自作12月/ カメラ ハリの幻像屋(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2015/12/29 00:10:16
騎士たちはすばやく動いた。上部屋で眠る騎士団長を起こして連れてきて。
「眠い。眠いというに。春眠暁を覚えずだぞう」
完全にねぼけている団長をむりやり白幕の前に立たせ。
「笑ってくださーい。はい、ちーず!」
ちょびヒゲの紳士に幻像を撮らせた。
はたして銀の板に移っていたものは――。
「見せろ」「見せてください」「どうだ」「うわあ」「なんだこれ」「ぶ」「おお、これはなんと」
大あくびをかます団長の首から、サルのような獣のごときものがぶらさがっている。
「おお、これは久しぶりに見ましたぞ」
チョビ髭の紳士はにこやかにうんうんうなずいた。
「これはピゲル。怠惰なことで有名な、獣妖精でございますなぁ」
「ていうかこれ、サルっていうか……」
物知りのダラスが目をすがめる。
「ナマケモノ?」
「妖精でございますよ」
幻像屋の紳士はほっほっと笑い声をあげ、これを追い出すのは至難の技ですなぁとうそぶいた。
たしかに赤毛の青年と騎士たちが銀の板を覗き込んでいる間にも、団長はあくびを何度もかましてお立ち台に倒れこみ、ついにはいびきをかき始めている。
「ピゲルは動物たちの冬眠を司るものですよ。冬将軍が連れて行くのを忘れたんでしょうなぁ」
「なぜひっついた……」「そういえば団長は時々、森に見回りにいってたな」
「数日前、熊の穴を見つけたとかいってたぞ」 「あ、それ、まだ熊たちが寝てたとかいってたなぁ」
「それだ!」
春が来れば去るものなれば、暖かくすれば出て行くかもしれぬ。
青年と騎士たちは団長の泊まり部屋の暖炉をがんがん焚いて、汗を出させたが。しかし一向に憑き物は去らなかった。
「頑固だな」「これ、出てくのめんどくさがってないか?」
「絶対そうだろうな」「やっぱナマケモノだろ絶対……」
皆が途方に暮れかけたとき。
『ピゲルが憑いたんですか?』
青年のリュックから、あの歯切れの良い声がした。営舎の厨房に永らく在り、青年の相棒となった折れた剣である。
『あいつは、ほとんど動きませんよ。代謝を抑えようとするので、何も食べたくなくなるらしいんですよね』
「そ、そういえば団長、だらだら食べてるけど、あんまり量は……」
「お茶もだいぶ残してたよな」
『冬眠前に脂肪がたっぷりついてる状態なら、よいのですが』
このままでは団長の動きはどんどんのろくなり、やせ細る?
「どうすればいい?」
戦々恐々となった青年がリュックの剣を取り出すと。剣は簡単なことですよ、と獣妖精を追いはらう方法を教えてくれた。
『食べさせなさい。ピゲルは食べ物が苦手ですから、とにかくパンでも何でもひたすら食べさせなさい。英国紳士は、ターキーの丸焼きとプディングを所望しますけどね。食べるのがいやになったら、ピゲルは出て行きますよ』
かくして。騎士たちの視線は、食堂のおばちゃん代理一身に集まり。
「うらああああ!」
旅籠の厨房のかまどを借りて、青年はひたすらパンを焼き続けることとなった。
「うら! うら! うら! うら!」
力いっぱい小麦粉をこね。かまどで焼き。騎士たちに渡す。
また小麦粉をこね。かまどで焼き。騎士たちに渡す。
「どうだ!」
「た、食べさせてます」
「変化は!」
「いやいや食べてますが、すっ……ごく動きがのろくなってきてます」
「だれか咀嚼を手伝え!」
「はいい!」
根くらべだ。とばかりに青年はただひたすら、小麦粉をこね。かまどで焼き。騎士たちに渡した。
「うら! うら! うら! うら!」
『あのう』
「うら! うら! なに? 剣、なんか用?」
『ターキーは……』
「はあ? そんな暇ないって! うら! よし焼くぞ! 種なしだけどうまいぞ。塩ひとつまみ、砂糖ひとつかみ」
『プディングは……』
「だからそんなん作ってる暇ないってー!」
いったいどれだけ、パンを焼いたであろうか。
団長はしっかり平らげるのだが、その食事の速さは段々のろくなり、騎士たちが数人がかりで介助して食べさせているようであった。
パン攻めにして丸一日。しかし団長から獣妖精は頑固にも出て行かず。
無理やり食べさせる騎士たちに疲労の色が出始めた。このままでは……。
「小麦粉が尽きる! 金が尽きる! やばい!」
『あのう……』
「なに? 剣、なんか用?」
『おいしすぎるのってだめでは?』
塩をひとつまみ入れようとした青年は、ぴた、と手を止めた。
「今なんて?」
『いやだから。おいしすぎるのは……』
「う……あああああああ! 本気出して最高レベルのパン焼いてたあああああ!」
青年は頭を抱えて叫び、しばし落ち込んだが。気を取り直して厨房の戸棚の奥から、その重さは金に値するというとても高価な調味料――黒胡椒を出してきた。
旅籠の料理人が目をむくが、強制徴収した団長の財布から金貨をどっそり押しつけて黙らせる。
そして。
「世界一高価で。世界一おそろしいパンを……焼くぜ!!」
胡椒をどばりと、小麦粉に降りかけた――。
翌朝。まだ太陽が昇りきらぬうちに、銀枝騎士団の一行は街道沿いの旅籠をあとにした。
その先頭には馬に乗る依頼人の青年と、仏頂面の騎士団長の姿がある。
「……あのな、まだ口がひりひり腫れ上がってるんだが」
「あーすみません、はい、飴玉」
青年は苦笑しながら、十個目の飴を団長に渡した。
「あのパン、入れたの胡椒だけじゃなかったろ」
「そうですねえ、唐辛子にカレー粉にタバスコにハバネロに……まあいろいろ、刺激物もたんまりいれました」
「財布の中が激減しとるんだが……」
「メルクトさんに必要経費だって言われたでしょう?」
まるで爆弾のようなパンを食べさせたとたん。
姿見えぬ獣妖精はすさまじい悲鳴をあげ、団長の体から即座に逃げ出してくれた。
とはいえその逃げ足はとてものろく、その悲鳴もまるでスローモーションであったのだが。暖炉の火に照らされて見えるその影は、朝になってもまだようやくのこと、窓辺に到達したかしないかぐらいであった。
「のろすぎる……」「ていうか、団長が早巻きになってる……」「やっぱナマケモノじゃん……」
騎士たちが唖然とするほど、その後の団長の動きは素早く速く。あっという間に身支度を整え、朝食も数十秒で食べ終わるという早業を見せた。一晩中パンを食べさせ続けた騎士たちはねぼけまなこをこすりこすり、団長に急かされ、街道を南下した。
団長自身はおのれの異変に気づいていたらしく、とにかく急ごう、急ごう、と焦っていたらしい。それで妖精が取り付いても、完全に動きが止まらなかったようだ。しかしその高速反応はしばらく覚めやらず、騎士たちはそれから恐ろしい強行軍を味わうことになった。
一行はもう二度と旅籠に泊まることなく、昼も夜も馬で駆け続け。それからたった三日のうちに王国南部に入り。さらにその翌日には、狼たちが娘を守っている森へと入った。
しかして。
大きな闇の繭を目にするなり、団長も騎士も息を呑み。そして慄いた。
黄金の狼が心配げにくんくん鳴きながら、おばちゃん代理の青年に走り寄ってくる。
「おばちゃん代理……」
いかつい顔の団長はごくりと息を呑み、険しい顔で青年に告げた。
「これは……わしたちの力では、無理かも知れぬぞ」
かくして銀枝騎士団はついに森に至り、闇の繭を相手に大奮闘することになるのであるが。
それはまた別の、長い長い物語である。
――ハリの幻像屋・了――
あけましておめでとうございます。
お読みくださり、ありがとうございます><
はがすのに面倒この上ないこれ、ひと冬居すわるので
本当に大変だったと思います。
しかしおばちゃん代理の料理の腕はなんだかすごいようですね@@;
「食べる」のが趣味と実益の剣に見込まれたのは、ここらへんの才能のせいかもしれません。
あけましておめでとうございます。
お読みくださり、ありがとうございます><
今話は大事の前のインターバル的なお話でした^^
楽しんで下さってとても嬉しいです。
私も冬には動きがのろくなります;
こたつがわりの猫が膝の上に乗るとさらに動けなくなりますw
あけましておめでとうございます。
お読みくださり、ありがとうございます><
サル年を迎えるのでサルっぽいものを……と当初思ったのですが、
団長があまりにスローモーなので、これはなんだ; と
脳内でいろいろ像を固めましたら、このアレになりました^^
冬将軍の忘れ物が去ったので、
狼少女のカーリンにも春がくるといいなぁと思います。
あけましておめでとうございます。
お読みくださり、ありがとうございます><
今回は大事の前のインターバル的な小話でした^^
エティア街道五十三次、みたいな珍道中いっぱいの旅物語を
今度書いてみたいです^^
あけましておめでとうございます。
お読みくださり、ありがとうございます><
やっぱり料理スキルで国盗りするんでしょうか@@;
そんな気がしてなりません。
でも後世に伝わる彼のおくり名は「武王」なんですけど……汗
どこをどうまちがって「武」になるのか^^;
そこいらへんもいずれ描ければと思います。
あけましておめでとうございます。
お読みいただき、ありがとうございます><
次回、繭を割れるといいのですが……
カーリンの意志でできあがってしまったものなので
どうなることでしょうか><
今年はサル年でしたね^^
団長に取り憑いたのが一番面倒くさそうなナマケモノ。
兵器級のものを食べさせてひっぺがすというお話に
大笑いです^^
今年もよろしくお願いします♪
久しぶりに、見事なオチに笑いながら拝読しました。
もしかしたら夏生にもナマケモノの精がついているのかも・・・。
この冬に入ったら、行動が鈍くなりました。
物語と異なるのは、食欲ばかりが増進していることです。
(^0^))☆爆笑☆((^Q^)v
楽しい物語、ありがとうございます。
m(_ _)m
アレが団長に憑いたというところが
チャームポイントですね
楽しいお話をありがとうございます^^
恐ろしい物を見て、心の中に閉じこもってしまったのかも知れませんね。