アスパシオンの弟子81 ウサギ魔人(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/01/22 20:44:57
目の前に提示された恐ろしい物体を、俺の目は一瞬で拒否した。衝撃を受けた脳味噌の中に浮かんだ言葉を、何度も何度も一文字一文字反復させる。
な。ん。だ。こ。れ。は。
恐ろしいものから目を反らす。許容できないものは視界に入れないに限る。しかし逃避は解決にはならないとすぐに思い直す。では、どうすべきか。
まずは深呼吸。そしてわが心を落ち着かせ脳味噌の中を整理するために、状況確認だ。
現在、魔人ぺぺが封印されて二週間たっている。
メキドの護国将軍にはヴィオが任じられた。
兄弟子様ともうひとりはまだ幸い、メキドの摂政位から罷免されずにいる。
もうひとりっていうのは、そこにいる赤と黄色のけばけばしい…………
「そこの奥さん! 饅頭いかっがっすかー?」
ピエロ。
……。
ええと、落ち着け俺。さらに状況確認しよう。
蒼鹿家はアズハルの娘を無理やり立てて、メキドにいろいろ要求してきている。
アイテリオンは正体をあらわし、監察官としてメキドの国政を牛耳り始めてそれを全部呑む予定でいる。現在はアミーケを搬送したため水鏡の里にいる、らしい。十割確定できないのは、奴が神出鬼没で、魔人団の白胡蝶の力によって好きな場所にいつでも出没できるからだ。しかしアリストバル護衛長たち最強どころが封印されているので、以前のような無敵っぷりは発揮できないだろう。
それでもメキドの状況は深刻だ。国を護るべき摂政二人が、名を連ねど無力化されている。兄弟子さまは白胡蝶にやられて、温泉地で療養を余儀なくされた。そしてもうひとりは、そこにいる赤と黄色のけばけばしい……
「え? お手玉しろ? はいはい、できますよ。まかしてくださいねえ」
ピエロ。
……と、化した。
……。し、深呼吸、しよう。
しかしあの真っ白い能面はなんなんだ。サブイボでた。股間もきゅっとなった。あまりの衝撃におしっこちびりそう。これ、やばいぞ。だって。だって……。
「なんで……」
「いや、気持ちはわかる。すまん、俺もうかつだったよぺぺ。俺が温泉でぬくぬくしてるあいだにまさかこんなことになるとは」
「なんで……」
「いちおうな、回復させようと薬のまそうとか、話しかけたりとか、赤毛の女の子たちと一緒にいろいろやってみたんだが――」
「なんで、ウサギの着ぐるみじゃないんだっ!!」
「え」
まずい。これは、深刻にまずい状況だ。もし我が師が何か策があってわざと身を変じているのなら、こんな気持ち悪いピエロになど決してならない。百パーセント、絶対に、ウサギの着ぐるみをかぶるはずだ。ピピちゃん。そう、あのニンジンぶしゃーのピピちゃんになるはずだ!
「ほーれほれほれほれ」ー―「きゃははは、おじさん、玉がぼとぼと落ちてるよ」「へったくそー」
なんであんなにべったべたと、顔に直接おしろい塗ってるんだ。気味悪すぎる。
なんでできもしない大道芸をぶざまに披露してるんだ。おそろしすぎる。
「はははは。おじさんだめだよねえ。はははは。おじさんは世界一だめなやつなんだよ。さーあ、うさぎ印の饅頭は、いかがすかー」
「おじさん、玉そのままだよう」「ひろいなよー」
ああああ。子どもに拾わせて……。
「お。お。おしっ……お師匠さま!!」
「さあ風船欲しい子はこっちおいでー」
ううっ。呼んでも振り向かない。ひたすら風船配ってる。も、もらいにいくか。
「おい、ぺぺ。よしとけ。無駄だって」
兄弟子様の声を背にピエロに近寄る。
「お師匠さま。俺……です」
我が師の顔をまじっと見る。ピエロもまじっと見てくる。でも、次の拍子にピエロはにっこりビジネススマイル。
「ああ、ごめんねえ。風船は子どもだけにあげてるんだよ」
俺、顔変わったか? たぶんすんごい蒼ざめて口も開けててすごいアホ面だってのはわかっちゃいるが、魔人になった時のままで外見は十六歳、のはずだ。でも小じわとかあるのかな。ちょっと顔伸ばしてもう一度ピエロに見せよう。
……。
……。
どうしよう……。反応しないよこの人。
ちくしょう、怖すぎて唇震えちゃうよ。なんか息が苦しい。過呼吸か? 落ち着け俺。し、深呼吸だ。
俺はがくがく震えながらも、風船を持つピエロの手首をがしりとつかんだ。
「いやでも! 俺、風船大好きだから! この柄! この柄が! 大好きだから!」
びしりと風船に印刷されてるウサギ柄を指さす。だからくれ! 頼むからと懇願しつつピエロの面前にがぶり寄る。たとえピエロ菌に冒されていても、屋台で売ってるものはみんなウサギマーク入り。ウサギへの執着はかろうじてまだあるんだろう。だから脈は、ある!
「う、ウサギってほんとかわいいですよね!」
「そうだねえ。でもフンがくさいし、穴にすぐ隠れるからねえ。お客さんに時々怒られるんですよ。ウサギどこ? 見えないって。餌代もバカにならなくてねえ」
ひいいいいいいい。お師匠様が口歪ませてすんげえ嫌そうな顔でウサギの悪口言うなんて! 嘘だ! だれかこれは悪い夢だと言ってくれ……!!
――「あ、ゴンザレスさん、今日はもうあがっていいですよ。ごろ寝してきて充電完了しましたから。あとは僕がやります」
え?!
なんだか背後から、ピエロと同じ声音が……聞こえる?
「ごしゅじーんさま、でもぉ」
ピエロ、内股でもじもじ。いいからいいから、と我が師と同じ、しかしどことなく冷たい声が背後から。あれっ? と兄弟子さまがきょとんとする。
「このピエロ、ハヤトじゃねえの?」
次の瞬間、ぼむっとあたりに煙がたった。ピエロが消えて、あとにはひらひらな札をつけたピエロのぬいぐるみが残る。これは……
「うお。式じゃねえか。便利なもんつかって従業員ふやしてるんだなぁ」
えっ?
「兄弟子様!! お師匠様じゃないじゃん!!」
「わりいわりい。声も姿もそっくりなんで、ついまちがえたわ」
そっくりって。つい、って! ちくしょうポチの火炎放射で焼いてやる! い、いや落ち着け。とにかく落ち着け、俺。深呼吸するんだ……。
「ようこそ、ハッピーモフモフランドへいらっしゃいました」
ふりむくと――
「ひっ!」
さっきのピエロより、もっとひどいものがいた。顔だけ、でっかいウサギの着ぐるみ。そして体は。
「ママ、なにあれ」「きゃあ!」
腰布一枚の、ひょろひょろしたあおっちろいスネ毛ぼうぼうの男。うわ、胸板うすい。あばら骨が浮き出てる。もしかしてろくにご飯食ってないんじゃ?着ぐるみの頭部のでかさで二頭身になってるけど、ただの変態にしか見えない。お客さんはどん引きして、一斉に人が退いて遠巻きになっている。
「ちょっと園長! 服着てくださいって何度もいってるじゃないですか!」
ピンク色のスカートの赤毛の娘が、あわてて緑と赤のピエロ服を持ってくる。しかし変態ウサギは無視。腰に手を当てて仁王立ち。
「どうぞウサギの楽園でゆっくり楽しんでいってください。さあちびっこたち、ついてきてください。これからこの『ウサギ魔人ぺぺ』が園内を案内してあげます」」
ちょっと待てえええ―ー!!
「人の名前をかたるな! この変態スネ毛オヤジ!!」
お。振り向いた。反応したぞ。あ。背を向けた。二、三歩歩いた。止まってこっち向いた!
「変態じゃない。僕は、アスパシオンのぺぺです」

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- 優(まさる)
- 2016/01/22 21:27
- ペペが2人いると言う事かな?
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