自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・148
- カテゴリ:自作小説
- 2016/02/12 09:41:57
【巨猪の王】
長い階段をのぼって3階に上がると、洞内に詰まっていた死臭が薄くなった。
死肉や血液、臓腑、糞尿が混ざり合って腐りゆく臭い。それを初めて嗅いだのは、滅ぼされたムーンブルク城でのことだった。
吸うと鼻腔や肺に突き刺さり、腹に鉛のように溜まって染みこんでしまうような、重苦しい臭気だ。
1階付近でそれが濃かったのは、階下にうごめく死体の群れゆえだった。だがこの階では、洞窟本来の湿気と土の臭いが勝っている。3人はやや、ほっとした。
死臭は罪の臭いがする。犠牲者の無念が重しとなってロラン達にのしかかるのだ。死んだ者への悲しみが枷となり、自分達まで、死の底へ引きずり込まれそうな気がする。
滅亡したムーンブルク城で、ロランは初めて死を思い知った。あの時から、自分は戦いに身を捧げなければならないと誓った。死の臭いを嗅ぐと、長く続く戦いの旅に弱りかけた心を叱咤される気がする。
「うわ!」
いきなりランドが妙な声を上げ、何事かと驚いてロランとルナが振り向くと、ランドは恥ずかしそうに笑った。
「いや、天井から水滴が首筋に当たってさ~……。ここ、じめじめしてやけに寒いね」
「もう……驚かさないで。でも本当、私も手が冷たくなってきたわ」
ルナが杖を持たない手に軽く息を吹きかける。
「かなり広いみたいだな……」
ルナの掲げるいかずちの杖が照らす範囲を見渡し、ロランはつぶやいた。前方に道が二つあり、背後を振り返ればもう一本が通じている。
ロランは背中側の道から進んでみることにした。床にはいたる所に水たまりができており、ロラン達の靴を濡らした。
(まずいな、足音が……)
歩きながらロランは緊張していた。洞窟内は音が反響しやすい上、水たまりを踏む音は魔物に感知されやすい。人間が来たと知らせる鳴子のようなものなのだ。
「――敵だっ!」
背後からばしゃばしゃと水を蹴立てる音が複数。ランドが後ろを振り返って叫んだ。奇声を上げて駆け寄ってくるのは、赤い髪をふり乱した人型の魔物バーサーカーだ。4匹のバーサーカーは手斧を振りかざして襲いかかってきた。
「囲まれた?!」
ロランも背後に重い羽音を聞いて振り返り、舌打ちしていた。手に剣を持った鳥人ガーゴイルが2匹、高い天井から降下してくる。
「マホトーン!」
濁った声が響き、ロランはとっさにランドを見た。違う違う、とランドは激しく首を振る。「あいつだ!」と天井を見た。2匹のガーゴイルはまたマホトーンをかけてきた。
「うっ……?!」
鈍く赤い光がルナを包み、ルナははっとしたように口に手を当てる。呪文を封じられたのだ。
「逃げよう、ロラン!」
はやぶさの剣でバーサーカー2匹と切り結びながら、ランドが怒鳴る。ロランは斬りつけてきたガーゴイルの剣をロトの盾で受け止め、どうすべきか瞬時迷った。
「戦いましょう!」
いかずちの杖を振りかざし、残るバーサーカー2匹を電撃でひるませ、ルナが叫ぶ。
「今背中を見せたら危険だわ!」
「ああ、そうしよう!」
ランドが言ったこともわかる。遭遇する敵といちいち戦っていたら、頂上まで体力、魔力がもたないからだ。だが下手に逃げて回り込まれれば、反撃する間もなく殺されるだろう。
「う~、あんまり疲れたくないんだけどな……」
戦いが長引けば、回復魔法を使う回数が増え、かえって魔力を消耗してしまう。ランドは意を決してベギラマを唱えた。閃光がひらめき、めくるめく炎が魔物の群れへ走る。ロランに斬りつけられて弱っていたガーゴイル1匹とバーサーカーが炎に包まれ、絶叫して消え去った。すかさず、ロランは残る魔物へ斬りかかる。ルナもいかずちの杖で応戦し、魔物の群れを倒した。
「終わったか……」
ロランは大きく息をすると、剣を一振りして背の鞘に納めようとした。と、闇の向こうから複数の足音がこちらへ向かってくる。新手のバーサーカーだ。今度は5匹もいる。
「ほらぁ、きりがないよ!」
ランドがうんざりした声を上げる。仕方ない、とロランは剣を鞘に納め、二人に言った。
「走るぞ!」
ロラン達は進行方向へ駆け出した。狂戦士達が獲物を逃がすまいと仲間を呼び集めながら迫ってくる。
いくつも角を曲がりながら敵を撒こうとしたが、魔物の足は諦めることを知らない。
立ち止まって応戦すべきか。背に押し迫る殺気にロランが歯噛みした時、前方に登り階段が見えた。何も考えず、3人はひたすら駆け上がる。
「――二人とも、無事か……?」
階段を上りきり、さすがに息を切らせてロランが訊くと、なんとか、とランドとルナも息絶え絶えに答えた。
「あいつら、もう諦めたかしら?」
淡くにじんだ額の汗を白い手の甲で拭いながら、ルナが言った。
「さあ……。あ、すぐそこに上り階段があるよ。とりあえず行ってみない?」
ランドが目の前に続く石段を指さした。この部屋はとても狭く、次の階までの踊り場のようだった。
「そうだな。行ってみよう」
ロランが先頭に立ち、石段をのぼった。上に近づくにつれ、どよもすような低い声が聞こえてくる。
いったん足を止め、ロランは背後の二人を振り返った。緊張の面持ちで、ランドとルナもうなずき返す。ロランはロトの剣を抜くと、用心して上を目指した。