Nicotto Town



アスパシオンの弟子77 逃亡(中編)

「な……? え?! その宝石って……!!」

 小さな王子は、両手にもった二つの真っ赤な宝石をかかげながら呪文のようなものを唱えた。

My magistri

Me placere virium

Adiuva me placere!」

 それはまごうことなく神聖語で。そしてその赤い宝石は――。

「ルファの義眼?!」

 力ある言葉が発せられたとたん。ぶわり、と王子の両手から虹色の光がほとばしった。

 ふたつそろった赤鋼玉の眼。それは未来において俺がトルナート陛下と分かち合うことになる、樹海王朝の少年王が持っていたものではなく……。

「なんだこれは?!」

「いけません護衛長、この波動は!」

 さすがの護衛長がたじろぐ。エリカさんの顔から血の気が引いていく。

 そう、この七色の光は。これは――!

「時間流波動! ってまさか、その義眼、お、俺が作ったやつか?!」

 この光。まちがいない。王子が持っている義眼は、ソートくんがいつか勝手にアイダさんが作ったものとすりかえて、どこかへ隠してしまったものだ。

「消えちゃえ! 消えちゃえ!」

 王子が必死に叫ぶ。 涙をこぼしながら何度も叫ぶ。

 眼に鮮やかな美しい光が魔人たちを包み込む――。

 俺は息を呑んで、両手から七色の光を放つ王子を呆然と眺めた。

 俺が作った義眼には、魂を吸い込む破壊の目の機能はつけていない。けれども別の機能がついている。それが、目の前で見事に発動している。

「や、やった? やったの?」

「うん。魔人たちを完全に抑え込めた」

 へたれこむ王子を抱える。目の前では、ぴた、と光に包まれる魔人の動きが止まっている。まるで瞬間的に冷凍したかのようにかちかちだ。

「う、動かなくなった……」

「光球の中の時間が止まってるんだ。時間流がうまく停止してる

 不死身の魔人の魂は吸い込めない。彼らが唯一、影響を受けるものは。唯一の弱点は、「時間」だ。

 俺が時の泉で数百年も封じられていたと同じ封印の力が、この場に生まれていた。

 この機能は、破壊の目の応用だ。右の目が吸収するのは未来へ流れる時間流。左の目が吸収するのは過去へ流れる時間流。二つの眼がためた時間流を波動変換して目標物にぶつければ。そこには、時の泉のように停止空間が生まれる……

「って、理論だけでひっつけた機能なんだけど。ちゃんと作動してよかった」 

 しかしどのぐらい固まってくれるのかわからない。十年かもしれないし、数十秒だけかもしれない。俺は王子を再び背負い、地下道を走った。

 できるだけ魔人たちから離れようとがむしゃらに走った。 

 王子がどうやって俺が作ったものを手にいれたのか、聞きながら。

「これね……王宮にあった古い宝箱に入ってたの。王子様たちが、代々おもちゃ箱にしてたっていう。魔法の呪文がかいてあるから、僕はすごい宝ものだって思ったんだけど……お父様も兄様も姉さまも、みんなただのオモチャの目玉だよって笑ってた」

 ソートくんは俺の義眼をメキドの新王家に渡していたようだ。でもおもちゃになってたということは、何も説明せずに渡したか。それとも代々の王が眼の価値を軽んじていたか、故意に無視したかなんだろう。

 世界が技術を封印する風潮にあって、灰色の技を凝縮したこの義眼はとても都合の悪いものだ。王家の者たちはわざと義眼をおもちゃ箱の中に隠したのかもしれない。

「とてもきれいな目だから……お守りにしてたんだ。でもやっぱりほんとに……ほんとに、すごい宝ものだったんだね」

 俺の胸元にかかっている王子の手。その中にしっかり握られている赤い義眼を、俺はまじまじとみつめた。

 やはり俺が作ったものに間違いない。うっすらと刻印が見える。

七一零四  ⅣⅤⅣⅨ  番島

 アイダさんが三番島で俺の右目にはまっているものを作った年に、俺もこれを作った。

 王子が呪文が書いてあるといったのは大正解だ。

 俺は年号の下に、あの時間流吸収機能を発動させる鍵となる言葉(コード)を刻んでおいた。王子がまさについさっき、唱えた言葉だ。


My magistri (わが師よ)

Me placere virium (助けてください)

Adiuva me placere (力を与えて下さい)』


 まだ幼いのにこの神聖語を読めるなんてすごい。

 たぶんたくさんのおもちゃの中に埋もれていたんだろうに、力が宿っていると信じてくれるなんて。

 ありがとう……ありがとう、王子。

 やっぱり君は、すごい人だ。

 って。あれ?

 呪文の下に何か付けた覚えの無い刻印が加えられている。

 『秘秘式』

 え? なにこれ。ピピ式?!

 俺、打銘なんて持ってないし、つけたことないのに……

 ソートくんが刻んだのか? まったくあいつは……

 口元がほころびかけた俺の背中で、がふっ、と王子が生暖かいものを吐いた。まずい。血か?

「お父様も、お兄様たちも……僕たちを逃してくれた。お母様も。おばあ様も。みんな僕たちに先に行けって言って、こわい人たちに向っていった。でも、追いつかれた……みんな……みんな……」

 じわじわと俺の背中が涙と血で濡れる。

「みんな……死んじゃったの?」

 王子の手が力なくだらりと垂れる。赤い目玉がこぼれ落ちる。

「トル! しっかりしろ! 」

 俺は赤い義眼を拾い、歯を食いしばって走った。何度も何度も、王子に詫びながら。

 ごめん。ごめん殿下。間に合わなくて。君の家族を救えなくて……。

 でも君は守る。絶対守る――!

 先が見えない迷路。無数にある分かれ道。

 ただひたすら、俺は走った。

 明るい地上を目指して。


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2015/12/26 20:29
頑張ろう!




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