アスパシオンの弟子79 真空の棺(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/01/09 23:32:30
「おじいちゃん。おじいちゃん、聞こえる?」
うう?! ここは……紅の木々の森の中、か?
目の前に、レモン色の……スカートの……娘が……いる……?
「ごめんね、おじいちゃん。トルナート王子のカプセルのそばに置いてあった、破壊の目を使わせてもらったわ。おじいちゃんが創った、時間停止波動を放射したの。今、効力が薄れてきているから私の声が聞こえてると思うんだけど……」
ああ……見え、る。両手に紅い義眼を持っているおまえの姿が……目の前に……レモン色の、スカートの、娘……
「おじいちゃんが魔天使化して暴れて、三日たったわ。昨日、ローズと巨人さんたちがやっと動けるようになったの。後遺症はないみたいでひと安心よ。監視映像機でおじいちゃんの指が動いたのを確認したから、またこの義眼を使って周りの時間を止めるわね」
俺は……封じられ……ているのか。
「ごめんね……おじいちゃんを助ける方法がわからないから、しばらくここに封じることにしたの。エティアの王弟殿下と、トルナート殿下のカプセルと、それからヴィオは、山奥の国にある私たちの第二の塔へ移したわ。エリシア姫様のカプセルが安置されているところにね。巨人さんたちが、護衛についていってくれたわ。ここはだいぶ壊れてしまって、いつまでもつかわからないけど……私、ここでおじいちゃんを封じる役目を担ったから。ずっと、一緒に居るね」
虹色の光。なんとまぶしい……
ま、まて。レモン色の……スカートの……むす……
「愛してる、おじいちゃん」
まばたきするほどの、ほんの一瞬の後。
俺が目を開けると、ついさっき俺に口づけてきたレモン色のスカートの娘が、なんと一週間経ったと教えてきた。
娘は腕を伸ばし、ぎゅうと俺を抱きしめてきた。
「おじいちゃん、アフマル姉様がメキドに戻ったわ。ロザチェルリがパルト将軍のニセモノをメキド王にまつりあげているから、姉様は地下に潜って、薔薇乙女歌劇団を隠れ蓑にして、メキド解放戦線という組織を立ちあげたそうよ。妖精たちとケイドーンの傭兵団が、全面的に協力しているわ。私たち、きっと勝てるわよね。あのね……おじいちゃんの足が動いたから、また義眼の光を放射するね。心配しないで。私、ずっと、一緒に居るから」
虹色の光。なんとまぶしい……
まて。レモン色の……スカートの……むす……
「愛してる、おじいちゃん」
まばたきほどの感覚の後――。
目の前にいるレモン色のスカートの娘は、今度は、四日経ったと告げてきた。
混乱している頭が落ち着いてきたのか、俺はこの赤毛の娘に何か言わなければならないことがあったんじゃないかと、うっすら思い出した。
しかし俺の口は時間凍結されていて、ほんの少しも動かなかった。
いい匂いでしょう? と、娘は黄金色の匂い袋を俺の首に下げてきた。
「下界でね、エティアの王都の、年の初めの市場で売られていたそうよ。姉様たちが買って送ってくれたの。悪しきものを祓う神聖なお茶の葉のお守りよ。あのね……分析した結果、その青い宝玉におじいちゃんを支配するものが入っているってわかったわ。何度も取りだそうとしてるんだけど、どうしてもダメ……金剛石より硬い物質でできているみたいで、削ろうとしてもほじくりだそうとしても全然歯がたたないの。おじいちゃんの首が少し動いてるから、また義眼の力を照射するね。ごめんね……でも私、ずっと一緒に居るから」
虹色の光。なんとまぶしい……
まて。レモン色の……スカートの……むす……
「愛してる、おじいちゃん」
レモン色のスカートをはいた娘は、幾度も二つの赤い瞳を照射してきて、俺の時間を止めてきた。たぶん娘は白い建物にいて、普段は現像機で四六時中俺を監視しているんだろう。
赤い瞳から放射される虹色の光は、常に一定の出力を放つものではないらしい。三日経ったと告げられることもあれば、なんとひと月経ったと疲れたように言われることもあった。
そのたびに、赤毛の娘は下界の情勢を手短に教えてくれた。そして報告の最後に必ず、「愛してる」とつぶやいて俺に口づけてくるのだった。
我が君アイテリオン様のご意志は、この赤毛の娘たちやケイドーンの巨人、そしてエティア王のせいで妨げられているようだった。フラヴィオス様はいまだ、父君のもとへ帰っていない。善き魔人である俺は不安になったが、ほどなく、護衛長様たち魔人団がめざましい働きをしてくださったことがわかった。
「おじいちゃん、私たちの第二の塔が襲われたわ。魔人団についにその存在を知られてしまったの」
俺が封じられて二ヶ月経った、と告げられたとき。レモン色のスカートの娘がそう報告して、泣き崩れた。
「ケイドーンの傭兵団が、避難を手伝ってくれたわ。アズハルの子は故郷へ疎開させたそうよ。幸いエティアでの戦が落ち着いたから、エティアの王弟殿下はジャルデ陛下のもとへお戻りになったわ。ヴィオとトルナート殿下、それから姉姫様のカプセルは、殿下のふるさとの山奥の国へ逃したわ。でも姉姫様のカプセルが……避難中に何者かに襲われて、行方不明になってしまって……どこにいったか、見つからないそうなの……」
虹色の光。なんとまぶしい……
まて。レモン色の……スカートの娘。俺は何かおまえに言わなければならないことが……
「愛してる、おじいちゃん」
それからしばらく、「俺がまばたきするたびに」口づけて報告してくる赤毛の娘の貌は、とても哀しげだった。
何者かに奪われた姉姫のカプセルは、ついぞ見つからず。故郷に戻ったはずのアズハルの娘にも異変が起こったらしい。いつしか生家から何者かに連れだされ、行方不明になってしまったという。
カプセルに入っていたトルナート王子は山奥の国の王宮で目覚めた。王子は自らの手でメキドを取り戻すことを望み、巨人たちの傭兵団に弟子入りしたそうだ。
「トルナート殿下は、誰よりも強くなりたいと仰せになったそうです。誰かを守れる力が欲しいと……。それで巨人たちの技を身につけようとご決心なさいました」
レモン色のスカートの娘は、しきりに涙を拭った。
「殿下は夜に隠れて泣いてらっしゃるそうです。おかわいそうに……。姉様や巨人の傭兵さまたちは、一刻も早く殿下をメキドにお迎えできるようがんばるそうです」
トルナート殿下。ああ。まだたしか、9歳だ。
そういえば俺は、なぜかあの王子を助けたような気がする。
「拠点をひとつ失ったけど、妖精たちは大陸中にいるわ。本営の潜みの塔はエティア王宮にあるし。だから巻き返せるはずよ。それにね、おじいちゃんを助ける方法をみんなで一所懸命探してるわ。だから、もう少し我慢してね」
敵ながら甲斐甲斐しく俺を見張るレモン色のスカートの娘に、俺はほのかに好意を覚えた。
それは善き魔人にはあるまじきこと。しかしこうもひんぱんに唇を重ねられては、情が移るというものだ。娘は今回も手に持つ紅い瞳から虹色の光を照射しながら、俺の唇に薔薇色の唇を重ねてきた。
「愛してる、おじいちゃん」

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- 優(まさる)
- 2016/01/09 23:36
- 過去に戻ってもう一度やり直すしかないのかな?
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