アスパシオンの弟子81 ウサギ魔人(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/01/22 20:50:56
な……? 我が師が、ペペ?!
「僕のかわりにお師匠さまがあそこの廃院の泉に封印されたんです。だから僕は永遠にここでお師匠さまのお墓を守るって決めたんです。だって僕はお師匠さまをだれよりも愛してるから。僕たち、相思相愛だったんだ。お師匠さまはまた僕のために……身を……投げ出してくれたんだ……」
な……んてことだ。ひっくひっくと、泣き声が着ぐるみの中から聞こえてくる。
凍りつく俺の腕をつかみ、兄弟子様がずるずると変態ウサギから遠ざける。わかっただろ? と唇をきつく噛む俺の頭を、ぽふぽふ叩いて慰めてくるその手が、すごく暖かい。
「今の話は要するにハヤトの脳内願望だ。自分が身代わりになってぺぺを助けた。あいつはそうしたかったんだ。そしてあいつは、ほんとにそういうことにしたんだ。自分の頭の中でな」
「俺……来るの遅すぎた……」
「いや。おまえの帰還は奇跡。俺たちには予期せぬことだったんだから自分を責めるな。しかしすまんな。おまえを見たらひょっとしたら元に戻るかも、って少し期待しちまったから、強く止めないでここに来ちまった」
もう回復する目はなさそうだな。兄弟子様はそう悲しげにつぶやき天を仰いだ。
そんな馬鹿な!!
俺は歯を食いしばり、ウサギ魔人を睨んだ。本当に狂いが入ったなんて信じられない。そんなの許容できない。正気に戻す手があるはずだ。
何か……。そうだ、変身。ウサギのぺぺだ。俺がウサギになればきっと!
園の端に走ってさっそく魔法の気配を降ろす。韻律を唱えるなり、どくりとオリハルコンの心臓が激しく心拍した。胸がギリギリ痛む。まだ浸透しているオリハルコンの血流に慣れ切っていないせいだろう。だが躊躇している場合じゃない。こらえて韻律を唱え続ければ。みるみる我が身は縮み、耳が生え、手足がもふもふになり……
「よし! これでどうだ!」
ウサギと化した俺は、きぐるみのなかでひっくひっくと泣き声を上げる変態の前に立ちはだかった。
「ハヤト! みろ! 俺だ! ぺぺだ!」
「お。お師匠さま。お師匠さま……どうして僕なんかをかばったんですか……」
うううう。ウサギのぺぺを見せてもだめだなんて。そんな……!
「し、しっかりしろ! ハヤト! 俺が見えないのか?! く、くそっ。う、ウサギキィーック!」
すこーんと着ぐるみの横っ面を俺の後ろ足が直撃する。瞬間、沿道の策にすっとぶウサギ魔人。どうだ、と息をつめて近寄るも。着ぐるみの中から聞こえてくるのはうつうつとした嗚咽。
「ちくしょう! なんで。なんでだようっ……ハヤト! なんでやねん!」
俺はウサギ魔人の首を掴んで激しくゆすぶり、幾度も後足キックで喝を入れた。しかしウサギ魔人は力なくだらりと伸びたまま。ウサギ頭の着ぐるみの中でしくしく嘆くばかり。バーリアルに取り付かれた我が師を正気に戻したあの解除呪文も……
「あ、あ、あ……愛してる! 愛してる! 愛してる! ……うあああああっ! これでもだめなのかあああっ」
ウサギ魔人は、起き上がらなかった。兄弟子さまがおろおろと俺を止めに入った。
「ぺぺ、おいもうやめろ。そんなに蹴ったらハヤトが死ぬ」
「いやだ。いやだこんなの。ハヤト!! ハヤトとおおおおっ!!」
戦意と生気が全く無いウサギ魔人は、それからしばらく草原に伸びていた。ウサギのままの俺は兄弟子さまに抱かれ、園の外へと退避。温泉饅頭をおごられて、道端で涙をこぼしながら、もそもそほおばった。
「俺……これから時間の泉作る……もう一回過去に行きなおして、はじめから歴史を作り直せば……せめ、せめてお師匠さまがバーリアルにとりつかれて濡れ衣着せられるのを食い止められれば。俺が魔人にならなければ……」
「ぺぺ。そうできないから、こういう世界になってるんだろ? アミーケが言ってた。時間軸はただひとつ。何度過去へもどろうが、過去を変えることはできない。なぜなら未来からの干渉も加わってこの時間軸の世界は存在している、って」
ちくしょう。わかってる。そんなのわかってる。でも、そんな願いを口にせずにはいられない。
未来からの干渉。それもしっかり、過去の歴史に刻まれている。時間流は過去から未来へ流れているだけでなく、未来から過去へも常に流れている。だからあの三つの泉ができるわけで……
「それじゃ、お師匠さまを直す薬を開発する。妖精たちと一緒に、絶対造る。お、俺はなんでも作れるようになったんだ。鍛冶の技だけじゃない。たくさん、覚えてきたから。いろんなことほんとに覚えてきたから。なんでも造れるんだ」
ぼろぼろ落ちる涙。草むらに吸い込まれていく輝きの粒。
「でも。でもさ。これだけは、ゆずれない……」
俺は饅頭を呑みこみ、ピンクのスカートの妖精のもとへ走って緑と赤のツートン服をもらうと。いまだに草むらに大の字で寝ているウサギ魔人にがぶりより、鬼気迫る顔で服を我が師の前に突き出した。
「服を着ろ! アスパシオン様からのご遺言だ!」
「遺……言?」
ぺぺと名乗られたからには死んでも服を着せてやる。裸の変態魔人とか絶対嫌だ。そんなの許さない。無理にでも着せてやる!
そう思ってとっさに口からでた言葉だったんだが。なんとウサギ魔人はびくんとバネのように飛び起き、ざざっとものすごい勢いで寄ってきて、服をひったくってきた。
「お師匠さまが。僕に? ほんと? ウサギさん」
「う、うん。着ないと許さないって」
「き、着る! 着るよ! 着ます!」
ウサギ魔人があわてて服を着る。これは……も、もしかして。
「そ、それからアスパシオン様がご遺言でいってたぞ。着ぐるみを脱いでご飯を食えって」
「食べる! 食べますっ!」
ウサギ魔人は瞬く間にすぽんとウサギの頭部をとり、屋台の温泉饅頭をかっこみはじめた。これは……やっぱり……!
「おい、どういうことだ」
「兄弟子様、我が師はぺぺになりきってます。いや、正確には、我が師が思い描く理想のぺぺになってます」
ちくしょう……このくそオヤジ、よりによって俺が一番嫌がるものになりやがった。
つまり我が師のいうことしか聞かない、我が師だけを深く愛するというキモチワルイぺぺ。我が師が魔人になって二人で永遠にラブラブでウホッな生活を送ることを受け入れたぺぺになってるんだ。ぺぺならば、ウサギに反応しないのは当然。「キモぺぺ」は、師を弔うために師のお墓にウサギを集めている。ウサギ印の水筒も饅頭も風船も、みんな愛する師への供養というわけか……。
非常に不本意な状態だが仕方がない。もとの我が師に戻すのは当分無理な感じだが、そうとわかればそれなりの対応はできる。
「それとな、ぺぺ。アスパシオン様はご遺言でさ、この俺の言う事をよーく聞くようにって言ってたぞ」
「ウサギさんのいうことを?」
「うん」
どん、と俺は毛皮もふもふな白い胸を叩いた。
「俺、ピピ。よろしくな」
「ピピさん。わかりました、よろしくお願いします」
非常に素直にぺこりと頭を下げてくる我が師。すごいな、『我が師の遺言』パワー。伝家の宝刀、最強の切り札、どっかの家の紋所どころじゃないぞ。よし。なんとかなりそうだ。
「それでさっそくなんだけど。ここのウサギたち、ちょっと貸してくれるかな」
それは困ると困惑する我が師を遺言パワーで押しのけ、俺は草むらを見渡した。野に放たれたウサギ。ウサギ。ウサギ。ウサギ……。そう、こいつらが必要なんだ。アイテリオンを倒すためには。俺が仕込んだものを持っている動物たちが。何百年もかけて、増え続けてきたものが……。
凍りつく俺の腕をつかみ、兄弟子様がずるずると変態ウサギから遠ざける。わかっただろ? と唇をきつく噛む俺の頭を、ぽふぽふ叩いて慰めてくるその手が、すごく暖かい。
「今の話は要するにハヤトの脳内願望だ。自分が身代わりになってぺぺを助けた。あいつはそうしたかったんだ。そしてあいつは、ほんとにそういうことにしたんだ。自分の頭の中でな」
「俺……来るの遅すぎた……」
「いや。おまえの帰還は奇跡。俺たちには予期せぬことだったんだから自分を責めるな。しかしすまんな。おまえを見たらひょっとしたら元に戻るかも、って少し期待しちまったから、強く止めないでここに来ちまった」
もう回復する目はなさそうだな。兄弟子様はそう悲しげにつぶやき天を仰いだ。
そんな馬鹿な!!
俺は歯を食いしばり、ウサギ魔人を睨んだ。本当に狂いが入ったなんて信じられない。そんなの許容できない。正気に戻す手があるはずだ。
何か……。そうだ、変身。ウサギのぺぺだ。俺がウサギになればきっと!
園の端に走ってさっそく魔法の気配を降ろす。韻律を唱えるなり、どくりとオリハルコンの心臓が激しく心拍した。胸がギリギリ痛む。まだ浸透しているオリハルコンの血流に慣れ切っていないせいだろう。だが躊躇している場合じゃない。こらえて韻律を唱え続ければ。みるみる我が身は縮み、耳が生え、手足がもふもふになり……
「よし! これでどうだ!」
ウサギと化した俺は、きぐるみのなかでひっくひっくと泣き声を上げる変態の前に立ちはだかった。
「ハヤト! みろ! 俺だ! ぺぺだ!」
「お。お師匠さま。お師匠さま……どうして僕なんかをかばったんですか……」
うううう。ウサギのぺぺを見せてもだめだなんて。そんな……!
「し、しっかりしろ! ハヤト! 俺が見えないのか?! く、くそっ。う、ウサギキィーック!」
すこーんと着ぐるみの横っ面を俺の後ろ足が直撃する。瞬間、沿道の策にすっとぶウサギ魔人。どうだ、と息をつめて近寄るも。着ぐるみの中から聞こえてくるのはうつうつとした嗚咽。
「ちくしょう! なんで。なんでだようっ……ハヤト! なんでやねん!」
俺はウサギ魔人の首を掴んで激しくゆすぶり、幾度も後足キックで喝を入れた。しかしウサギ魔人は力なくだらりと伸びたまま。ウサギ頭の着ぐるみの中でしくしく嘆くばかり。バーリアルに取り付かれた我が師を正気に戻したあの解除呪文も……
「あ、あ、あ……愛してる! 愛してる! 愛してる! ……うあああああっ! これでもだめなのかあああっ」
ウサギ魔人は、起き上がらなかった。兄弟子さまがおろおろと俺を止めに入った。
「ぺぺ、おいもうやめろ。そんなに蹴ったらハヤトが死ぬ」
「いやだ。いやだこんなの。ハヤト!! ハヤトとおおおおっ!!」
戦意と生気が全く無いウサギ魔人は、それからしばらく草原に伸びていた。ウサギのままの俺は兄弟子さまに抱かれ、園の外へと退避。温泉饅頭をおごられて、道端で涙をこぼしながら、もそもそほおばった。
「俺……これから時間の泉作る……もう一回過去に行きなおして、はじめから歴史を作り直せば……せめ、せめてお師匠さまがバーリアルにとりつかれて濡れ衣着せられるのを食い止められれば。俺が魔人にならなければ……」
「ぺぺ。そうできないから、こういう世界になってるんだろ? アミーケが言ってた。時間軸はただひとつ。何度過去へもどろうが、過去を変えることはできない。なぜなら未来からの干渉も加わってこの時間軸の世界は存在している、って」
ちくしょう。わかってる。そんなのわかってる。でも、そんな願いを口にせずにはいられない。
未来からの干渉。それもしっかり、過去の歴史に刻まれている。時間流は過去から未来へ流れているだけでなく、未来から過去へも常に流れている。だからあの三つの泉ができるわけで……
「それじゃ、お師匠さまを直す薬を開発する。妖精たちと一緒に、絶対造る。お、俺はなんでも作れるようになったんだ。鍛冶の技だけじゃない。たくさん、覚えてきたから。いろんなことほんとに覚えてきたから。なんでも造れるんだ」
ぼろぼろ落ちる涙。草むらに吸い込まれていく輝きの粒。
「でも。でもさ。これだけは、ゆずれない……」
俺は饅頭を呑みこみ、ピンクのスカートの妖精のもとへ走って緑と赤のツートン服をもらうと。いまだに草むらに大の字で寝ているウサギ魔人にがぶりより、鬼気迫る顔で服を我が師の前に突き出した。
「服を着ろ! アスパシオン様からのご遺言だ!」
「遺……言?」
ぺぺと名乗られたからには死んでも服を着せてやる。裸の変態魔人とか絶対嫌だ。そんなの許さない。無理にでも着せてやる!
そう思ってとっさに口からでた言葉だったんだが。なんとウサギ魔人はびくんとバネのように飛び起き、ざざっとものすごい勢いで寄ってきて、服をひったくってきた。
「お師匠さまが。僕に? ほんと? ウサギさん」
「う、うん。着ないと許さないって」
「き、着る! 着るよ! 着ます!」
ウサギ魔人があわてて服を着る。これは……も、もしかして。
「そ、それからアスパシオン様がご遺言でいってたぞ。着ぐるみを脱いでご飯を食えって」
「食べる! 食べますっ!」
ウサギ魔人は瞬く間にすぽんとウサギの頭部をとり、屋台の温泉饅頭をかっこみはじめた。これは……やっぱり……!
「おい、どういうことだ」
「兄弟子様、我が師はぺぺになりきってます。いや、正確には、我が師が思い描く理想のぺぺになってます」
ちくしょう……このくそオヤジ、よりによって俺が一番嫌がるものになりやがった。
つまり我が師のいうことしか聞かない、我が師だけを深く愛するというキモチワルイぺぺ。我が師が魔人になって二人で永遠にラブラブでウホッな生活を送ることを受け入れたぺぺになってるんだ。ぺぺならば、ウサギに反応しないのは当然。「キモぺぺ」は、師を弔うために師のお墓にウサギを集めている。ウサギ印の水筒も饅頭も風船も、みんな愛する師への供養というわけか……。
非常に不本意な状態だが仕方がない。もとの我が師に戻すのは当分無理な感じだが、そうとわかればそれなりの対応はできる。
「それとな、ぺぺ。アスパシオン様はご遺言でさ、この俺の言う事をよーく聞くようにって言ってたぞ」
「ウサギさんのいうことを?」
「うん」
どん、と俺は毛皮もふもふな白い胸を叩いた。
「俺、ピピ。よろしくな」
「ピピさん。わかりました、よろしくお願いします」
非常に素直にぺこりと頭を下げてくる我が師。すごいな、『我が師の遺言』パワー。伝家の宝刀、最強の切り札、どっかの家の紋所どころじゃないぞ。よし。なんとかなりそうだ。
「それでさっそくなんだけど。ここのウサギたち、ちょっと貸してくれるかな」
それは困ると困惑する我が師を遺言パワーで押しのけ、俺は草むらを見渡した。野に放たれたウサギ。ウサギ。ウサギ。ウサギ……。そう、こいつらが必要なんだ。アイテリオンを倒すためには。俺が仕込んだものを持っている動物たちが。何百年もかけて、増え続けてきたものが……。

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- 優(まさる)
- 2016/01/22 21:32
- 対抗出来る力に成ってれば良いですね。
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