Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・149

 声は、猪がうなる声に似ていた。がちゃがちゃと杯が鳴り合う音もする。強い獣臭に鼻を突く悪臭に酒精が漂い、肉を焦がした臭気も混ざり合って、胃がひっくり返そうになる。ロラン達はとっさに口と鼻を片手で覆っていた。死臭とはまた違ってひどい臭いだ。
「……オークの群れだ!」
 階段を上りきる直前、5階に顔を出したロランは、大広間の光景を見てすぐに頭をひっこめた。あらためて、ランドとルナとともにそっと顔を出す。
 広間ではオーク達が大宴会を催していた。猪の顔にたくましい体躯を持つ毛むくじゃらの獣人は下位のオークだ。久しぶりのごちそうなのか、大勢が無骨な杯から妖しい酒を飲み干し、手にした何かの骨付き肉をむさぼっている。
 毛皮の色がまばゆい金色のゴールドオークは、下位よりも落ち着いて飲み食いしている。身分制度が厳格なのか、下位に交じり合うことはなく、広間の奥にいる巨大な碧色のオークにはべっていた。
 その碧色のオークを見て、ロラン達は息をのんだ。巌のような体躯はゴールドオークの3倍はあり、鈍く輝く長槍を脇士に持たせ、財宝をめったやたらに溶かして作ったぶかっこうな玉座で、悠々と大きな黄金の杯で酒を飲んでいた。
 獣人の王オークキングの背後には、各地から略奪した財宝が灯火を受けてぎらぎらと輝いていた。
 目がいいロラン達は、積み上げた金貨の山に無造作に埋もれる青い筺(はこ)を見つけていた。筺の中心に輝くのは、ロト王家の紋章の浮き彫りだ。
「あれは……ロトの鎧の筺だわ!」
 ルナが叫んでいた。
「おい、ルナ!」
「返しなさい! それは私達ロト王家のものよ!」
 ムーンブルク城がハーゴンの魔物に襲撃を受けて以来、行方知れずとなっていたロトの鎧を見つけ、ルナは頭に血が上っていた。ロランの制止を聞かず、広間に躍り出る。
「人間だあ!?」
「殺せっ! 宴会のごちそうだ!」
 思わぬ珍客にオークどもはいきり立った。血の気の多い彼らは、生きた人間を引き裂く残酷な喜びに燃え、我先にルナ達へ殺到しかける。
「静まれい!」
 怒号が広間を揺るがした。オークの群れは、身構えたロラン達を目前にぴたりと止まった。群れがさっと分かれ、オークキングの前に道を作る。
 先の一言で、野蛮なオーク達がここまで行動するとは。ロランはオークキングの統率力に舌を巻いていた。ただ腕力で群れを従えているわけではないらしい。
 武器を抜いたまま、ロラン達は正面へ進んだ。オークキングは玉座に肘を突き、不敵に猪面を笑ませる。下唇から牙がぬらりとのぞいた。
「ようこそ、ロトの子孫。そこにおわすはムーンブルクの犬姫ではないか。人間に戻られて何より。しかし、犬の姿の方がより美しかったのではないかな?」
 あからさまな侮辱に、ルナは蒼白になった。代わりに深紅の瞳が燃え上がる。
「略奪と殺戮をほしいままにする獣の王。あなたの座っている玉座はさぞ自慢の品でしょうけれど、その黄金は、もとは人間が作ったものよ。何一つ自分で作り出せないくせに、いい気にならないでほしいわね」
「それはおぬしらとて同じだろう。おぬしらの身に着けている武具はおぬしらがこしらえた物ではない。王家を名乗っていても、それはおぬしらが築き上げた地位ではない。親がたまたまそういう身分だった、それだけのこと。勇者の血筋とて同じよ。おぬしらは借り物、名だけの勇者だ」
「減らず口はそこまでにしろ!」
 顔に似合わず言葉を弄するオークキングに、ロランは怒鳴った。
「そんな言葉で僕らの心は揺るがない。そして、この身分、血を証立てるために戦っているのでもない」
「ほう――では何のために戦う?」
「――人々のために。悲しみのない世界を取り戻すために」
 ロランが言葉を切ったとき、沈黙が場を支配した。次の瞬間、オーク全員の爆笑が渦を巻く。
「はーはっはっは! 聞いたか、者ども! 人々のためだとよ! 悲しみのない世界だとよ! ありえぬわ、そのような理想郷など実現したことはない! いつまでたっても進歩しない、愚かな人間共を救わんとするローレシアの王子、なんと頭の悪いお方であることか!」
 哄笑するオークキングの前に、突然閃光と炎が翻った。王を守って立ちはだかったオークの近衛兵が炎に巻かれ、悲鳴を上げて絶命する。
「――少し、黙ってくれないかなぁ……」
 どよめきを、静かな声が鞭のように打った。予告も詠唱もなくベギラマを放ったランドは、この場にふさわしくないくらい穏やかに微笑んでいる。
 ただし、目を除いて。
「ロランとルナを笑うことは、ぼくが許さないよ」
「ほざけ。所詮はおぬしらも、そうやって殺戮にものを言わせるではないか。――だが、そうこなくてはなぁ」
 オークキングは略奪の玉座から立ち上がった。天井に迫るような巨体が3人を見おろす。無言で右手を差し出すと、脇士のゴールドオークが長槍を差し出した。むんずとつかみ、軽々と頭の上で旋回してみせる。
「来い、小僧ども! 貴様らの死体をハーゴン様への捧げものにしてくれる!」
「――っ!」
 ロランは青い眼に冷徹な光を溜め、無言でオークキングへ跳びかかった。大上段からロトの剣を振り下ろす。オークキングは長槍を横にして剣を受けとめ、肘の力で押し返した。
 空中に弾かれたロランは体をひねって体勢を立て直し、床に降り立ってすぐに碧色の巨体へ斬りかかった。
「ロラン!」
 加勢しようと、はやぶさの剣を携えたランドがロランの後を追うと、2匹のゴールドオークが槍を構えて立ちはだかった。
「邪魔だよ!」
 ランドがはやぶさの剣で素早く斬りつけるも、ゴールドオークの黄金の毛皮は硬く、刃は表面をかすめただけだった。
「バギッ!」
 ルナがランドの後方で呪文を唱える。しかし、真空の刃はゴールドオークの周囲であえなく消えた。
「効かない?!」
 ルナは愕然とした。呪文を無効化する邪悪な守りの力が魔物に働いているのだ。
 ゴールドオークは槍をしごくと、ランドとルナめがけて素早い衝きを放ってきた。
「くうっ!」
 豪腕から繰り出される槍の穂先は、とてもランドの腕力では盾で防ぎきれない。身かわしの服の魔力でかろうじてかわしながら、ランドはルナに攻撃が当たらないよう、必死でオトリになる。
「どうしよう、バギは効かないし、きっといかずちの杖だって……」
 ルナはいかずちの杖を顔の正面に構え、迷った。懸命に逃げ回るランドと、目が一瞬だけ合う。
 まなざしは、やってくれ、と言っているように見えた。ルナは決意した。




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