Nicotto Town



アスパシオンの弟子79 真空の棺(後編)


 こうして俺は少し動くたびに、赤毛の娘から下界の様子を語られ。幾度も虹色の光を浴びせられた。

 口づけをはさんで細切れに聞かされる娘の話では、メキドの情勢は特に混迷を極めているようだった。

 にせのパルト将軍を王に立てた摂政ロザチェルリの革命軍は、善政を敷くどころか恐ろしい暴政を行い始めた。妖精たちが嫁いだ選王候家はまっさきに潰され。貴族たちには粛清の嵐。民には重税。

 アフマルのメキド解放戦線は、護衛長様たちに大苦戦。ゆえに薔薇乙女歌劇団を隠れ蓑にして地下へ潜った。

 妖精たちは、メキドの民を支え。励まし。蜂起を促した。

 叛乱軍は革命軍と幾度か戦った。その中にはケイドーンの巨人たちと、トルナート王子の姿もあった。

 しかし我が君アイテリオン様の魔人たちによって阻まれ、解放は遅々として進まなかったようだ。

 かような状況の中で生き残った貴族たちもまた革命軍に抵抗せんと、貴族連合軍なるものを組織した。その後ろ盾は、黒き衣の導師が住む岩窟の寺院だ。

 そしてついに――

 知恵ある賢者たちの後見を受けた貴族連合軍は、叛乱軍の首脳たるトルナート王子と同盟を結び。隣国ファラディアとの会戦にのぞんだ革命軍を陥し入れた。岩窟の寺院の封印所に在った封神器を使用し、革命軍の守護神となっていたアイテリオン様の魔人団を捕らえ、眠りの棺に入れて封じたのだ。

 かくして、革命軍は常勝の力を失い……。

『おじいちゃん、やったわ! たった今超伝信がきてね、革命軍がファラディアに敗れて、摂政ロザチェルリが戦死したんですって。にせのパルト将軍は震え上がって逃げ出したところを貴族連合に捉えられたそうよ。きっと断罪されるわ。これでメキドは平和になる!』

 赤毛の娘の嬉しげな声を聞いて、俺はなぜか心が躍った。

 我が君、アイテリオン様のご意志が曲げられたというのに。

 俺の感覚ではそれは動けなくなって二、三時間ぐらいのことだったが、しかし実際には六年ほど経っていたようだ。

 そして俺はこのとき、娘の貌を見ることはできなかった。唇に直接口づけを受けることもかなわなかった。

 俺の感覚では一瞬にして、目の前の娘の容姿が変化していた。

 なんと、金属の筒服に身をつつんだ寸銅なフォルム。ふわふわ浮いており、背中に背負っているのは酸素ボンベ。すっぽり頭部を覆う金属兜に送られる空気で、娘はしゅこーっ、しゅこーっ、と呼吸していた。

『これでやっとトルナート殿下を玉座にお迎えすることができるって、みんな大喜びしているわ』 

 ヘルメット越しの娘の声は、俺の耳に直接入れられたマイクから聞こえてきていた。

 壊れかけている方舟は応急措置でなんとか保たれている。しかし今の時代には宇宙空間で修理できる機器がないために、ただ朽ちるに任せる状態。ゆえに方舟の中には空気はほとんど残っておらず、重力装置も稼動が止まり、中はほとんど真空の空間と化した。

 俺の体は枯れ始めている木々の幹に巻かれた鎖で繋がれているものの、やはり浮いていた。そんな環境でも赤毛の娘は俺の前にやってきて、義眼の虹色の光を当てにきたらしい。

『魔人を封じる封神器と棺のおかげね。金獅子家の後見のレクサリオン様が、封印所の中から探し出して下さったんですって。感謝しなくちゃ』

 寺院の最長老レクサリオン。

 おそらくその者は、我が君アイテリオン様に復讐されるだろう。護衛長様はいつだったかちらりと、寺院の導師の中に内通者がいると漏らしていたことがある……。

 それにたぶん、トルナート王子の即位は、手放しで喜べる状況にはないはずだ。

 俺はうっすら脳に残っている記憶を思い起こした。

 たしか貴族連合軍には、黒き衣のバルバドスの息がかかっている……。

 まも、れ……

『え? 何? おじいちゃん』

 トルナート王子を。まも、れ……。貴族連合軍は……罠、を……。

『貴族連合軍が、罠を? わかったわ、下に報せるわね』

 おかしい。

 なぜ、王子を守ってくれ、などと思ったのだろう。俺は、善き魔人のはずなのに。

 金属の筒服が近づいてきて、ヘルメットが真空の空間で凍りついている俺の唇に触れた。

『ありがとう……愛してる、おじいちゃん』




 しゅこーっ。 

 

 しゅこーっ。

 

 酸素ボンベの呼吸音が聞こえる。

 レモン。そうだ。いつも目の前にいる娘は、レモン……。

 方舟の大きな割れ目から暗い星空が見える。まばたきするごとに、その割れ目が大きくなっている。

 目の前にいる金属の筒服の娘は今や完全にぷかぷか浮いていて、白い建物から長い命綱を繋いで伸ばしている。枯れ木に繋がれている俺も、だいぶ上の方に浮いている。

 今度は、どのぐらい経ったのだろう。

『おじいちゃん、久しぶり。半年たったわ。義眼の力の最長記録ね。下では……いろいろなことがたくさん起こったわ』

 耳に入れられたマイクから聞こえる声は、はじめとても明るかった。

『メキドは、順調よ。トルナート殿下は、半年前に晴れて国王になられたわ。でもね、おじいちゃんの言う通り、貴族連合軍が陛下を操り人形にしようとしていたわ。もしおじいちゃんの警告がなかったら、アフマル姉様たちは、まんまと貴族連合の者どもに騙されるところだったそうよ』

 よかった……。王子は、国の実権をにぎれたんだな。

『ケイドーンの傭兵団が貴族連合の貴族たちをうまくあしらったわ。陛下は陰で糸を引いていたバルバドスという後見導師を罷免して、焼かれた首都の復興をお始めになったそうよ。それからね、陛下は、なんと巨人傭兵のサクラコさんって方とご結婚なされたの。なれそめのお話は、いつかゆっくりね。最近は本当に、こんなにいい事づくめだったんだけど……』

 レモンの声が、ほんのり翳る。

『数週間前にヴィオがお母さんに会いたいって騒ぎ出して、山奥の国にある私たちの隠れ家からひとりで家出しちゃったの。急いで保護しようと妖精たちが総出で探しているんだけど、まだ見つからないわ。メキドの樹海の中で迷子になってしまったみたい。それから……』

 しゅこーっとひときわ大きく息を吐き、レモンはかわいらしい声音に硬い緊張を乗せてきた。

『あのね……おじいちゃんに瓜二つの人が、メキドに現れたそうなの。運送会社のウェシ・プトリから超伝信があって、今、メニスの子と一緒にポチ2号に乗せてるところですって。オリハルコンの布をかぶってて、どうやら魔人みたい』

 レモン。

 そいつは。

 そいつは……!

『とりあえずアフマル姉様は、メニスの子を保護することにするそうよ。おじいちゃんにそっくりの魔人はアイテリオンの手先かもしれないから、最警戒で密かに見張るって言ってるわ』

 そいつは。

 俺……だ……!

『それじゃ、またね。私たち、ずっと一緒よ』

 金属の筒服が近づいてきて、ヘルメットが真空の空間で凍りついている俺の唇に触れる。

『愛してる、おじいちゃん』

 そうして再び、俺の時間は。

 止められて、しまった――。


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2016/01/16 13:04
よいとらさま

読んで下さってありがとうございます><
一途なレモンちゃんの巻でした。
ペペ救出には、灰色の導師たちの「神様」が手ずから関わってくれたようです。
ラストまであと数話、どんどん行きたいと思います・ω・>
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2016/01/16 13:00
優(まさる)さま

読んで下さってありがとうございます><
魔人は厄介な性質をもっているので、作者もどうしようかと本当に悩みます@@;
うまく救えるといいのですが……
アバター
2016/01/10 10:25
おはようございます♪

自らの製造品で時間の鎖に繋がれて停止したペペさん。
そしてペペさんの横を通り過ぎる時間の流れ・・・

時の螺旋が元の時間と寄り添うまであと少し。
ペペさんを操る仕組みをどう無力化するのか、
続きがとても楽しみです。

いつも楽しいお話をありがとうございます♪
アバター
2016/01/10 00:00
どうする魔人を自分で自分を殺すかな?




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