自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・146
- カテゴリ:自作小説
- 2016/01/20 00:26:38
【鏡合わせの回廊】
1階に戻ると、そこからすぐ北側に上り階段を発見した。迷宮の多くは正しい順路が遠回りに造られているものだが、まず目に付いた階段から行くことにする。
上っている間、ロラン達は無言だった。
地下1階で出会った男の話が、ずっと頭の中で繰り返されているのだ。
ハーゴンが破壊神への生贄とするために、各地から魔物を使って人間をさらっているとは聞いていた。だが、じかにその犠牲者から話を聞いて、実際に見ていないのに、その光景が頭に浮かんで離れないのである。
突然平穏な生活から連れ去られて、極寒のロンダルキアの大地をハーゴンの神殿まで歩かされた人々。統率する魔物はうそぶいただろう。
罪深き人間よ、これが浄罪の道なのだ、と。
十分な休息や食料も与えられぬままの行進で、体力のない老人や子どもは真っ先に力尽き、彼らを助けようとした者は見せしめに殺される。
それらを見て見ぬふりをし、あるいは絶望の中目をそむけ、かろうじて神殿まで生き残った人々は、今度は破壊神への供物として捧げられたのだ。
「――」
階段の途中で、ロランは立ち止まった。うつむき、唇を固く結んでいる横顔に、ランドが「わかってるよ」と声をかける。
「君の言いたいこと、考えてること。……ぼくらも同じだから」
ルナも小さくうなずく。ロランは青ざめた顔を上げた。まっすぐ前を向く。
「ああ。ありがとう。――行こう」
階段を上りきると、正方形の広間に出た。四方に通路が開けている。
どこから行こうとは聞かず、ランドとルナはロランを見た。任せるということだ。ロランは階段から正面へ歩きだした。
「これは……」
広間を抜け、すぐにロランは足を止めた。どこまでも長く続く回廊があり、通路の両脇には規則正しく並ぶ出入り口がある。
「案外、やっかいかもねえ」
ランドが苦笑する。
「まるで鏡合わせだね。一部屋ずつ、順番にのぞいてみるかい?」
「そうだな。それがよさそうだ」
ロランはまず、右手の部屋に入った。がらんとした石室があるだけで、さらに奥へと続く出入り口がある。ロランは先へ進んで部屋を出た。
「あ……!」
ロランは息をのんだ。石室を出た先には、部屋に入る前と同じ光景が広がっていたからだ。ははあ、とランドは頬を人差し指で掻いた。
「ひょっとするとこれは……」
「二人とも、敵よ!」
ルナが背後を振り返って叫んだ。いつの間に近寄って来たのか、天井には、青黒い粘膜に覆われた目玉の怪物ダークアイが3匹とも金色に目玉を光らせ、青黒く皮膚が変色した食人鬼グールが2匹、こちらめがけて襲いかかってきた。
「戦おう!」
ロランは背の鞘からロトの剣を抜いた。ランドとルナも身構える。
ダークアイは紫色の無数の触手をくねらせた。不思議な踊りだ。体から金色の光が抜け、ランドとルナが脱力感によろめく。魔法が使えなくなっては、こちらが生き残れない。ロランは真っ先にダークアイの触手へ斬りかかった。薙いだ剣閃が豪快に触手のほとんどを斬り落とし、苦痛にもだえた1匹が床に落下する。
ルナはいかずちの杖をグールめがけて振りかざした。杖から電撃が放たれると、両腕をランドへ伸ばしてつかみかかっていた1匹が弾かれたようにのけぞった。腐った肉が焼け、鼻を突く煙が立ち上る。
ランドは光の剣を抜き、ひるんだグールへ袈裟懸けに斬りおろした。ごうっ、と口から汚液をまきちらし、1匹は土塊になって崩れた。その間に、ロランは続けてダークアイを斬り払う。3匹目を紫色の粘塊に変えた時、上げた視線が通路の奥から迫る複数の影を捉えた。
「新手か!」
ぐんぐんと迫ってきた赤い影は、べビルとスカルナイトだった。それぞれ3匹ずついる。
「ううん、こういう時、マホトーンをかけるべきなのかなあ。でも魔法を封じたら、火の息を吐いてくるし……」
べビルの群れを見たランドが真剣に考え始めた横で、
「ラリホーッ!」
ルナの裂帛の呪文が響き渡った。悪魔の赤ん坊でもあるべビルは、うち2匹がころりと睡魔に襲われ、床に落下する。
「それいいねぇ」
「のんきに感心してる場合じゃないぞ!」
ほほうと感嘆をもらすランドへグールがギラの火球を飛ばし、ロランがとっさにロトの盾で受け止め、怒鳴った。返す手でグールへ剣撃を見舞い、ロランはスカルナイトに向き直った。金色の骸骨が深紅の兜と軽鎧、剣と盾で武装した、邪教団の精鋭である。ハーゴンは死者を操る術に長けているのだ。
――ルカナン……
スカルナイトの1体が、かちかちと歯を打ち鳴らした。どこから声が発せられるのか、ロラン達には確かにそう聞こえた。次の瞬間、装備の組織を弱くする防御低下の青白い光が3人を包む。
「スクルト!」
すかさずランドが意識を集中し、防護の呪文を唱えた。暖かい橙色の光が3人を守るように包む。
「上がったのか?!」
「いや、もとに戻しただけだよ。あまり魔法合戦はできないから、早く倒さないと!」
確かに、相手のルカナンにスクルトでいちいち対抗してはきりがない。ロランは盾を構え、スカルナイトに向かって駆けた。相手が研ぎ澄まされた剣を振りかざしたが、その肘を剣で叩き落とす。
ラリホーにかからなかったべビルがベギラマを唱えた。ルナのまとう水の羽衣が水煙を噴出させる。魔法の炎の幕が水煙とぶつかり、靄(もや)が発生した。
「わあっ、視界がっ!」
ランドがうろたえた声をあげたがどうしようもない。ロランは目を凝らし、手近なスカルナイトに斬りつけた。だがもう1体がその隙を突いてロランに斬りかかってくる。
「くっ!」
ガイアの鎧の装甲が薄い足元を切り裂かれ、ロランは一瞬よろめいた。かたかたと顎を鳴らしたのは、勝ち誇った感情ゆえか。スカルナイトはロランの血に濡れた剣を再び振り下ろす。ロランは盾を突き出し、その一撃を受け止めた。とたん、傷を受けた腿が鋭く痛み気が逸れる。
「このっ……!」
スカルナイトは恐ろしい力で剣を押してきた。受け止める盾が徐々に押し返されていく。
(足に力が入れば!)
ロランが歯噛みした時、疾風のごとき剣筋がスカルナイトの左脇を斬り払った。ランドがはやぶさの剣に持ち替えて連撃を放ったのだ。細身の刀身はスカルナイトの肋骨を数本断ち切り、骨の支えを失った相手はぐらりとのけぞる。
「べホイミ!」
背後でべビルと渡り合っていたルナが、ロランへ治癒の呪文を放った。脚の痛みが消え、ロランは即座に盾をぐんと押した。ランドの攻撃で体勢が崩れていたスカルナイトは、大きくのけぞった。
「はあっ!」
淀む空気をも切り裂くロランの薙ぎ払いがスカルナイトの腰椎を分断し、真っ二つにされた骨騎士は黒い影となってちりぢりに消えた。
「ベギラマ!」
長期戦になってはまずいと、ランドが呪文を唱えた。閃光が瞬いた刹那、めくるめく赤い炎が魔物の群れを焼き払う。ルナがいかずちの杖による電撃で弱らせていたこともあり、魔物は一斉に消え去った。
「なんとか片付いたか……」
安堵して、ロランは剣を納めた。そうね、とルナも微笑みかけ、ふと眉をくもらせる。
「どうした?」
「……私達、どこから入ってきたんだっけ?」
「え?」
ぎくりとして、ロランはあたりを見回した。どこまでも同じ回廊と出入り口が続いている。