アスパシオンの弟子76 革命(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/12/19 00:39:52
爆音。
鬨の声。
けむる空気。
ダゴ馬が駆ける。兵士が走る。ひらめく、たくさんの青い旗。
怒号。
悲鳴
涙。
ダゴ馬が倒れる。兵士が逃げる。重なっている、たくさんの屍。
「なんだこれは」
護衛長様に導かれ、王都に入るなり感じたのは。
「なんだこれは?」
疑問と。哀しみ――。
都の大通りを、青旗をかかげた民衆たちが通り抜ける。
大通りに面した王立の役所に火矢を放ちながら、王宮へと向かっている。
樹木に埋めこまれるようにして立てられている館は、いったん火をつけられたらあっという間に燃え広がる。ゆえに大通りはひどい有様だった。炎の柱が幾本もたち、建物と共に巨大な樹木も一緒に燃えている。
しかし戦闘は都の真ん中を通っている大通りだけで行われ、俺たち魔人団が王都に入ったころにはすでに終息していた。街道で出会った地方軍の兵士が活躍する場はほとんどなかった。
都の大通りで繰り広げられた白い旗の王党軍と青い旗の蜂起軍の戦いには、すでに決着がついていた。王党軍の抵抗はあっけないほど貧弱なもので、怒れる民衆たちのなすがままだったようだ。燃え盛る大通りには、痛ましく重なりあう王党軍兵士の遺体ばかりが目立つ。
護衛長様は周到に、俺たち魔人団に身隠しの結界をかけるよう命じた。
誰の目にも見えなくなった俺たちは青い旗で埋めつくされた王宮に入った。
庭園にも宮殿内にも、武器を持つ王都の民衆でいっぱいだった。取り次ぎの公官などいったいどこへいるのやら、という混雑ぶりだ。
民たちの波を縫って玉座のある広間に入りこむと、空の玉座を前にして、青旗軍の筆頭らしき「将軍」なる者が摂政と会談していた。
「ベイヤート陛下を一体どこへ隠したのだ?!」
全身鎧姿の側近たちを従えた銀甲冑の将軍は、国王の一家はどこかと、銀の兜から口角泡を飛ばす勢いで詰めよっていた。腹黒そうな顔つきの摂政は、将軍の兜越しのくぐもった声にひるんでいる。
「かかか隠すなどとんでもない。蜂起の軍が王宮に迫るにあたり、自決されよと提言いたしましたが、ご家族を連れて逃げてしまわれたのです」
背が高くがたいの良さげな銀甲冑の将軍にくらべ、摂政はかなり豊満で肉だるまといった感じだ。
「しかしパルト・ブルチェルリ将軍、我らが招聘に応じ、民衆たちを指揮していただいて感謝しますぞ。これで我々は重税をかける愚策から開放されまする。なにしろ陛下はとても横暴で、私どもは日夜苦労してまいったのです」
摂政はこれみよがしにハンカチで目を拭う。大仰なこの仕種は、たぶん演技なのだろう。
護衛長様はこの摂政は我が君と通じていて、ここ数年わざといかがわしい政治を行った、と仰っていたのだから。
「どれも妥当な政策なら、多少議会を無視されても文句はいわぬところでありましたが。しかしことごとく的外れなことを申され、ひどい法律を次々制定されるものですから……」
「それはご苦労いたみいることだ。ベイヤート・ビアンチェルリ陛下の愚かな采配で、地方財政が急速に悪化し、病が流行ったり飢饉が起きたといいたいわけだな」
「さようでございます」
「ふん。傀儡の王に何が出来ようか。ロザチェルリ摂政殿下、あなたが王に罪をなすりつけたのだろうが?」
「い、いえまさか。そのようなことは――」
銀甲冑姿の将軍は兜をはずして小脇に抱え、装甲に覆われたかかとをかつりと鳴らした。
とたんに俺は息を呑んだ。
兜の中から出てきたのは、燃えるような真っ赤な髪――。
「やりたい放題だな、ロザチェルリ摂政殿下」
兜をはずされた端正な貌から発するその声は、とても高い女の声だった。
「ノワルチェルリの跡継ぎは半年前、何者かに暗殺された。ビアンチェルリの名はこうして地に落とされた。どちらも摂政殿下、あなたが黒幕だろう?」
「い、いいえ、ま、ままままさか!」
「黙れ! すでに証拠は握っている。大方己自身が王になりたかったのであろうが、大罪人には決して玉座はやらぬぞ!」
「ひ?!」
将軍の背後に控える側近たちが、摂政を左右から羽交い絞めにして玉座の段から引きずりおろす。
「そいつを牢へぶちこんでおけ。ベイヤート陛下一家を探し出し、ただちに保護するのだ! 陛下の御身にはけっして傷をつけてはならぬ!」
銀甲冑の女将軍はてきぱきと配下の側近たちに命じ、自身も忙しげに広間を出て行った。
俺は広間の隅から、すれ違う女将軍の顔をまじまじと眺めた。
あの顔はどこかで……どこかで見たことがある。
なんだかよく知っているような気がする。
一部始終をうかがっていた護衛長様は、おやおやと眉根をひそめた。
アイテリオン様の忠実な手駒が目の前で失脚してしまったので、困惑顔だ。予想外の事態のようだ。たしかに肉だるまの摂政は、我が君の言うことをよく聞きそうな雰囲気の人である。
「我が君はあの摂政を次のメキドの王にとお望みだったのだが……ブルチェルリ家だと?」
「チェルリ家は六つあるんです」
俺の口から記憶の奥底にある知識がするりと飛び出した。
「みんな古プトリ王家から分かれた血統で……王統はノワルとビアンの二つ。選王候家はロザ、ブル、ヴェール、ジョーヌの四つ。王統のニ家からふさわしい人を、選王候家が厳正な議論で選んできたんです」
「あらペピちゃん、物知りね。えらいこと」
魔人団の中で一番の美貌の持ち主であるカルエリカ様が、俺の頭を撫でてくる。この方は護衛長様の次に年寄りの魔人だ。しわひとつないその美貌は少女のようながら、みなの母親のように振舞っている。
「ロザチェルリを救出するか。ブルチェルリを抱き込むか。我が君のご意志を仰ぐとしよう」
護衛長様が首に下げた宝石の板をいじる。我が君へ信号を送っているのだ。このいくつも宝石がはまった石盤は、アイテリオン様と直接交信できる宝物。魔人団の長に与えられる特別なものだ。
「……わかりました。……御意。ご命令を遂行いたします」
りんりんとかすかに鳴る宝石盤に両手をあて、状況を報告して目を閉じていた護衛長様は、すうと瞼を開けて命じた。
「我が君よりご命令を受けた。フラヴィオス様の母君の捜索は一旦中止し、ロザチェルリ摂政殿下を救出せよとのことだ。我が君は、蜂起軍の将軍パルトリーチェ・ブルチェルリとは手を組まぬ。奴に国王殺害の罪を着せ、王宮より追放せよと仰っておられる」
俺たちは二手に分かれた。
マルメドカ様とケイネシネア様は摂政殿下を救いにいき、俺は護衛長様とカルエリカ様とともにメキドの国王一家を探し始めた。
魔人団の力をもってすれば、蜂起軍を韻律で操り、国王を始末させるなど容易なことだ。将軍の命令で殺したことにして、救出したロザチェルリ摂政殿下に国王殺害の咎を糾弾させる、という計画である。
どくん。
どくん。
なぜか心臓が痛いほど高鳴る。
どくん。
どくん。
姿を隠したまま、俺たちは探し回る。
王都の民衆たちであふれる王宮を探し回る。
だれを、殺すって?
この国の、メキドの国王。ベイヤート。
知っている。俺はこの人を知っている。
悪い人ではない――いや。悪い人……かも。
いい人だ――いや。いい人じゃ……ないかも。
フッと、幻のようなものが見える。
赤毛の少女の顔がちらつく。あの女将軍とそっくりの顔の少女。
なぜかその顔がふたつ浮かび、その二人の女の子が舞い始める。
真っ赤な衣装と真っ青な衣装で……

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- 優(まさる)
- 2015/12/19 05:21
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