Nicotto Town



アスパシオンの弟子76 革命(中編)

ペピちゃん、大丈夫? ふらついてるわよ」

 カルエリカ様がよろける俺を支える。

 いったいどうしたんだろう。急に幻が見え出して、頭が……目の奥が痛い。

 しかし俺はカルエリカ様にすごく気に入られてるみたいだ。俺が一番年少で出来が悪いせいか、何かと目をかけてくれる。

「宮殿内にはいないようだな。庭園をみるぞ」

 護衛長様が俺たちを先導して宮から出る。するとカルエリカ様が透視の技を駆使して、たちまち庭園の地下にある通路を発見した。

「長そうなトンネルね」

 うん、そうだよエリカ様。メキドの地下は穴だらけだ。だって神獣の蛇が通るために……

 蛇……? 蛇って……?

 ああそうだ、巨大な緑の蛇。

 うう? ほんとに蛇の幻が見える。急にどうしたんだ? 女将軍を見てから、幻ばかりが目の前に映る。頭がくらくらする。

 なんだか、右眼の奥が痛い……。

 俺たちは地下道への入り口をすぐに発見し、地下へくだった。暗い穴の道が護衛長様のまっ白な光玉でまばゆく照らされる。

 しかし。

「い……痛い……右目が痛すぎる」

 魔人には痛覚がないはずなのにとても痛くてたまらず、俺はその場にしゃがみこんでしまった。

「どうしたのペピちゃん?」

 護衛長様はスタスタと先へ進んでいくが、カルエリカ様は俺を気遣い歩を止めてくれる。

「お願いだから……やめてくれ」

 全身粟立ち震える俺の口から、心の奥底の叫びが飛びだした。両方の目から、どっと涙があふれてくる。

「頼むから、殺さないで」

「何言ってるのペピちゃん?」

「ベイヤート陛下を、王家の一家を殺さないで……!」

「だ、だめよペピちゃん。命令に逆らっちゃだめ。善き魔人にならなきゃ」

 善き魔人とは。
 主人に服従する魔人。

 でも、右の眼が痛すぎて……動けない。

 ぼろぼろと涙をこぼす俺を、カルエリカ様が心配げな顔でおんぶしてくれた。まるで幼子にするように。

「かわいそうに、まだ完全に記憶の蓋が閉まってないのね。訓戒をもっと唱えなさい。忘れてしまえば、なんともなくなるわ」

「いやだ! 忘れるなんて!!」

 ため息と共にエリカ様は歌い始めた。穏やかで優しい調べだ。それはまごうことなく――幼子へ歌う子守唄だった。

「少し眠っていなさい」

 いやだ!

 叫んだはずなのに声が出ない。またたく間に強力な魔法の気配に呑まれたからだ。ただの子守唄じゃない。眠りへといざなう強力な魔詩(まがうた)だ。

 いやだ! いやだ!

 手足が動かなくなる。まぶたが閉じる。だが俺は、叫び続けた。おのれの意識の中で叫び続けた。

 いやだ――! 

――「おやこれは?」  

 まどろみの壁のむこうから、護衛長様の声がかすかに聞こえる。

「陛下が倒れている? ほう……ロザチェルリはさほどの馬鹿ではなさそうだ。すでにこっそり、陛下を手にかけていたか」

 ……!! そん……な……!!

「ご家族の姿が見当たらぬな。どこだ?」

「アリストバル様、だれかがこちらに走ってまいります。この隠し通路に気づいた者がいるようですね」

「む? あれは……女将軍ではないか。エリカ、姿を隠し不意打ちを食らわせて捕らえよう。眠らせて捕縛し、摂政の代わりに牢へ入れるのだ」

「はい。了解しました」

 や……! やめ……!

――「ベイヤート陛下! 我はパルトリーチェ・ブルチェルリ! 御身を拘束する! これ以上逃げられるな!」

 や……

「命はとらぬと約束する。その位から退いてもらうだけで復讐には十……陛下?! なんだ? なぜ倒れている? お……起きろ! あなたには、我が妹アズハルに一生かけて償ってもらわねばならぬのに!」 

 な……!?

「そんな! アズハルを穢し、彼女が生んだ娘を無理やり奪った非道の罪を犯したまま、死ぬるというのか?! 許さぬ! 頼むから起きてくれ! アズハルの娘はどこにいる?!

 まさか。まさか……!

 閉じたまぶたの裏に幻影が浮かぶ。真っ赤な衣装を着て踊る女の子の姿がくっきりと。

 この子がだれか。俺ははっきり思い出した。

 この子がそうなのだとハッと気づいた。

 この子こそが、この銀甲冑の女将軍なのだと――

 がんがんと右目が痛む。片方の目が燃えるように熱い。そうだ。これは。これは。

 赤いルファの義眼のせいか!

「……ろ……」

 エリカ様の力に逆らって、ぎりぎりと口を開く。

「……げろ……!」

 懇親の力をこめて、四肢を動かす。

「逃げろアフマル!!」

 魔人の強力な魔法の気配を突き破って、俺の口から叫び声がほとばしった。俺の手足がぎこちなく動き、エリカ様の背を押すように転がり落ちる。

「逃げろアフマル! 操られるぞ!」

 俺はカッとまぶたを開いた。「護衛長」が銀甲冑の将軍を魔法の気配で包もうとしたその瞬間。俺は彼女に向かって守護の結界を飛ばした。

「ペピ! なにをする?!」

「みんな思い出したぞ……がっちがちに洗脳しやがって! こんなこと許すものか! 

 俺は炎のごとく熱い右目を抑えながら吠えた。銀甲冑の将軍の腕をつかみ、俺たち二人の周囲にさらに防御結界をかける。女将軍が白い衣を着ている俺を見て目を見開く。

「お……おじいちゃん!」「アフマル、説教はあとだ!」

 いくら洗脳されようが、忘れられる……はずがない。

 おのれの右目を抑える。右の眼の奥からどくどくと、流れる血潮のごとく記憶が脳髄に流れ込んでくる。

 俺の目はずっと見てきた。何百年もの間、美しい赤毛の子の顔をずっと見てきた。

 俺の娘たち。俺の奥さん。そして――エリシア。

 このアイダさんが作った右目が。俺の記憶をみんな記録している――

 義眼に蓄積された記憶が流れてくるゆえに、俺はずっと違和感を覚えていたのだろう。忘れかけた記憶が何度も途切れ途切れに出てきたのだろう。

 護衛長とエリカさんが俺が作った結界を砕こうと全身を輝かせ、魔力を喚起する。

 俺の力じゃこの人たちに太刀打ちできないかも……と、一瞬うろたえた俺の右目が、ぶわっと熱く燃え上がった。

 脳髄が焼けそうだ。ひりひりと目の奥が痛む。赤い瞳から、何かがぼうっとほとばしっている。

 これは……まさか破壊の目……?

 アイダさんが作ったルファの瞳が、ぎゅるぎゅると音をたてて魔人の魔力を吸い込みだした。

 破壊の目は、魂を吸い込む機能のはずだが、アイダさんが作ったこれは、魔力も吸い込めるのだろうか?

 たちまち魔人たちが地に膝をついて息切れし始める。

「逃げるぞアフマル!」

 その隙をつき、俺は将軍の腕を掴んで通路の奥へ走った。この隠し通路は蛇の道に通じている。

 陛下はすでに殺されて地下道に倒れていたが、ご家族はまだ無事かもしれない。

 いや、絶対無事だ。トルは……未来のトルナート陛下だけは……生き延び……。

「おじいちゃん、ごめんなさい。泣かないで」

 アフマルが申し訳なさそうな顔をする。

「なんでおまえ、ブルチェルリ家に?」

「妖精たちは今、エリシア・プログラムを発動させているの。私はその一環でブルチェルリ家へ嫁いだのよ」 

 エリシア……プログラム? 俺はそんなものを作った覚えはない。俺がいなくなったときにこうしろああしろ、というマニュアルみたいなものは置いていったけど。チェルリ家に嫁げなんて一切命じてないはずだ。

「お父様が、もしおじいちゃんに何かあったら発動させろと」

 ああ、ソートくんの仕業か。

「緊急時にはメキドの選王候に嫁いで、私たちがメキドの政をせよと。でもロザチェルリは私たちを拒否したわ。だから王統つぶしの黒幕だとわかったのよ」

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2015/12/19 05:27
さてどうしますかな。




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