アスパシオンの弟子75 白き衣(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/12/10 21:57:20
「メイテリエ!」
護衛長様が、カッとお顔を怒りで染める。しゃがんでいる鳶色の髪の人は、すっ、と立ち上がり、俺たちの方に振り返った。
「引き上げることはかなわぬぞ、アリストバル。ここは聖域ゆえ、「本人の意思」なくば勝手に連れ出すことはできぬ」
「聖域で勝手なことをしているのはおまえだろう!」
「いや。ノミオス本人に乞われたゆえに、封じてやったのだ」
鳶色の髪のメイテリエは、とても哀しげに眉根を下げた。
「負った傷の深さゆえに、この子は狂気に支配されている。しかし一瞬だけ正気に返る時がたまにある。その時に、切に頼まれたのだ」
その菫色の瞳から、銀色の涙が落ちていた。ぽたぽたと、とめどなく落ちていた。
「安らかに眠りたいと……」
護衛長様はぶるぶる震えて激昂した。
「おのれ! ではフラヴィオス様はどこだ! あの御子様はお前が無理やりさらった。ご本人の意思ではない。我が君にお返し申し上げるべきであろう!」
「地上へ逃れた。リシ団たちと赤毛の娘たちも共に」
メイテリエはぼろぼろの衣の袖で濡れる頬を拭った。
赤毛の娘たち?
聞いたとたんに、俺の胸がどくんと波打った。
赤毛の?
その子たちって。一体、だれだったっけ?
ばかな、と護衛長様が憤る。封鎖した道を越えられるはずがないと怒鳴っている。
「神殿の奥に『架け橋』がある。ここと別の空間を繋げる古い装置だ。リシ団が魔力を駆使して『橋』の先を地上へ繋げた。フラヴィオスは母親に会いたいゆえに、自ら望んで地上へ行ったのだ」
「おまえがいいように吹き込んだのだろう!」
護衛長様の怒りを、メイテリエは静かに受け止めた。
「いや、赤毛の娘たちがあの御子に母のことを教えた。それゆえだ。しかし私はここに残り、ノミオスを見守ることにした」
「また我が君の御子に懸想したか!」
「勝手に連れ出そうとする不埒者からこの子を護りたいだけだ」
メイテリエは毅然としていた。何か信念のごときものが、その目の中にもえていた。
「そして……見届けたい。この子がいつか、眠りの中から起き上がるのを。私はこの子が望めば目が覚めるようにした。まどろみの中で再び生きることを望む。そのような奇跡が必ず起こると信じるゆえに、私はここにとどまった。この子が起こすであろう、その奇跡の瞬間を見たいと思ったからだ」
ここは聖域ゆえに、戦うことはできない。
もしここが普通の場所であったなら、護衛長様はこのメイテリエを即座に吹き飛ばしていただろう。光の技で消し炭にしたことだろう。
憤る護衛長様と共に俺たちは急いで寺院に戻り、アイテリオン様に報告した。反逆者メイテリエは墓守りになったと。
おのが御子を失った我が君の哀しみは深く、俺たちはただちに地上に出て御子フラヴィオスとリシ団を探し出すよう命じられた。
「フラヴィオス様には、メニスの一族の命運がかかっている!」
護衛長様は俺たち魔人団に勇ましく号令をかけた。
その身にはいつになく力がみなぎっていた。メイテリエのことを報告した直後、俺を見事に鍛えたからと、アイテリオン様が約束していた褒美を護衛長様に渡したからだ。見目うるわしいメニスの娘、ナスカレアを。
「フラヴィオス様こそ魔王と成りて、憎き人間どもを滅ぼしてくださるお方だ。急ぎ発見し、保護するのだ!」
聖域に向かった魔人たちがそのまま御子救出隊に任じられ、馬に乗って地上に出た。騎馬の一団は北五州の街道に出るや、エティア王国を一気に南下し、メキド王国へ向かった。
御子フラヴィオス様の母君は人間で、その国の辺境の村にいるという。母君の身柄を押さえれば、御子を保護できる……と護衛長様は読んだのだが。
「空き家だと?」
そのレンギという小さな村には、御子の母君の姿はなかった。村人の話では、四年前に御子ノミオス様が連れ去られた直後に子供を捜しに出て、それきり行方が知れなくなったとのことだった。
魔人団は血眼になって母君を探し回った。しかし街道沿いの宿屋に幾日か泊まって、それから赤毛の娘たちと一緒に出て行った、ということぐらいしかわからなかった。
「赤毛の娘! またそれか」
護衛長様が悔しげにつぶやく。
どくん、と俺の胸が高鳴る。
なぜだろう。どうしてこんなに、心臓がばくばくとするのだろう。
どうしてこんなに、赤毛の女の子たちのことが心配になるのだろう。
彼女たちが、どうか無事であれ、と……。
俺は必死に自分の過去を思い出そうとした。昔の自分を振り返ろうとした。けれども記憶は白い霧の中でもやもやとしていて、何もはっきり見えてこなかった。
「王都の戸籍管理局に捜索協力を要請しよう」
「しかし護衛長様、今メキドの王都へ行くのは危険ではありませんか? 三年前に即位したベイヤート陛下は、実権がなく、摂政の暴政でついに王都民に蜂起を起こされたと聞いております」
「蜂起した民に賛同して、地方からも兵が集まっているそうですね」
魔人たちの言葉に俺は首を傾げた。
ベイヤート……陛下?
ベイヤート……という人は……たしか山奥の国にいて……だれかのお父さんで……
「いや、現在の摂政殿下は我が君の傀儡。わざと無体な政策を敷いて、都民が蜂起するようしむけたのだ。あの者は我々の味方ゆえ、捜索に協力してくださるだろう」
メキドの現摂政は、アイテリオン様の傀儡……
なんだろう。
胸がざわつく。とても居心地が悪い。
俺は、なんだか、みんなの中にいてはいけないような気がする……
俺たちは馬駆って街道を北上し、王都を目指した。ほどなくザッザッという不気味な音が道の向こうから聞こえてきた。
「おう、あれは」
しばし馬を止め、俺たちは前方をちまちまと進む者どもを眺めた。
それは剣や槍持つ兵隊たちだった。
大勢の兵が進軍していた。
一路。メキドの王都へ向かって。
読んで下さってありがとうございます><
灰色の衣、白き衣。二つもらってあとは本職の黒を極めるのみー♪
なんですけども、たぶんどんなに黒の技を極めようが、
あの師匠は絶対一人前認定はくれないんだろうなぁと思います^^;
一生弟子にしとくべ~のお人ですから汗汗
(未来のペペの衣は青かったですし^^;)
ペペさんが抱いている違和感の正体は次回にて^^
読んで下さり、ありがとうございます><
おかしいと気づいているのに、なぜか抗えない。
とても怖い状態ですよね><
魔人は肉体的には無敵ですが、その反面、
統制されやすくなってしまうようです。
体に入った変若玉が心臓に巣食って
神経に影響を及ぼしているみたいです。
でもぺぺは違和感を感じているので、
そこが回復の足がかりになると思います^^
読んで下さってありがとうございます><
葛藤しているので
何かきっかけがあれば思い出すのかなと思います^^
マインドコントロール下とはいえ黒灰白の技のグランドスラム達成のペペさん^^;
善き魔人への道を歩みながらもペペさんの精神力のおかげか
心の空気穴は開いていて、そこから自分を見つけようとしていますね^^
どのように自己を回復するのかとても楽しみです。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
今作品も楽しく拝読しました。
洗脳されるということは、こうしたことかと・・・つくづく思いました。
そして、洗脳に抵抗する意思や記憶・・・たしかにそうであって欲しいと考えました。
新聞にカルト関係の記事が掲載されるごとに人の心の弱さを感じています。
魔人でさえこうですもの、まして人なら当然かも・・・。
次作を心よりお待ち申し上げます。
壮大な物語なのでいずれ紙の本で読みたいなぁと願っています。
m(_ _)m
お題:2015年を振り返ってみよう
ぺぺさんは振り返ろうとしたのですが思い出せなかったみたいです@@;
私自身は筋腫の手術が施術も経過も問題なく済んだことが、幸いであったなぁと思います。