自作12月/ カメラ ハリの幻像屋(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/12/28 23:28:03
「ほうう、大変だったなぁ。それでこうして、はるばる騎士団営舎に戻ってきたわけか」
黒檀の卓がある書斎で、ほじほじと鼻をほじりながらのんびり相槌を打ついかつい男。銀枝騎士団の騎士団長を、赤毛の青年はぎん、と睨みつける。
「はい。こちらはちょうど雪が解け始めたところなんですね」
「狼団がいなくなって、雪かきが大変だったなぁ」
「いつもの状態に戻っただけじゃないですか」
「けれどなぁ、おばちゃん代理。一度覚えた蜜の味は、なかなか忘れられんものなのだ」
「はぁ」
「それで単身ここへ戻って来た理由は、我ら銀枝騎士団の力を借りたいというわけだな?」
「はい、そうです!」
おばちゃん代理の青年は、だん、と卓に両手をついて団長に頭を下げた。
「悪魔祓いに長けし銀枝騎士団のお力、どうかお貸しくださいっ」
おそろしい魔道師の家から狙われている娘を守るため、暖かい南の森へ逃げて潜んでいた青年と鉄の狼団であったが。突如その娘が異変を起こし、闇の繭を作って閉じこもってしまった。
暗い闇を祓えるのは、禍々しいものを滅する力をもつ銀枝騎士団しかない――と、青年は十日十夜ろくに夜も寝ず、ひたすら借り物の駅馬で街道を北上し、古巣の騎士団営舎へと戻ってきたのである。
が。
「なんですか、団長。その手は。びろっとこっちに出して」
「依頼料」
「ちょ……! 金とるんですか!」
「すまんなぁ。我ら銀枝騎士団は独立領を拝領しているとはいえ、エティアの国王陛下の臣下。公務ではない仕事は基本受けられん。だが特例で、われわれは動くことが出来る。その特例とは、」
「特例とは?」
「悪魔祓い師として、正式に依頼人から依頼を受け。悪魔祓いの仕事をおこなう場合だ。そしてその仕事には、」
「仕事には?」
騎士団長は親指と人差し指で丸いお金の形を作りながら、慇懃に、しかしのんびりとのたまわった。
「必ず、報酬を得ねばならん。奉仕は認められておらんのだ。というのも報酬の五割をだな、エティアの国庫に入れねばならんと定められとる」
おばちゃん代理の青年は、たっぷり数十秒ほど何か突き上げてくる感情のようなものを押さえ込んでいたが、ようやくのこと落ち着き払った声で訊ねた。
「依頼料は、おいくらです?」
「一日、三百スーでいい」
「は?」
それはエティアの歩兵の一日のおやつの値段では?
青年が突っ込もうとすると、団長はめんどくさげに手振りで黙れと制止した。
「いやだから、要するに形式を守ればいいんだ。金額は自由に設定できる」
「はぁ」
「あの狼少女は我ら騎士団にとってもかけがえのない可愛い娘である。ゆえに我ら銀枝騎士団は、」
席からすっくと立ち上がり、いかつい顔の騎士団長は胸を張った。
「全力でかわいいカーリンを救おうぞ! あ、三百スーはおまえの給料から天引きな」
「は、はい……」
たしかおのれの月給は、食堂のおばちゃん代理でバイト扱いで月一万五千スー。一日三百スーでも実はきついし、一月から三月はもらっていないのだが。
(まさか往復一ヶ月もかからないよな)
青年はそう思った。旅は順調に済み。娘は助かると。
かくして雪解けが始まった北の辺境から、おばちゃん代理の青年は銀枝騎士団の団員のほとんどを引き連れ、街道を南下した。
行きは借り馬であったが、帰り道は豪華にも団長から副馬を貸し与えられての旅であった。
しかし団長は夜は必ず旅籠に泊まってゆっくり休むので、旅程はなかなか進まなかった。行きの倍どころか三、四倍かかりそうな進度である。というのも、毎朝団長を起こすのに青年はことのほか苦労したからであった。
「春めいてあったかくなると、調子が出なくてなぁ」
「いいから早く起きてくださいよ!」
「春眠暁を覚えずというだろう」
「あと五分で出てくださいっ!」
「待て待て、朝食を食べて茶を飲んでからだ」
団長がゆるりと食事を取り。ゆるりと茶を飲み。やっと旅籠を出るのは決まって昼食の二時間前というありさま。他の騎士たちもいらいらするほどの鈍足ぶり。
これはいくらなんでもおかしいと、ついにある夜、副団長がおばちゃん代理の青年と騎士たちを泊まり部屋に召集した。
「依頼人のおばちゃん代理。これで何泊目だと思いますか?」
「すでに十五日たってます。でもまだやっと王都を越えたあたりです。南の森では牙王たちが娘の繭を守ってくれてますが、心配でたまりません」
青年がいらいらと答えれば。
「かなりのんびりしすぎな上に。旅費が恐ろしくかかってますよ」
会計係のメルカトが難しい顔でメガネを指でずり上げ。利き茶を知っているミハーイルが口を尖らせる。
「この旅籠。団長閣下の部屋は一泊一万スーもするんですよね。まぁ、僕らは雑魚寝部屋でみんなで二千スーですけど。しかし普段はケチな閣下が……信じられない」
「一日三百スーを稼ぐために、日数を稼いでるとも思えませんよね」
ため息混じりの青年に、騎士たちがそうだよな、とうなずくと。狩の手練れのゲオルグがむっつり顔でつぶやいた。
「何か憑き物がついてるとしか思えない」
しかし悪魔祓いに長けた銀枝騎士団の団長とあろう者が、悪霊にとりつかれることなどあるのだろうか。しかも感度の高い騎士たちがだれひとり、その気配に気づかぬとは。
すると物知りで名の通ったダラスが、憑き物は悪霊とは限らない、守護霊だってそうだと言い出した。
「我々の守備範囲である神聖系や暗黒系の系統に属さないものが、憑いてる可能性が高いですね」
憑き物の正体をいかにして突き止めるか。青年と騎士たちがうーんと頭を寄せていると、階下にある酒場から喧騒が聞こえてきた。見ればどやどやと、街道沿いから人が集まってきている。
何が始まるのかと騎士たちが階段から眺めれば。ちょびヒゲの紳士が前口上も高らかに、幻像なるものをひとり三千スーで撮って差し上げますと、台の上にある大きな四角い銀色の箱を指し示した。
「銀の板に皆様方のお姿を忠実に映しますものなれば、どなた様もこぞってこの機会に、肖像画に勝る肖像を手に入れていただきたくぞんじます」
「幻像屋か」
「あれって、本物の像が板に映し出されるんですよね」
「ご先祖さまの霊も映るって噂ですよ」
「ああ、聞いた事があるぞ」
物知りのダラスがぽんと手を打ち騎士たちに囁いた。
「あれはハリの幻像屋だ。この世ならざるものもすべからく映るとか」
壁に真っ白な幕が垂らされたお立ち台に、次々と集まってきた客が立つ。ちょびヒゲの紳士はかけ声と同時に、ぼん、と片手でかざした灯り球をまばゆく輝かせる。するとほどなく箱からだされた銀の板に、摩訶不思議にも客の姿が映し出されてきた。
しかも。
「うあああ、去年死んだ母ちゃんだ!」
「おお、肩のところにおられますな」
亡母が映ったという男やら。
「うぉおお、ミケ! あいたかったぁあああ」「ムクううう!」
飼い猫や飼い犬。
「にいさーん!」
戦死した兄弟。
「いやぁあ! なにこれええ!」
別れた男の生霊……などなどが次々と銀の板に映し出され、酒場は騒然となり。夜も深まっているというのにますます人が集まってきた。
「さあさあ、銀板には限りがございます。撮影はお早めに」
――「一枚頼むっ」
「あ。副団長」
するといつのまにやら副団長が階下に降りていて。祈るような顔で自分の財布から三千スーを支払うや、騎士たちに命令を飛ばした。
「団長閣下をつれてこい!」
あぁ、なんか昔にやりこんだゲームを思い出しました~
食堂のおばちゃん: 影の主人公。赤毛の青年に業務を丸投げしてかけおちする。
食堂のおばちゃん代理: 本編の主人公。バイト扱いで騎士団営舎に就職した。折れた剣に気に入られている。
折れた剣: 騎士団営舎の厨房に永らく住みついていた古い剣。自称英国紳士で、大変物知りである。
カーリン: おばちゃん代理が拾った狼少女。実の祖父である去る名門の当主から命を狙われている。
牙王: 赤子のカーリンを拾って育てた、鉄の狼の一団の首領。賢く、人型の女性に変身できる。
~銀枝の騎士たち~
騎士団長: 銀枝騎士団頭領にして、猫の額ほどの騎士団領の領主。早くに妻を亡くしている。愛娘がいるらしい。
副団長: 団長とは阿吽の呼吸。切れ者のようだ。
会計係のメルクト: 厳しい金庫番。
御曹司ミハーイル: 利き茶など、貴族のたしなみをよくしっている新米騎士。
手練れのゲオルグ: 狩の腕がすさまじい騎士団一の狙撃手。
物知りのダラス: 頭脳派。本をあさるのが好きらしい。