Nicotto Town



アスパシオンの弟子79 真空の棺(前編)

 ばさり、とはばたく白い両翼。闇に染まる手足。
 盛り上がる胸板。ぶちぶちと千切れる、青い衣。

 敵。

 敵は、どこだ。

 ぶるっと首を振り、地から一気に舞い上がってあたりを見回す。

 敵とは、我が君アイテリオン様に仇なすもの。我が君のご意志に反するもの。

 俺は、|善《よ》き魔人ペピ。ただちに、主人の敵を駆逐しよう――。




 まずは、白い蝶を飛ばしながら、方舟の中央の白い建物に目を向ける。

 あそこにはエティア王の実弟が滞在していて、癒しの空気に満ちた室内で冬眠している。建物のそばの円堂には、メキドのトルナート王子が入ったカプセルがある。それからここにはフラヴィオス様もいる。アイテリオン様が探していらっしゃる御子だ。

 さっそく、御子を保護するとしよう。抵抗されなければ、ほかの王子たちは殺める必要はなさそうだ。

 真下を見れば、黒い星がうかぶ真っ白な空のもと、紅の樹木の合間を赤い髪の女が駆け去っている。

 あの女は、敵か?

 おそらくそうだ。中のひとりがメニスの子の手を引いている。

「ヴィオ! 急いでこっちへ!」

 ヴィオ。我が君の御子フラヴィオス様だ。

 あの妖精は御子を連れて逃げているのか。女と御子の姿を目で追う。しかし視界がおぼつかぬ。片目だけのせいか。以前は赤い義眼がはまっていて便利だったのに、なんとも不便だ。

 俺はぎらぎら輝く銀の右手を突き出し、純白の胡蝶たちをほとばしらせた。魔力を半精霊に変換することなど、善き魔人にはたやすいこと。あっという間に赤毛の女は胡蝶に取り巻かれてばたりと倒れ、御子から手を放した。

「ローズさあああん!」

 ぬ。なんだこの巨大な銀色甲冑の塊どもは。巨大な戦斧を構えて、俺と戦う気か?

 無駄なことだ。さあ、その御子をよこせ。

「渡さぬ!」「ケイドーンの巨人の技を見よ!」

 ぬう。斧が放つ風圧がすごい。さすがはケイドーンの巨人傭兵。

 だが、俺にはそんなものはまったく効かぬ。びゅんとすばやく空へ飛びのき、桃色の巨人の斧の一撃をなんなく避ける。

『メニスの王に仕える魔人には、偉大な加護が与えられている』  

 アリストバル護衛長が常々そう仰っていたが、よもやこんな見事な翼が我が身に与えられていたとは。おそらくこれは、我が体内に埋め込まれた我が君アイテリオン様のお力。あの御方の分霊が入っている物体に仕込まれている、有機進化体であろう。

 その物体が、盛り上がり黒ずむ我が胸の中央に現れている。真っ青な宝玉が我が心臓を包み込み、輝いている。なんと美しい玉だろうか。

『ペピ。状況を教えなさい』

「はい、我が君。フラヴィオス様を発見しました。ただちに我が君の元に、お連れいたします」

 胸の宝玉から聞こえるアイテリオン様のお声に答え、俺は桃色の巨人を排除しにかかった。巨人たちは必死に抵抗する。

「烈・空・斬――!!」

 何度打ち込もうが、俺にそんなものは効かぬ。なんの魔力も持たぬ物理波動など、俺には露ほどの影響も及ぼさぬ。


 魔力。

 魔力こそ、すべて。


 白い翼のひと薙ぎでやすやすと戦斧の攻撃をかわす。

 すばやく韻律を唱え、輝く波動をかまいたちと成す。

 我が刃はあっという間に、巨人どもの斧をその手からはじきとばした。これで相手は必殺技を放てない。この隙に、一気に間合いを詰める。

「くあああ」「ぬぐうう」

 でかくて重たい巨人どもの図体を、反重力の韻律でひっくり返し。真っ白な胡蝶をまき散らす翼のはばたきで吹き飛ばす。

 我が魔力の波動は戦斧の風圧の数倍、いや、数十倍はあるだろう。


 魔力。

 魔力こそ、すべて。


「あき……らめぬ!」「ぬおわあ!」

 なんだと? 巨人どもめ、なんというしぶとさだ。俺の波動でなぎ倒された紅の木の幹を抱え上げ、ぶるんぶるんと振り回している。しかしそんな物理攻撃は――

「ぐふ!」

 なんだこの異様な回転速度は。百キンタルはあろうかという樹木をぶるぶる振り回すその勢いが、およそ尋常ではない。周囲の紅の木が軒並みめきめきと倒れているではないか。こいつは、なんという馬鹿力の化け物なのか。しかし、魔力みなぎる俺の敵ではない。


 魔力。

 魔力こそ、すべて。


『蝶乱舞!』 

 白胡蝶が巨人どもを包み込む。韻律結界でさらにくるみ、その中に胡蝶を送り込む。息もできぬほどに。

 よし。二人とも悲鳴さえあげられずに動かなくなったぞ。気を失ったか。さあ、御子様を。

 俺はがちがち震えるメニスの子のそばにぎゅんと降り立ち、抱き上げた。

「はなしてええ! いやああ!」

「フラヴィオス様、お探ししておりました。さあ、メニスの里へ帰りましょう」

 泣きわめく御子様の魔力はさすがに強そうだ。我が手に抱くその御身が、うっすら輝いている。抵抗されたら厄介だ。眠らせ……

「ぐあ?!」

 なんというまばゆい光量。御子の体がまぶしすぎて見えぬ。

「みんなを傷つけちゃ、だめえええええ!!!!」

 ばきばきと周囲の木々が折れて倒れる。魔力の波動が一瞬で御子から放射される。びんびんと空気が震え、端に届いた力がびしびしとドームの壁を伝い、天蓋へ伝導されていく。

 素晴らしい……! さすが御子様。

 直径2015パッスース。この広さを一面覆う、魔力の大波動だと?

 御子を抱えていられず放してしまった俺は、あっという間に天の高みへと飛ばされた。

 高度800パッスース。弾丸のように、逆色の天に打ち付けられる。みしみしめりめりと、天にめり込まされる。天蓋に無数のひび割れが走る。

 だが、大丈夫だ。善き魔人は痛みを感じることはない。

 我は不死身。たとえ首を飛ばされようが、死なぬ――。

 片翼が折れたが、すぐに新しいものが生えてくる。バッとはばたき御子に近づきて、放出しきった隙を狙い、封印結界を放つ。白い胡蝶たちが御子を巻き込み、封じ込めにかかる。

 バラバラと天から、天蓋の膜の欠片が雨のように降ってきた。御子の力と俺が激突した衝撃でだいぶ傷んだようだ。急いで御子を抱えて脱出しよう。

――「おじいちゃんやめて!」 

 なんだ? 赤毛の娘? 抵抗しようというのか? やめておけ。

「ヴィオを連れて行かないで!」   

 善き魔人におまえたちは敵わない。下がれ。

「お願いおじいちゃん! そうしないと、私たちはっ……私はっ……」

 レモン色のスカートをはいた赤毛の娘が、バッと両手を突き出す。その手にはひとつずつ、煌めく赤い瞳がある。

「私たち! おじいちゃんを封じないといけなくなる! お願い! 正気に戻って!」

 正気?

 我はやっと目を覚ましたのだ。これが正気だ。我が君、アイテリオン様のご命令に従う|善《よ》き魔人。これこそが、我、ペピの在るべき……


My magistri (わが師よ)

 Me placere virium (助けてください)

 Adiuva me placere (力を与えて下さい)』


「う、あ?!」

 なんだその呪文は。その瞳から出てくる、虹色の光は。

 やめろ、レモン色のスカートの娘。や……め………!


「!!!!!!!!!」



アバター
2016/01/09 23:21
今は封印されるしかないですかね。




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