台風
- カテゴリ:自作小説
- 2009/09/15 00:02:22
マスクをしているといつももどかしくて嫌になる。
だけど、外から来た人はマスクをする決まりだった。
ほんの3ヶ月前までこっち側だったんだ。
あのときはマスクしなくてよかったのに。
「窓開けてくれよ」
ベッドの中からユウイチが言った。
「窓、開かないよ」
私が言うと、ユウイチは馬鹿にしたように、「わかってるよそんなことは。気分だよ。カーテンだけでもさ」と言った。
私は黙ってカーテンを開ける。
病棟の外に植えられている木の枝が窓に打ち付けられて、かちかちと音を立てた。
「風が吹いてるみたいだな」
「台風が近づいてるみたいだね」
私はニュースで仕入れた情報を言った。
「マジかよ!」
ユウイチははしゃいだ声を出した。
「あんた、本当に台風好きだねぇ」私は呆れた。
「ああ、台風はいいよ」ユウイチは興奮したまま言った。
「なんか、こう、ばーっとエネルギーにあふれてるじゃん」
「頭悪そうな高校生だこと」
「うっせ馬鹿」
ユウイチはベッドに膝立ちして窓の外にかじりついた。
「なあ」
「外はダメだよ」私は言った。
「つまんねぇヤツだな」口を尖らせてユウイチは言った。
「あんたの無断外出どんだけ手伝ったと思ってるのよ」
「風を感じたくねぇか?」
「無菌室に行きたいか?」私は返した。
ぺたん、とベッドに座って、ユウイチはうらめしそうに私を見た。
「・・・おまえ、性格悪くなったな」
「あんたと別れてからね」私は言った。
ユウイチが不意に咳きこんだ。
そのリズムにあわせてユウイチの痩せた肩がくっくっ、とゆれた。
「・・・大丈夫?」
ユウイチはふざけてパンチで返してきた。
いつもそうだ。
私が心配そうな顔をするといつもふざけて返してくる。
「ちょっと痛いって」私がおおげさに顔をしかめると、にやっと笑ってベッドに腰掛けた。
「おまえ、タバコ持ってね?」
言うに事欠いてこれかい。
「持ってるわけないでしょうが」
「だよなぁ」ユウイチはニットキャップをかぶった頭をかいた。「Rock Or Die」と書かれた、いつものやつだ。
「おまえ相変わらず優等生なの?」
唐突にユウイチはきいてきた。
「期末テスト、学年5位だって」
「マジかよ」ユウイチは驚いて目を丸くした。「さらっと自慢かよ」
「悪い?」
「悪くねぇ」ユウイチは満足そうに笑った。「おまえ、退院して正解だよ」
びゅう、と風の音がした。
「前籍に戻って、頭のいいやつと競ってるほうが楽しいだろ?」
「そうかな」私は言った。「外はつまらないよ」
「そりゃおまえ、外に出たからそう思うんであってさ」ユウイチは言った。
「病院なんていいことねぇだろうが。安静時間、学習時間、安静時間、自由時間って、やることきっちり決まってるの、疲れるべよ」
「そうだけど」私は言った。
それでもやっぱり、外の学校はつまらない。
うわべだけのつきあいと。
誰が誰とつきあってるとかどうとか。
「院内学級に帰りたい」
「・・・バカ言うなよ」ユウイチはむっとした。
「だって」
「あーもう」ニットキャップと額の間をボリボリやりながらユウイチは言った。「おまえは今、院内学級の生徒16人全員を敵に回したぞ」
「・・・言わないでね」私は言った。言いながら少し泣きそうになる。
「言わねぇよ」
ユウイチは困ったような顔をした。
「なに?おまえ、イジメとか受けてるわけ?」
「そうじゃないけどさ」
「じゃなんだよ」
外にはアンタがいないからよ、という言葉をぐっと飲み込んだ。
これ以上いい気にさせるのもしゃくだったし。
それ以上に、なんか違う気がする。
余計にユウイチをがっかりさせるみたいな。
「ま、いいや」ユウイチはベッドに横になった。
「そろそろ終わりだぜ」
「なにが?」私はきいた。
「交流時間。終了だよ」ユウイチはあきれた。「忘れたのかよ」
「あ、そうか」
「おまえもう帰れよ」ユウイチは目を瞑りながら言った。
「二度とくんな」
「ひどくない?」私はまた泣きそうになって言った。
「おまえさ」ユウイチが目を瞑ったまま言った。
「元気なヤツがここにくんなって」
「でも」
「でもじゃねぇ」ユウイチは静かに言った。
あ、怒ってるな、と思う。
ユウイチがこんな声をあげるときは大概怒っているときだ。
「病気が治ったら院内学級はおしまい。それでいいんだよ。こんなとこ、長くいるところじゃねぇ」
「・・・そうだね」私は言った。
「早く帰れ。しっしっ」犬でも追う様に手を振る。
「もう見舞いに来てやんないよ」
「わかってるって。もう来るなよ」ユウイチは言った。
「もう来ないよ」
「はいはい」
「もう、知らないからね」
「わかってるよ・・・」目を瞑ったままユウイチは言う。
「本気で、帰って、くれ。少し、つかれた」
「あ、ごめん」私は言った。
「なあ」
ユウイチは言った。
「窓しめてくれない?」
私は頷いて、カーテンをしめた。
風の音だけがびゅうびゅうして、私は「またね」とだけ言って病室のドアを閉めた。
作者自身が「ユウイチ」なんでしょうね 自分にも性格的に似たところがあって 親近感を覚えました
「私」は理想に近いひと ですかね^^ 思慮深く相手の気持ちを解ってくれるひとって 素敵です
また お邪魔させてくださいね^^
うまく感想とかいえないけど、作品の雰囲気が好きです。
只今、参加者の作品を拝見巡回中です…w
さて…作品についてですが…
何度読んでも楽しいっていうか…切ないっていうか…
なんともいえない感情に襲われます
ユウイチの強がりや「私」という登場人物がユウイチによせる感情…
いろんな想いがいりまじったとてもいい作品だと思いました
参考になりそうなことかけなくてすみません>人<
それでは…失礼しました♪
こんばんは。
今回は短編小説企画に参加頂き有難うございました^^
さて、作品ですが、既に十五日の時に読了しているのですが、今回はサークル管理人として再び読みに来ました^^
ですが、再び楽しく読む事が出来ました。何度読んでも楽しいのが良い小説の条件、と聞いた事がありますが、まさに当てはまってるなあ……と、しみじみ思いました(笑)
最初のつかみもとても綺麗で、参考になります。
台詞回しも作品の中の空気も丁寧で、終わり方も余韻が残って、良い作品だなあと思えました。
あと、台風が好きな感じ、とっても分かります(笑)
ずるいのかもしれませんね。
小説、たくさん書かれてるのですね。
また読みに来ます^^
企画参加作品でしたか! 有難うございます~。
こんばんは。
拝読させて頂きました。
雨男さんの後書きを見て思ったんですが、確かに、展開としては大きなものがあるわけでは……ないんですよね。
それなのに、物語の最初と最後ではやっぱり何かが変わっている気がします。それも大々的に。
雨男さんの「何も起こらない」という文章を読むまでその事に気づかないぐらいでした。
心情表現がお上手なんでしょうねぇ……なんとなく心にずっと残っている。雨男さんの書かれる小説って、そんな小説だなあと勝手に思いました。
ぜひ来て欲しいという願望を、書かれていないその後に託して。
院内学級を舞台にしたシリーズの第二弾です。
第一弾
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=174862&aid=3262039