Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・140

 船は茫漠とした白い空間に浮かんでいた。
(ここは……)
 ロランは甲板の上で、ぼんやりとあたりを見回した。濃密な乳色の靄(もや)が広がり、かすかな波の音でどこかの海上だと気づく。
 朝日が世界に色彩をもたらす直前の、無のような白の時間帯だった。
 ロラン達は誰ともなくその場に座りこんでいた。軽くあぐらを結んだロランの右肩にランドが寄りかかり、左肩にはルナがぐったりと頭をもたせかける。ロランは二人を支えながら、ぼんやりと舳先を見つめた。
(ともかく、無事だったんだ……)
 海底洞窟で、海底火山の噴火に巻き込まれそうになった時、脱出の呪文リレミトが使えるランドとルナは魔力を使い切っていた。しかし、ルナが風の塔で見つけた祈りの指輪をはめていたおかげで、かろうじてリレミトを唱えて洞窟から抜け出すことができた。
 乗りつけた小舟に飛び乗ると、ロランが懸命に漕いで沖に停泊していた船までたどり着き、あらかじめ降ろしていた縄梯子を3人してよじ登り――その間にも、噴火による振動で、波と船は激しく上下に揺れていた――小舟を回収する間もなく、海底洞窟が爆発したのであった。
 その間、ロランは錨を上げるために機関室へ走り、ルナは慌てて祈りの指輪を外し、ランドへ放って渡した。ランドがルーラを唱えるためにだ。
 噴火による津波が船を押し流す直前、巻き上げられた錨は船に収まり、ランドは不安定な甲板の上で指輪を指にはめるいとまも与えられず、指先に持って念じて魔力を回復させ、回復した瞬間にルーラを唱えた。指輪にはもう魔力が残っていなかったのか、ランドが使った直後に台座の石もろとも崩れてしまった。
「どこだろうな、ここ……」
「……さあ。ルーラする時、とっさにぼくの城を思い浮かべたけど……」
 ロランの問いに答えるランドの声はかすかで、無気力だった。魔法を使える者が魔力を使い切ると、激しい虚脱感に見舞われる。それに、あれだけの緊張を強いられる出来事もあり、安心も虚脱に拍車をかけていた。
 ロランはランドの鞄から魔法の地図を引っ張り出すと、広げて覗きこんだ。
 広げた途端に宙に浮く白い羽ペンの幻は、サマルトリアの北東、環のように入り組んだ湾の東側を指している。
「北のお告げ所の近くだ」
 ロランは地図を両脇の二人に見せた。ぼんやりした目で、ランドは「ああ」と言った。
「急いでたから、魔法が間違っちゃったんだな。どうする? 祈りの指輪のおかげで、あと1回ならルーラできるけど……」
「いや、船は潮に乗ってる。このままお告げ所に行こう。賢者クラウスに、邪神の像が取れたことを報告しないか?」
「いいわね。あの人のおかげで、像を取ってこられたんだし」
 力なくルナが微笑む。その笑顔が、床に転がるいびつな皮袋を見て消えた。
「……夢じゃないのよね、全部」
 ロランとランドも、皮袋に入って横たわる邪神の像を見て表情を消した。
 ほんの数時間でしかなかったのに、海底洞窟での忌まわしい出来事が遠く感じられる。助かったのは、運が良かったからだ。
「……ここは冷えるから、二人とも部屋で休んでくれ」
 冬の海の朝靄はしんしんと肌に染み、手足からぬくもりを奪い去っていく。疲労しているランドとルナの体力を気遣ってロランが言ったが、二人ともロランに寄りかかったまま、立とうとしなかった。
「……風邪ひくぞ」
「うん。でも、もう少し」
「……このままでいたいわ」
 ロランも、同じ気持ちだった。3人して冷たい甲板に座り、朝日が靄を透かして黄金色の光を投げかけてくるのを、じっと見つめていた。
 染みこむ寒さや、傍らの幼なじみの体の感触をつぶさに感じていた。
 自分達は生きているんだ、と思いながら。

 「来たか、勇者達よ」
 黎明の聖堂で、賢者クラウスは椅子にかけたままロラン達を迎えた。いつ寝食を取っているのか、生活感のない風貌や空間からは窺い知れない。
「あなたのおかげで邪神の像を取ることができました。ありがとうございます」
 クラウスの前で、ロランは頭を下げた。像を、とクラウスは白い手を軽く上げる。ロランは革袋から邪神の像を取り出した。清浄な空気の中でも、禍々しい姿は陰鬱この上なかった。クラウスは小さくうなずく。
「うむ……相違ない。それこそ邪神の像」
「あの、思ったんですが……」
 ランドが遠慮がちに問いかけた。
「この像を壊してしまえば、ハーゴンは破壊神を呼び出せなくなるのでは?」
 クラウスはそっと首を振った。
「それはできない。その像はただの物質ではない。それは魔界の最深部にいる破壊神の分身であり、この世界に降臨するための依代なのだ。本体である神を滅ぼさない限り、像も不滅だ」
「そんな……」
 ランドも予想はしていたようだが、現実に答えを突きつけられて、さすがに落胆を隠せなかった。楽をして世界を救おうという気持ちからではなく、破壊神降臨という危険をなくせるならその方がよいと考えていたからだ。
「ハーゴンは悪霊の神々を呼び出して世界を破滅させるつもりだ、とムーンブルクの兵士が言っていた」
 ムーンブルク陥落の報を持ってきた兵士のことを思い出しながら、ロランは言った。
「悪霊の神々と、破壊神は違うのですね?」
 クラウスは薄青の瞳をロランに向け、うなずいた。
「悪霊の神々は神と称されても、力は神そのものには及ばぬ。だがハーゴンが召喚しようとしている存在は、まさしく神だ。この世を創りたもう天の神に相反する邪悪なもの――破壊神シドー」
「破壊神シドー……」
 その名を繰り返し、ルナは唇を噛んだ。
「破壊神シドーは、物質だけではなく次元も破壊する力を持つ。召喚されれば、本能のおもむくままに世界を滅ぼし尽くすだろう。この世界は完全に消え、無だけが残る」
「ハーゴンがシドーを召喚するのは、本当に世界を無にしたいからなのですか? 支配者になりたいからではなく?」
 ロランが重ねて問う。そうだ、とクラウスは言った。
「そのためにハーゴンは魔界と取り引きしたのだ。悪霊の神々は、その望みをかなえるために現世に降り立ち、世界の滅亡に手を貸している。魔物のほとんどが、人間に憎しみを抱き、殺戮と破壊を喜びとする。悪霊の神々にとって、召喚者ハーゴンの信頼や希望などは最初から取るに足らぬものだ。奴らはただ、愉悦のために手を貸しているだけだ」
「きっとハーゴンは、悪霊の神々の考えも見抜いているんだろうな」
 ランドがつぶやいた。
「悪霊の神々も、ハーゴンも、お互いに自分のためだけに行動しているんだ。どちらが利用し、されているのかもわかった上で。そしてその先には、同じ終わりしかない。……世界の滅亡というだけの」
「そうだ。それを止めうるのは、この世界でお前達しかいない」
 クラウスは3人を見つめた。
「その像を持って、今こそロンダルキアのふもとへ行け。そこへ通じる手がかりは、お前達がすでに見つけているはず。場所は……ベラヌール。その監獄に、道を知る男がいる」
「あの魔法結界の監獄ね」
 すぐに思い出し、ルナが顔を上げた。ロランとランドもうなずく。クラウスは初めて椅子から立ち上がり、3人に両手を掲げた。
「神よ……勇者の子孫に、光あれ」
 静かな声で祈りをささやくと、天窓から光が3人を照らした。穏やかで暖かい光が体を包むと、重く淀んでいた疲労がふっと消え去る。ランドとルナは、お互いに顔を見合わせていた。二人の尽きていた魔力が完全に戻ったのだ。
 クラウスが見せた奇跡に、ロラン達は驚いて彼を見つめていた。クラウスは淡く微笑んだ。
「行くがよい。お前達の勝利を、信じている」




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