Nicotto Town


発狂した宇宙


台風

 マスクをしているといつももどかしくて嫌になる。
 だけど、外から来た人はマスクをする決まりだった。
 ほんの3ヶ月前までこっち側だったんだ。
 あのときはマスクしなくてよかったのに。
「窓開けてくれよ」
 ベッドの中からユウイチが言った。
「窓、開かないよ」
 私が言うと、ユウイチは馬鹿にしたように、「わかってるよそんなことは。気分だよ。カーテンだけでもさ」と言った。
 私は黙ってカーテンを開ける。
 病棟の外に植えられている木の枝が窓に打ち付けられて、かちかちと音を立てた。
「風が吹いてるみたいだな」
「台風が近づいてるみたいだね」
 私はニュースで仕入れた情報を言った。
「マジかよ!」
 ユウイチははしゃいだ声を出した。
「あんた、本当に台風好きだねぇ」私は呆れた。
「ああ、台風はいいよ」ユウイチは興奮したまま言った。
「なんか、こう、ばーっとエネルギーにあふれてるじゃん」
「頭悪そうな高校生だこと」
「うっせ馬鹿」
 ユウイチはベッドに膝立ちして窓の外にかじりついた。
「なあ」
「外はダメだよ」私は言った。
「つまんねぇヤツだな」口を尖らせてユウイチは言った。
「あんたの無断外出どんだけ手伝ったと思ってるのよ」
「風を感じたくねぇか?」
「無菌室に行きたいか?」私は返した。
 ぺたん、とベッドに座って、ユウイチはうらめしそうに私を見た。
「・・・おまえ、性格悪くなったな」
「あんたと別れてからね」私は言った。 
 ユウイチが不意に咳きこんだ。
 そのリズムにあわせてユウイチの痩せた肩がくっくっ、とゆれた。
「・・・大丈夫?」
 ユウイチはふざけてパンチで返してきた。
 いつもそうだ。
 私が心配そうな顔をするといつもふざけて返してくる。
「ちょっと痛いって」私がおおげさに顔をしかめると、にやっと笑ってベッドに腰掛けた。
「おまえ、タバコ持ってね?」
 言うに事欠いてこれかい。
「持ってるわけないでしょうが」
「だよなぁ」ユウイチはニットキャップをかぶった頭をかいた。「Rock Or Die」と書かれた、いつものやつだ。
「おまえ相変わらず優等生なの?」
 唐突にユウイチはきいてきた。
「期末テスト、学年5位だって」
「マジかよ」ユウイチは驚いて目を丸くした。「さらっと自慢かよ」
「悪い?」
「悪くねぇ」ユウイチは満足そうに笑った。「おまえ、退院して正解だよ」
 びゅう、と風の音がした。
「前籍に戻って、頭のいいやつと競ってるほうが楽しいだろ?」
「そうかな」私は言った。「外はつまらないよ」
「そりゃおまえ、外に出たからそう思うんであってさ」ユウイチは言った。
「病院なんていいことねぇだろうが。安静時間、学習時間、安静時間、自由時間って、やることきっちり決まってるの、疲れるべよ」
「そうだけど」私は言った。
 それでもやっぱり、外の学校はつまらない。
 うわべだけのつきあいと。
 誰が誰とつきあってるとかどうとか。
「院内学級に帰りたい」
「・・・バカ言うなよ」ユウイチはむっとした。
「だって」
「あーもう」ニットキャップと額の間をボリボリやりながらユウイチは言った。「おまえは今、院内学級の生徒16人全員を敵に回したぞ」
「・・・言わないでね」私は言った。言いながら少し泣きそうになる。
「言わねぇよ」
 ユウイチは困ったような顔をした。
「なに?おまえ、イジメとか受けてるわけ?」
「そうじゃないけどさ」
「じゃなんだよ」

 外にはアンタがいないからよ、という言葉をぐっと飲み込んだ。

 これ以上いい気にさせるのもしゃくだったし。
 それ以上に、なんか違う気がする。
 余計にユウイチをがっかりさせるみたいな。

「ま、いいや」ユウイチはベッドに横になった。
「そろそろ終わりだぜ」
「なにが?」私はきいた。
「交流時間。終了だよ」ユウイチはあきれた。「忘れたのかよ」
「あ、そうか」
「おまえもう帰れよ」ユウイチは目を瞑りながら言った。
「二度とくんな」
「ひどくない?」私はまた泣きそうになって言った。
「おまえさ」ユウイチが目を瞑ったまま言った。
「元気なヤツがここにくんなって」
「でも」
「でもじゃねぇ」ユウイチは静かに言った。
 あ、怒ってるな、と思う。
 ユウイチがこんな声をあげるときは大概怒っているときだ。
「病気が治ったら院内学級はおしまい。それでいいんだよ。こんなとこ、長くいるところじゃねぇ」
「・・・そうだね」私は言った。
「早く帰れ。しっしっ」犬でも追う様に手を振る。
「もう見舞いに来てやんないよ」
「わかってるって。もう来るなよ」ユウイチは言った。
「もう来ないよ」
「はいはい」
「もう、知らないからね」
「わかってるよ・・・」目を瞑ったままユウイチは言う。
「本気で、帰って、くれ。少し、つかれた」
「あ、ごめん」私は言った。
「なあ」
 ユウイチは言った。
「窓しめてくれない?」
 私は頷いて、カーテンをしめた。
 風の音だけがびゅうびゅうして、私は「またね」とだけ言って病室のドアを閉めた。

アバター
2009/09/26 09:10
はじめまして サークルからきました^^

作者自身が「ユウイチ」なんでしょうね 自分にも性格的に似たところがあって 親近感を覚えました
「私」は理想に近いひと ですかね^^ 思慮深く相手の気持ちを解ってくれるひとって 素敵です

また お邪魔させてくださいね^^
アバター
2009/09/21 03:58
なんか・・・・すごくおもしろい作品だと思いました。

うまく感想とかいえないけど、作品の雰囲気が好きです。
アバター
2009/09/20 17:57
こんにちわ!!!

只今、参加者の作品を拝見巡回中です…w

さて…作品についてですが…

何度読んでも楽しいっていうか…切ないっていうか…

なんともいえない感情に襲われます

ユウイチの強がりや「私」という登場人物がユウイチによせる感情…

いろんな想いがいりまじったとてもいい作品だと思いました

参考になりそうなことかけなくてすみません>人<

それでは…失礼しました♪
アバター
2009/09/20 00:43

 こんばんは。
 今回は短編小説企画に参加頂き有難うございました^^

 さて、作品ですが、既に十五日の時に読了しているのですが、今回はサークル管理人として再び読みに来ました^^
 ですが、再び楽しく読む事が出来ました。何度読んでも楽しいのが良い小説の条件、と聞いた事がありますが、まさに当てはまってるなあ……と、しみじみ思いました(笑)

 最初のつかみもとても綺麗で、参考になります。
 台詞回しも作品の中の空気も丁寧で、終わり方も余韻が残って、良い作品だなあと思えました。

 あと、台風が好きな感じ、とっても分かります(笑)
アバター
2009/09/15 01:49
わたしも、荒れ模様の空を、安全な家の中から眺めるのが好きです。

ずるいのかもしれませんね。



小説、たくさん書かれてるのですね。
また読みに来ます^^
アバター
2009/09/15 00:22
今サークルの方の掲示板見ました。
企画参加作品でしたか! 有難うございます~。
アバター
2009/09/15 00:17

こんばんは。
拝読させて頂きました。

雨男さんの後書きを見て思ったんですが、確かに、展開としては大きなものがあるわけでは……ないんですよね。
それなのに、物語の最初と最後ではやっぱり何かが変わっている気がします。それも大々的に。

雨男さんの「何も起こらない」という文章を読むまでその事に気づかないぐらいでした。
心情表現がお上手なんでしょうねぇ……なんとなく心にずっと残っている。雨男さんの書かれる小説って、そんな小説だなあと勝手に思いました。
アバター
2009/09/15 00:08
果たして「また」は来るのか。

ぜひ来て欲しいという願望を、書かれていないその後に託して。
アバター
2009/09/15 00:04
相変わらず何も起こらない話ばかりかいてます。
院内学級を舞台にしたシリーズの第二弾です。

第一弾
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=174862&aid=3262039



Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.