アスパシオンの弟子77 逃亡(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/12/26 16:17:51
ポチの線路をひた走った俺は、ようやくのこと地上へ出た。
先行させたアフマルたちとは完全にはぐれてしまったが、たぶん妖精たちを通じて居所がわかるだろう。
ポチの地上駅にたどり着いた俺とトルは、ポチ2号に回収された。エティアに置いてきたポチ2号は、非常事態で覚醒した妖精たちによってメキドに運ばれ、エティアとメキドを結ぶ運送会社の乗り物として稼動していた。
驚いたことに機関士の妖精はいとも簡単にポチを竜に変形させて、空を飛んでくれた。妖精の腕には、俺が持っていたのとそっくりなものがあった。
「制御装置の設計図が塔に残っていたので、複製を作ったんです」
灰色の技の能力も仕込まれているとは。ソートくんのエリシア・プログラムはこれでもかというぐらい万能だ。
機関士の妖精は二人いて、運送会社のトレードマークである鉄兜を被っていた。ひとりは二十歳ぐらい、もうひとしはまだ十歳そこそこで、トルと同じぐらいの幼い妖精だった。
「この子……ウェシったらポチが大好きで、機械いじりが得意なものだから、仕方なくもう社員にしちゃったんですよ」
大人の妖精が苦笑する。
妖精たちに聞けば、俺がいなくなって皆が「覚醒」してから、約四年ほど経っているという。
一緒に行方不明になったローズとレモンから、いままで連絡は一切無いそうだ。フラヴィオスやリシたちと一緒に逃亡を続けているはずだが、どこに潜んでいるのだろう。
「おじいちゃん、今、塔から連絡が入りました。アフマル姉様から伝信があったようです。メキドの姫とアズハルの娘を確保したアフマル姉様は、ポチ3号に搭乗し、西進。メキドを脱出したとのことです」
「え? ぽち……3号?!」
「はい、設計図がありましたので、私たち運送会社の社員でポチ2号の複製品を作りました」
「あたいが作業を指揮したの」
幼いウェシ・プトリがドラゴン・ポチの背の上で胸を張る。
「3号は大陸西部の山脈を走っている山岳鉄道なのよ」
「あ、でも竜にはなりません。そこは原理がむずかしくて、空をとぶ機能はついてないんです」
大人の妖精が言うと、ウェシ・プトリはほっぺたをふくらませた。
「でもスピードは、3号の方が速いよ。おじいちゃんの設計にあたいがちょっと手を加えたの」
「すごいなぁ。俺がいなくてもこんなに立派にやってくれてるなんて、嬉しいよ。ほんとびっくりだ」
「覚醒」した妖精たちの能力に、年齢はほとんど関係ないようだ。
感慨深く褒めたせいか、ウェシ・プトリはボッと頬を染めた。
あれ?
この子どこかでみたことあるような。
あ……鉄兜の赤毛の女の子。ああ、そうか……
「なに? おじいちゃん、じ、じろじろみないで?」
「ああ、ごめんごめん。六年後はもっと美人になるだろうなぁと」
「え? え?!」
これで塔に戻れて落ち着ける、と思いきや。
俺は妖精たちから、意外なことを聞かされた。
「おじいちゃん、潜みの塔は今、メキドからいなくなっています」
ドラゴン・ポチは北へ北へと飛んでいた。メキドの森ではなく、エティア王国の王都へと方角を定めて。
「ど、どこかのだれかに攻撃でもされたのか?」
「いいえ。塔は現在、エティアの王城の一部になってるんです」
「なんだって?」
「現在エティアはスメルニアと戦争状態にあり、非常に劣勢です。王国を守るため、姉様たちが王宮を守る防衛塔として出動させました」
スメルニアとの不和は度重なる誤解の積み重ねの上に起こったという。どうやら、魔物ではエティアを倒せぬ、とばかりにアイテリオンが古の超大国に陰謀を仕組み、エティアを誤解して戦を起こすようしかけたらしい。
程なく俺は、エティアの王宮脇にどんとそびえる潜みの塔に戻れたが――。
「あそこの空が黒い……」
戦時下のエティアは、王都に戒厳令が敷かれるどころの騒ぎではなく。王都のすぐそばで少年王が陣頭に立ち、会戦を繰り広げている真っ最中だった。
何百というスメルニアの鉄の竜がびゅんびゅんと空を飛び、六英雄率いるエティア軍五千あまりを翻弄している。この作り物の黒い竜はロンティエといって本物よりはるかに小さいが、機動力がはんぱない。
俺は急いで塔内の培養カプセルにトルを入れて眠らせると、蒼い衣に着替えた。従属の証である白い衣は、もう一秒たりとも着ていたくなかった。
割れた右目を取り出し、眼帯をする。しばらくは片目で我慢だ。
俺が作った義眼は、お守り代わりとしてトルを入れたカプセルのそばに置いておいた。
西進したというアフマルたちは、無事だろうか。
どうか、悲しい知らせが届かぬように……。
俺は妖精たちに命じて竜化したポチに乗せてもらい、とるものもとりあえずエティア王がいる戦場に加勢に入った。
ポチの火炎放射で一時敵兵が退いた隙に、エティア軍の本営に行けば。
指示を飛ばしていた少年王ジャルデ陛下が、おう、と嬉しげに手を振って迎えてくれた。
「おじい! 久しぶりだな。生きてたようで何よりだ」
「ああ、なんとかな。これは一体、どうなってるんだ?」
「どうもこうも、勝手にむこうが怒って勝手に突然攻めてきたんだよ」
陛下は大変厳しい顔で唸った。
「だから今は、全然余裕が無い。さすがスメルニアというか……奴ら、バカみたいに強すぎてさ。三度くらい会戦したが、ずるずる負けて王都にまで刺し込まれちまってる」
ソート君の武器を持つ六英雄の力を持ってしても、古の大国には苦戦するのか。
おずおずとメキドの王子を保護して連れてきたと伝えると、陛下は天を仰いだ。スメルニアの鉄の竜が俺たちをせせら笑うように飛び回り、次々と頭上から丸い爆弾の球を落としている。
「んー。王都民にも王宮の人員にも、退避命令を出してるんだ。王宮やおじいの塔も、この分では危ないぞ」
陛下がそう言うそばから、王宮の上空にも鉄の竜が次々と現れるのが見えた。片目の視力しかないので、視界がなんだか変だ。拡大視できないのでちょっともどかしい。
鉄の竜がしゅるしゅる落とす爆弾が、地に着くや周囲に凄まじい爆発を起こす。王宮にも、潜みの塔にもいくつも落ちていくのが見えた。ばぐん、とおそろしい音をたて、塔が震える……。
「ここは全然安全じゃない。できれば落ち着くまで、どこか別の場所に王子を移した方がいいぞ」
自身の家族はみな、しかるべきところに避難させている、と陛下は言った。
「エティアの後見導師のすすめで、親兄弟も親戚もみな逃した。特に次代の王たる弟は誰の手も届かぬところに保護している。メキドの王子も同じところに落ち着けるよう取り計らってやろう」
だれの手も届かず、強力な結界で守られたところ。
この地上にある場所で、そんな場所はいくつかあるが……
陛下の背後で爆弾が破裂する。本営に爆弾が落ちてきたようだ。
俺たちはぶおっと爆風にあおられた。
耳をつんざくような爆音と共に、陛下の言葉が俺の耳にびん、と響いた。
「世界一安全な場所に、保護してやる」
お読みくださり、ありがとうございます><
こちらこそ大変お世話になりました。
ご感想にいつも励まされてまいりました。
ご体調、いかがでしょうか。どうかどうか、ご自愛くださいませ><
エリシア・プログラム、緊急時にとソートくんが仕込んだものですが、
危機管理対策のひとつの理想を描いたものです。
でも妖精たちは機械ではなく、感情がある人間なので、
ベイヤート陛下を見殺しにしたアフマルのように
創り主の望みとは違う結果を出してしまうこともあります。
自然の摂理に干渉して創造をするということは、
やはり何かしらの代償を払わねばならないのだろうなぁと常々感じる次第です。
昨年は本当にお世話になりました。
師走に入ってから猛烈に慌ただしく、ニコタも半閉鎖状態にして、日ごとの糧のために走り回っていました。
おまけに北国育ちなのに寒冷アレルギーがあり、年末の慌ただしなか、寒冷蕁麻疹まで併発してしまいました。
かような状況で、涙、なみだで新年を迎えました。
さて、感想を一言。
ソートくんのエリシア・プログラムには、一読者としても感動しています。
こうした優れもののプログラなら夏生も欲しいし、万金を積んでもと願う経営者や一国の首相がいてもおかしくないご時世ですね。
夏生は、これまでの仕事の多くを危機管理に割いてきました。全てのリスクを回避することは不可能です。
今回のソートくんのシステムは最終危機管理システムと名付けるべきかも知れません。
うーん、実に参考になりました。
リアのクローンには拒否感がありましたが、物語を読みつつ、近い将来、必要になるのかなと・・・などと思いをめぐらしました。
m(_ _)m
お読みくださり、ありがとうございます><
忘れたころにぺぺ作品がよみがえってきました^^;
アイダさんとはまたちがう秘秘式、ぺぺなりの矜持があるのでしょう。
世界一安全な所は「小説家になろう板」ではぺぺにとって某古巣なところなのですが(!)
こちらの方はその伏線を張っていないのでお話が少し分岐します。
これからどうやって六年過ごすか、楽しみにしていただければ幸いです。
いつも読んで下さって本当にありがとうございました。
よいお年を迎えられますように^^。
読んで下さってありがとうございます><
そう、逃げるのみです。
あと六年ぐらいぺぺやトル王子にはがんばってもらわないと^^;
続き、がんばります。
いつも一番に読みに来て下さってありがとうございました。
どうかよいお年をお迎えくださいね。
迫り来る刃と炎。
窮地に立つたびに発動される灰色の技。
それはかつてペペさんやソートくんが作り上げたもの・・・
アクションシーンの連続で、一気に読んでしまいました^^
世界一安全な場所とは、そこへはどうやってたどり着くのか、
次回が待ち遠しいです。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
お題:今年の自分を表す漢字一字
ひたすら何百年も隠れて隠れて秘密のピピちゃんしていたぺぺ。
ソートくんに秘の字の打銘をつけてもらったようです;