アスパシオンの弟子78 方舟(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/01/06 01:06:25
アルカムは、統一王国中期に作られた施設だそうだ。
当時廃れ始めていた宇宙軍とその事業の最後の遺物で、王室の緊急の隠れ家、すなわちシェルターであるという。統一王国末期においては隠居した王の憩いの住まいであったようで、王室の秘密の私有財産だったために、ほとんど知る者とてない機密物だった。ゆえに何百年も永らく浮島に住んであらゆる情報を手に入れられた俺ですら、その存在を全く知らないものだった。
金獅子家が浮島ごとその財産を受け継ぎ、今までひそかに維持してきたのだそうで、これまで幾度か戦で劣勢になるたびに、当主や嫡男がここに避難してきたのだそうだ。そしてエティアが金獅子家と姻戚となった時に、ここはエティア王家に知られるところとなったという。
「今の陛下のおばあさまと金獅子家の王配殿下のハネムーンは、ここだったそうです♪」
レモンが目を輝かせて俺の腕を掴む。
統一王国時代には宇宙軍が。金獅子家の時代には近衛隊がここを管理していたのであるが。
「おじいちゃん!」「おじいちゃんだわ!」
今は俺の娘たち、すなわちとても優秀な赤毛の妖精たちが、ここの管理官として抜擢されて働いていた。
メニスの聖域から逃げてきたレモンとローズも、姉たち同様にジャルデ陛下からここに送られた際に、ここの管理官として任じられたそうだ。
ヴィオを担ぎ出そうというリシたちと離れるために、赤猫の剣が盾となって白の技を使う彼らを足止めしてくれたらしい。一緒に連れて来れなかったのが心残りだと、レモンはとても気にしていた。
「リシたちの手に落ちてしまったと思うの。いつか取り戻さなくちゃ」
レモンは俺に再会できたのがことのほか嬉しいようで、率先して方舟の中を案内してくれた。とはいえドームの八割は酸素を噴き出す紅色の葉の樹木ばかりで、中央にある広めの邸宅一件分ぐらいの大きさの白い建物と泉と果樹園ぐらいしか、めぼしい物はない。
エティアの王弟殿下は、白い建物の「冬眠室」で老化を止めつつ眠りについているという。王国の戦が幾年月長引くかわからぬゆえに、次代の政の君を年をとらぬまま保護するという措置をとっているのだそうだ。
「おじいちゃん、大昔には、星船っていう船がたくさんあったんですってね。私たちの祖先は、この星と別の星の間を頻繁に飛び回っていたそうよ。それにね、ここよりももっともっと大きな方舟がたくさんあって、たくさんの人がそこに住んでたんですって」
レモンは一所懸命俺に説明した。
太古の昔。射出機で飛ばされる舟とは違い、本物の星船は自航能力があり。はるか彼方の遠くの星々、空にまたたく星座の星へとあっという間にたどり着けたんだと。
「そういえば赤猫の剣さんは、青の三の星っていう遠い星からきたと言ってたわ」
青の三の星。その星の情報は、俺が住んでいた八番等の記録箱でもちらほら見た覚えがある。たしかこの星から二十光年離れたところにある星だ。
光の速さで進んで二十年かかる距離。
音波である韻律波動の速さに換算すれば、一万七千年以上もかかる遠い遠いところだ……。
「おじいちゃん、ここを警護してくれている人たちよ」
「あ……」
レモンが白い建物の周囲にぽつぽつと配置されている衛兵を紹介してくれた。
みな天を突くように高く、肩幅広く、とても巨大だ。
そう、彼らはみな巨人たちだった。それもただの巨人ではなく……。
「ジャルデ陛下がそろえた大陸最強の兵士たちよ。だからここは、絶対安全なの」
「そうだねレモン。それは絶対確かだ」
全身甲冑に身を包んだ巨人たちが携えているのは、大きな戦斧。まごうことなく、ケイドーンの巨人傭兵団だ。トルナート殿下のカプセルを安置した円堂にも巨人が三人ついてくれた。再生液がゆっくり循環しているカプセルは自家発電しているから、どこにでも置ける。だから建物の内庭の泉のそばにあるこの円堂に安置したのだが、さらに最強の護りがついてくれるとは心強い。
巨人たちはこんなに幼い王子が……と、殿下の身の上をとても心配してくれた。話を聞けば、傭兵団長と桃色甲冑の副団長――サクラコさんたち本隊は、現在、ベイヤート陛下が王になる前に永らく住まっていた山奥の国に雇われているという。すなわち、殿下の母方の実家がある国だ。トルナート殿下は傷が癒えて落ち着いたらそこに降り、サクラコさんたちと出会うことになるのだろう。
それから数刻後。下界から嬉しい報せが超伝信でやってきた。
赤毛の妖精たちがその吉報を建物にある通信装置で受け取り、息せき切って報告しに来てくれた。
「おじいちゃん! 戦勝報告です!」
「ポチと塔が大活躍したそうですよ!」
ジャルデ陛下は背水の陣を乗り切ったらしい。
よかった。本当によかった。かつて徹夜でトテカンやって、ポチや塔にこつこつ細工を施した甲斐があったというものだ。まさか本当に、その隠し能力を使わねばならない時がくるとは思わなかったが……。
すべてが良い方向へ転がっていきそうな気がして、俺はレモンや巨人たちと肩を抱き合い、うっしゃあと声をあげて喜んだ。
「ねえ、ここウサギさんいないの? リスさんはぁ? ねえねえ、みんななんで、そんなに喜んでるのぉ?」
きょとんとするヴィオをローズがひっぱりこんで抱き上げる。ノミオスにくらべて、ヴィオはとても小さい。覚醒をうながす薬を飲まされていた影響だろうか、とても幼くて十歳にも見えない。
ローズがヴィオに頬ずりすると、彼は声をあげて機嫌よくころころ笑った。
これからも良い結果が続く。俺はこの時そう確信した。時の流れは決して変えられないという、哀しい事実を完全に忘れて――。
しかし翌日。容赦なく悲報がやってきた。それはメキドからの急報と同時に、冷酷にも襲いかかってきた。
「おじいちゃん、メキドの革命軍から大陸公報が出されました! パルト将軍が国王ベイヤート陛下を誅し、王位につくことを宣言した、という内容です!」
まず、妖精のターコイズが憤懣やるかたない表情でそう報告してきた。どうやら摂政ロザチェルリが魔人たちに助けられ、パルト将軍の名を好き勝手に利用し始めているらしい。
「アフマル姉様はまだメキドに戻っておられないというのに。摂政はパルト将軍の身代わりを立てたようですね。何たる事態でしょう」
そして怒れるターコイズの後ろから、レモンがはらはらと泣きながら伝えてきた。
「おじいちゃん、たった今……そのアフマル姉様から、伝信があって……トルナート殿下のお姉様が……」
「なんということだ……」「幼い方々が受難に遭われるとは」
俺と一緒に円堂のそばにいる巨人たちが、短い悲鳴をあげる。
俺は落胆のあまり、ずさりと膝を地につけた。
ああ……
やはり未来を変えることは、不可能なのだろうか――

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- 優(まさる)
- 2016/01/06 05:34
- 未来を変えましょう。
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