の「琥珀」の造形物は参道を挟んで左右対称になっており、きれいに並んでいる。家々もその屋根や壁についている美しい飴色の彫り物も、かつてメニスの細工師がその技の粋を込めて作り上げたのだそうだ。
参道の果てに、飴色の巨大な神殿がそびえている。屋根も柱もその壁一面のレリーフも、すべてがまばゆい琥珀色の結晶から成っている。
だが。
家も神殿もあるのに、俺たちの他にはだれの人影もない。周囲に建ち並ぶ家々にも、だれかがいる気配は全くない。
「ここは死の都。我々メニスの先祖の魂が眠る、眠りの場だ」
つまりこの都は、メニスの民の墓所らしい。
護衛長様に導かれ、俺たちは真正面にある神殿へ進んだ。
この神殿の中は、王の権威が唯一およばぬ神聖な場所だという。
「メイテリエ率いる親人派のリシ団は、この神殿内にずっと隠れている。これまで我が君は神殿内にひとり乗り込み、何度か交渉を行った。しかし結果は実らなかった。しかも二十鐘前から、メイテリエは交渉の広間に姿を現さなくなったそうだ」
ゆえにメイテリエたちの動向を確かめるのが、俺たちの今回の使命だそうだ。
神殿の中は、飴色のレリーフがびっしり貼り付けられた空間だった。
魔人団は入り口の広間から奥へ進み、ありとあらゆる部屋や中庭を探した。ここの庭の植物は本物ではなく、みな見事な琥珀の細工ものだった。
細い葉っぱ一枚一枚が。花びら一枚一枚が。まるで本物のように形作られ、中庭に飾られていた。
小ぢんまりとした部屋には、だれかがずっと寝泊りしていた痕跡があった。
そこはびっしりと大きなキノコが生えている部屋の隣で、キノコの食べかすのようなものがいっぱい落ちていた。メイテリエたちは、唯一琥珀ではないこのキノコを食べてしのいでいたようだ。
「直接地上へ繋がる道も寺院へ繋がる道も封鎖している。奴らはここから逃げられぬはずだ。探し出せ」
護衛長様の号令のもと、俺たちはばらけて神殿内をくまなく探した。するとカルエリカ様が悲鳴をあげてみんなを中庭の池に呼んだ。
それはとろとろに溶けた琥珀が流し込まれた池で、中にメニスの子がひとり、沈められていた。
「この子は……!」
その子を見るなり、俺の心はざわついた。
俺は知っている。この子は。この子は……。
池の岸辺に美しいメニスがひとりしゃがみこんでいる。
会ったことがある人だ。
その人は背をむけたまま、俺が思い出したのと全く同じ名前を口にした。
――「これはノミオス。アイテリオンの御子だ」

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- 優(まさる)
- 2015/12/10 21:29
- 沈めてどうするのだろう・・・。
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