アスパシオンの弟子82 焼成(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/01/30 13:46:56
兄弟子様の渾身の魔力解放で扉が開け放たれるなり。部屋の中から凄まじくきつい甘露の匂いが襲いかかってきた。フィリアはこの狭い一室に監禁され、見るも恐ろしいことになっていた。
寝台に縛り付けられていて、ヴィオがその体の上にのっかっている。ヴィオはすっぽんぽんでえび反りになり、恐ろしい悲鳴をあげている。その腹の部分から、今まさに白い玉が排出されようとしていた。
あの、変若玉が――。
「やめろヴィオ!!」
後足で思い切り踏み込み、俺はメニスの少女からヴィオを蹴り飛ばして取り除いた。
危なかった。もう少しで魔人にされるところじゃないか!
怒り狂った兄弟子さまが、どういうつもりだとヴィオの胸倉を掴む。
「このクソメニス! 何してやがる!」
「だってえ、フィリアはヴィオのだもんんん!」
四肢を鎖で繋がれたフィリアは正体なくぐったりしている。一糸まとわぬ姿なので思わず目をそらしたけど、幸いそのまっ白な体には何も突き刺さっていなかったので、安堵の息が出た。しかし寝台に四肢をつないで監禁……ってアイテ家の血を引く者の習性なのか? こいつらほんと、こわすぎる。
兄弟子さまにひっつかまれたヴィオは、六年前に方舟で見た姿とは変わり果てていた。羽化に失敗して髪の毛は鳶色から銀髪に。瞳は菫色から紫色に変じている。甘露のきつさに目眩しそうだ。オリハルコンの血潮に守られていなかったら、俺は立っていられなかったかもしれない。
「うあ? きゃぁああ♪ ウサギさん! ウサギさんこっち! あそぼぉ!」
「こら! なにいってんだおまえ! まだ話は終わっちゃいねえだろ?!」
「ウサギさぁんったらぁ」
兄弟子様に責められているにもかかわらず、きゃはははと異常な笑い声をあげ、俺を手招きするヴィオ。目は爛々と光り、口元は始終ゆるんでよだれが垂れている。
ヴィオが羽化に失敗したのは十中八九、メニスの里にいたときに魔力覚醒を促す薬を飲まされていたからだろう。つまりヴィオの羽化失敗はアイテリオンの折り込み済み。きっとこれで「魔王覚醒状態」になってるんだと、俺は気づいた。かつてソートくんと一緒に倒した魔王に容姿も精神状態もそっくりだから、きっとそうだ。
「ねえ、ウサギさん、あそんでえ」
一点に長く定まらないまなざし。ケタケタという不気味な笑い声。見れば見るほど、ぞくりとする……。
「おじさんでもいいやぁ」
「うっ、こらやめろ! 触るなこら!」
兄弟子様にべたべた接触するヴィオ。気持ち悪いぐらいその手が淫靡な動きをする。腰を妖しげにしならせ、ヴィオはにたりと口元をひきあげて衝撃的な言葉を口にした。
「ねえ。こうび。こうびしよ? ヴィオ、子供うまなくちゃいけないの」
なんだって?
呆然とする俺。兄弟子様。無言で突っ立つウサギ頭な我が師。
「いっぱいいっぱい子供うみなさいって、パパがいってたの。だからヴィオ、こうびしないといけないのぉ」
「お、おいなんだこれ……」
兄弟子さまは口を開けて絶句。子供を産め? アイテリオンは……ノミオスとは違う方式でヴィオを利用するつもりか?
「まさか、魔王を増産させようっていう腹積もりなのか?」
べたべたすがってくるヴィオの接触攻撃をなんとか払いのけつつ、兄弟子さまが朦朧としているフィリアを毛布でくるんで抱き上げる。するとヴィオは烈火のごとく怒った。
「ヴィオの! ヴィオのフィリアにさわんないでえええっ!」
びいびい抗議するヴィオを、俺はだんまりの我が師に取り押さえさせ、甘露むせぶ部屋から引きずり出させた。
「おい、まさかおまえ! フィリアを襲ったんじゃないだろうな!?」
「そのつもりだったのにいっ。じゃまするなんて、ひどいいい」
「な……んだと!?」
真っ青になってヴィオにつかみかからん勢いの兄弟子様。
フィリアはすでにメニスの混血の成体になっている。両性具有だから、ヴィオが彼女を父親として求めることは可能だ。うう、ほんとに危ないところだった。
「ヴィオが他の人に手を出してないか調べた方がいいですね。フィリアを一番気に入ってるようですけど、なんだか相手は誰でもいいみたいな雰囲気ですから」
「おい、むかつくぐらい冷静だな。もしかしてぺぺ、もう童貞じゃなくなってんのか?」
兄弟子様は歯を剥きだし、こちらにも怒りのとばっちりをふっかけてきたが。俺の答えにたちまちたじろいだ。
「そんなもの何百年も前に卒業してます。俺、結婚して奥さんいましたよ」
「えっ?! こ、子供は?」
「残念ながらそれはできませんでした」
「それ……やることやってたか?」
「やってましたよ!」
「そ、それフィリアに言うなよ? 絶対言うなよ?」
「え?」
「な、泣くぞ? この子おまえが好きなんだからな? いいな? 黙ってろよ?」
「ええっ?!」
ヴィオの世話に夢中になっていたから、俺のことはもうどうでもいいんだろうなと半ばあきらめていたけど。
「フィリアはな、自分はヴィオの母親、おまえが父親っていう感じで見てるんだ。だから……頼む」
レティシア。ごめん、レティシア。男ヤモメになって百年、一瞬心が揺らいだよ。なにしろフィリアは俺の右手を作ってくれた人だ。大恩がある。だがフィリアはともかく、ヴィオが自分の子供ってのは絶対に遠慮したいところだ。
「わかりました。フィリアには結婚歴黙ってます」
糖蜜水に、羽の団扇のそよ風。風通しの良い部屋に移され、兄弟子様の看病を受けたフィリアはようよう、目を覚ましてくれた。ウサギ姿の俺を見るなり彼女は体を硬直させ、それからどっと菫の瞳を濡らして俺を抱きしめてきた。
「ぺぺ! ぺぺ! あなた、無事に助けられたのね!」
甘露の匂い。なんだかとても懐かしい。何百年ぶりに、会えたんだろうか。
やっと再会できて素直に嬉しい。でも俺は、今だに奥さんひと筋だ。いずれフィリアに打ち明けられればいいんだが……。
涙にむせぶフィリアの腕の力はとても弱々しかった。兄弟子様に続いて容態が心配な人がまたひとり。フィリアも様子が悪くなってきたら、すぐに培養カプセルに入れられる手はずを整えておこう……。
こうして俺たちはなんとかヴィオを取り押さえ、ウサギを返してやるからと宥めすかして我らが陣営に引き入れた。俺――ウサギのピピが同盟を申し入れたら、しなを作るヴィオはあっさりうなずいてきたのである。条件付で。
「いいよぉ。こうび、してくれるなら」
……。
「いや、俺ウサギだから。無理」
「えーっ」
「そうだな、俺におまえのウサギ軍団を任せてくれるんなら考えてもいいぞ」
「ちょっ、ぺぺ!」
「ほんとぉ? じゃあそうするぅ。さっそくこうびしよぉ。こうび」
「おう」
「お、おいはやまるなぺぺ!」
「ほら、これ咥えろ」
「なにこれ?」
侍従たちに部屋に運ばせた菓子の山から、長いチョコの菓子棒をつまみあげてヴィオの口に放り込む俺。その細い端っこを俺も咥える。
「そっちから喰え。俺もこっちから喰う。鼻がぴったんこついたら、こうび終了だ」
「ふええええ。ほれで、こどもできふの?」
「できる。これがウサギ流のこうびだ」
「ふえええ。そうなんだぁ!」
やっぱり。こいつ、口先だけで「こうび」に対してまるで知識がない。た、助かった! 甘露を押さえれば、他の人に対しても人畜無害にできるぞ。
ぽかんと口を開ける兄弟子さまと目を丸くしているフィリア。しかし我が師はだんまり無言。ヴィオにウサギを返すという話を聞いたので、もしかしたら怒ってるのかもしれない。喧嘩しないよう、重々言い含めておこう。

-
- 優(まさる)
- 2016/01/30 20:16
- これはこれで良いですが、敵の親玉はどう出ますかね。
-
- 違反申告

-
- Sian
- 2016/01/30 13:48
- ポッキーの日(11月11日)に書きたかったネタです@@;
-
- 違反申告