アスパシオンの弟子80 着水(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/01/15 16:01:24
「俺様が来たから、もう安心だぞぉ。今助けてやるからな」
その人は任せろとばかりに、がっしんと金属の筒服を叩いた。
『摂政さま、急いで下さい』
ターコイズがいらいらと気体発生装置の箱を見下ろす。長時間噴出させられるものではないようだ。
へいへいとうなずき、髭ぼうぼうの人は俺に向かって右手を突き出した。そのむさい顔に似合わぬ清廉な歌声とともに、右手の先が煌々と輝きだす。
なんて魔力だ。結晶に覆われている俺の頬に、その韻律波動がびりびり伝導してくる。
みき、みき、と分厚く白い塊に亀裂が入り。ぼろりと外れ、ゆっくり俺から離れていく。筒服に包まれたレモンの姿があらわになるなり、妖精たちは一斉に安堵のためいきをついた。
『レモン!』『おじいちゃんが護っていたのね』『よかった……!』
「さあて。妖精さんを保護したら本番だぞ」
もう何百年も会っていないから忘れかけていたけれど。この人は……。
「じゃじゃーん。俺のいとしのアミーケが作った、魔人解放装置っ。ぺぺがアイテリオンに操られてるって気づいて、俺様が温泉地に療養に引っ込んでたときにさ、急いで作ってたんだが……。残念なことに間に合わなかったわ」
哀しげに語るひげぼうぼうの人。その左手には、まっ白に輝く宝玉がある。
「この魔人も、これでメニスの王の支配を受けなくなる。自由になるぞ」
ひげぼうぼうの人は、あらわになった俺の胸の青い宝玉の上に、白い宝玉を重ねて韻律を唱えた。するとずぶずぶとその玉は青い宝玉の中に沈んでいき、中でぐるぐるととぐろを巻き始めた。まるで、銀河の渦のように。
「オリハルコンの人工心臓だ。ルファの義眼のでっかい版って感じかな。浸透性がある流体金属をまぜこんでるとかなんとか、アミーケが言ってたわ」
オリハルコンの心臓。そういえば……まさにそんな心臓をもつ魔人がいた。メニスの王に支配されない、自由な魔人。メイテリエ……。
「さすがアミーケだよなぁ。俺の前世のダンナは、やっぱり最高の灰色の導師だわ」
『おじいちゃんが動いたわ』『しっかりして』
カッと目を見開いた俺は。
「うあああああっ」
胸を押さえて悲鳴をあげた。胸を襲う恐ろしい激痛。めきめきと体内に何かがいきわたって浸食されていく感覚。
「心臓が体内で展開しはじめたんだ。じきにオリハルコン入りの血潮が流れるようになる」
ああ、俺も……メイテリエのようになるのか。
自由な魔人。我が君にとっては、とても悪いもの。存在してはいけないものに、なるのか。胸の青い宝玉が抵抗する。ぼうぼうと燃えて侵入してくる真っ白い光を消そうとしている。きらっきらっと煌めくたび、俺の全身に痛みを放ってくる。
「ぐああああ! うあああああ!」
空気の幕を破られては大変と、七転八倒する俺を金属筒服の妖精たちが押さえつけてくる……。
「大丈夫だ。じきに楽に……あれ? なにその銀色の右手。見たことあるわ。ちょっと……」
髭ぼうぼうの人の驚きの貌。
「おまえなんでそれをつけてんの……」
あんぐりと開かれていく口。
「もしかしておまえ……」
「あああああああ!!!!」
びきびきと音を立てて縮んでいく俺を。髭ぼうぼうの人は呆然とみつめてつぶやいた。
「ぺ……ぺ?!」
ぴ。ぴ。ぴ。ぴ。
機械的な鼓動が聞こえる。うっすら目をあけると。俺はまだ、青い風船のような幕の中にいた。周囲には、金属筒服に身を包んだ人たち。暴れていた俺の手足をまだ抑えている。
『……大気圏突入しました!』
耳に入っているマイクから、ターコイズの緊張した声が聞こえる。
『方舟、成層圏に入ります』
『着陸場所は海のど真ん中にしろよ』
『はい、摂政様。でもよくこの方舟の操作方法をご存知でしたね』
『この方舟タイプの星船、なんだか懐かしいよ。俺さ、よくアミーケとお忍びデートしたわ。宇宙で逢瀬ってロマンチックだよほんと。俺たち、よくお月様にいって遊んだもんよ』
『神獣ルーセルフラウレンが創造者ルーセルと相思相愛だっていうのは、有名な話ですけど……』
『統一王国の時代には、まだ星船がたくさんあったからねえ』
方舟は、地表へ向かって落ちているらしい。いや、妖精たちに操作されて落とされているらしい。髭ぼうぼうの人はまたヘルメットをかぶっている。
一瞬、あたりがカッと赤くなった。
恐ろしい勢いと速さの降下で、方舟が燃えているようだ。べきべきとすさまじい亀裂音もする。
『ち……さすがにもたねえか?』
『落下速度が速すぎるみたいです。ばらばらにならないか少々不安ですね』
『仕方ねえ、俺様が外に出て支える』
『摂政さま……六翼の女王! お待ちを!』
ターコイズが叫ぶ。髭ぼうぼうの人が外に出るや。カッとまっ白な輝きが屋内に差し込んできた。
『ああ、変身しちゃった』
『まかせましょう。ルーセルフラウレンは神獣。その力を今も発揮できるのなら、この方舟の飛散を防いでくれるわ』
恐ろしい重力がかかってきた。思わずがふっ、と息を吐く俺の背を、アメジストが擦る。
『おじいちゃん……具合はどう? 見てのとおり、ルーセルフラウレンとその創造主が、黒の導師様と一緒にメキドに落ちてきて、トルナート陛下のお味方になってくださったの。おじいちゃんそっくりの魔人も、メニスの女の子もよ。みんな、メキドのために尽くしてくれてた』
ヴィオもメキドの森で偶然巨人妃のサクラコさんに繭の状態で拾われて、トルナート陛下の宮廷に保護されたそうだ。
でも、とアメジストは声を詰まらせた。
『あのアイテリオンが……ヴィオの居所をついにかぎつけて、自らメキドの宮廷に乗り込んできたの。私たちがひどく警戒していたから、アイテリオンは猫をかぶって自分では何もしてこなかったわ。でも、おじいちゃんそっくりのぺぺさんが、こっそり操られていて……』
ごおおおおおと、すさまじい燃焼音がする。あたりがまた真っ赤に燃え立つ。
青い風船のような幕が燃え尽きる。だがその内にある結界は強固で、俺と妖精たちを護ってくれた。
『ぺぺさんは、永世中立国のファイカで蒼鹿家の使節団を殺してしまって、永久凍結されてしまったの。そのとたん、アイテリオン様は本性をあらわして、ヴィオをメキドの護国将軍にして、大陸同盟に声明を出したのよ』
メキドは国際法を無視する蛮国。メニスの王が、大陸同盟の名のもとに後見し、管理する――
『大陸同盟は賛成多数でその声明を採択したわ。メキドは、アイテリオンの後見を受けて、「善き国」に変えられる……』
これは、乗っ取りだ。
メキドは鉄壁。再三攻めて滅ぼせなかった。だからアイテリオンは内から侵食してかの国を手に入れたのだ。
俺は目を閉じ、記憶を掘り起こした。大陸諸国に非難させるために。メキドを失墜させるために。アイテリオンは、俺を利用した……。
意識が澄み渡る。オリハルコンの血潮のせいだろうか。何もかもよみがえってくる。何もかも……。
「大丈夫だ、みんな。メキドを好きにはさせない。俺とアイダさんは……そしてソートくんは……」
方舟の中が今一度。カッと赤く輝いた。
「この時のために、おまえたちや、いろんなものを……作りまくってきたんだ!」

-
- 優(まさる)
- 2016/01/15 21:21
- 心臓を入れ替えたと言う所かな?
-
- 違反申告