Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・150

 オークキングの槍がロランの右肩をかすった。真空波が生じ、ロランの頬を切り裂く。辛うじて顔を逸らし、浅い傷で済んだ。もし逸らすのが遅れていたら、顎の骨まで切り裂かれていただろう。
「はあっ!」
 相手の攻撃が終わった直後を見計らい、ロランは跳躍してロトの剣を振り下ろした。巨体相手のため、急所に斬りつけるには跳び上がるしかないのだ。
 ロトの剣はオークキングの左肩から胸にかけて切り裂いたが、分厚い皮膚のせいで浅い裂傷を負わせただけだった。
(僕の力が足りないのか、それとも――)
 着地し、ロランは右手のロトの剣を歯がゆげに見た。いくら魔物を斬っても刃こぼれしない滑らかな刀身は、黙ってロランを見上げるばかりだ。
 かつて伝説の魔王を滅ぼした名剣は、やはり本来の力を大きく失っている。
(ここまで来て……もう、頼れないのか、お前に)
 だが、せめてこの戦いだけでも。ロランは剣に胸で語りかけながら柄を握り直した。その背が、ふいに強烈な力で押された。
「――っ!?」
 地面に前のめりに倒れこみ、遅れて爆音がやってきた。オーク達の断末魔が爆音に飲まれ、熱風と激しい揺れが広間を襲う。
「イオナズンか……!?」
 ほどなくして広間は静まり返り、ロランは肘で起き上がって振り向いた。広間の中央に、いかずちの杖を前方に構えたルナが立っており、その後ろに、ランドが力の盾を構えて防御している。
「……おい、やるならそうと、こっちにも教えてくれよ」
 立ち上がったロランが眉根を寄せて抗議すると、ルナは少し肩をすくめた。
「ごめんなさい。でも、早い方がいいと思ったから」
「でもまあ、これですっきりしたよね」
 魔物が消えて残したゴールドが床中に光を放っている。ランドは広間を見回して、薄く微笑した。ここで馬鹿騒ぎをしていた魔物達が、どこかで非道の限りを尽くしたものたちであり、なおかつ、ロランとルナを侮辱したものであるから、ランドの同情は限りなく希薄だ。
「これで……お前一人だ。まだ、やるか?」
 イオナズンの爆発の範囲から免れていたオークキングをにらみ、ロランは言った。オークキングはにやりと笑った。
「同朋を殺した罪は重いぞ。クズ同然の奴らだったが、王として仇は取らねばな」
「――ならば」
 ロランは血の流れる頬を左手の甲でぐいと拭い、ロトの剣をオークキングへ向けた。

 小山のごとき巨体が床を揺るがし、ロラン達は黙って獣の王が猪の口から血を吐くのを見た。
 さすがに別格とあって、体力はすさまじく、槍の攻撃も油断ならなかった。浅い傷はベホイミを唱えて、自分で癒してしまう。
 ロラン一人なら長期戦になっただろうが、ランドがマホトーンで向こうの呪文を封じ、ルナがルカナンをかけて分厚い毛皮を弱くした。そしてついに、何合めかの攻撃で、ロランの剣がオークキングの心臓を貫いたのだった。
「……ははは、負けたか……。これで、ここにある財宝はおぬしらのものか。はは……うらやましいことだのう」
 ごぼり、ごぼりと赤黒い血を吐き出しながら、オークキングは焦点の定まらぬ目でロラン達を見上げた。
「そこにあるロトの鎧も、好きにするがいい……。だが、そいつは呪われているぞ」
「――何?」
 ロラン達が眉をひそめると、あえぎながらオークキングは笑った。
「そう、ロトの鎧は呪われているんだ。持ち主に災厄と死をもたらす。勇者ロトは父親を失い……アレフガルドの華と呼ばれたリムルダールの町は、鎧欲しさの竜王群に滅ぼされ……、そして、鎧を受け継いだムーンブルクは、われわれハーゴン軍に……。鎧を持っていたこの俺もまた、このざま、よ……」
 オークキングはロランを見て、嫌らしく笑った。
「……ロトの鎧は、お前が着るんだろう? ならば、お前の一番大切な人間が、近いうちに死ぬぞ……は、はは……いい気味……」
 オークキングの瞳が白く変わった。こときれ、巨体がざあっと音を立てて黒い霧になり、大量のゴールドを残して消える。
「……ロトの鎧の、呪いだって……?」
 呆然と、ロランはつぶやいた。ルナは財宝に埋もれた鎧の筺を見て、唇を噛む。
「……確かに、ロトの鎧にはいい話がないわ。あの魔物が言ったことも事実だし……」
「だからって、ここに捨てておくのかい?」
 ランドが驚いて言った。
「そんなのもったいないよ! それに、ロトの鎧はこの世に二つとない品なんだ。きっとすごい守りの力を秘めてる。これからの戦いに必要だよ」
「そうだけど、でも……」
 魔物の脅しに耳を傾けるつもりはないが、妙に引っかかった。
 ――所持者に不幸をもたらす勇者の鎧。お前の一番大切な人間、とは……。
「大丈夫だよ。始祖ロトも、初代ローレシア王も、これを着て戦ったんだ。ご先祖様が命を預けた鎧が、君に不幸をもたらすもんか。さっきの話だって、偶然が重なっただけだよ」
 ランドが筺に近づいて財宝の山から持ち上げようとした。が、中腰のままびくともしない。
「うぅ、お、おんもい~……」
 顔を真っ赤にしてランドが踏ん張る。かろうじて筺が持ち上がったが、すぐに下ろしてしまった。衝撃で金貨や宝石が飛び散る。
「だめだ、筺も中身も重くて、ぼくには持てない……」
「――貸してみろ」
 ロランが代わりに持ち上げると、軽々と筺は手に収まった。
「あらすごい。ロランくらいの力がないとだめなのね、やっぱり」
「やっぱりって何さ……」
 非力なランドが軽く唇をとがらせる。ロランは筺を開けようとして、蓋が動かないことに気づいた。
「だめだ、蓋が開かない。張り付いているみたいだ」
「あ、それってね」
 ルナが身をかがめ、筺の蓋中央にある丸いくぼみを指さした。
「ここにあなたの持ってるロトの印をはめ込むのよ。それが鍵になってるの」
「そうだったのか?」
 ロトの印を受け継いだロランも知らされていなかった。ムーンブルク王家のみ伝授されていたらしい。
「この鎧を開封するのに、ローレシア王家の持ち物と合わせなければならないなんて……。初代は、よほど厳重に管理したかったのか、あるいは……」
 不吉を恐れて、自身から遠ざけたのか。
 悪い考えがよぎった。ロトの勇者たるものが、そんな保身のために身内を犠牲にするだろうか。
 しかし、時を経てムーンブルク城は災禍に落ちた。これは偶然で済むのだろうか。
 それを察したランドが口を挟む。
「きっと、安易に子孫が使えないようにしたのかもね。だって、身内に伝説の勇者がいてさ、ものすごい力を秘めている武具が傍にあったら、誰だって身に着けてみたくなる。それが武具の力だと思わず、俺は強いんだー!って、思い上がっちゃうだろ?」
「ああ、そうか……。確かにな」
 どこかほっとして、ロランは微笑んだ。そうだ、初代が不吉な目に遭ったとは話に聞いていない。ローラ姫と結ばれ、3人の子を授かり、世界の半分を治める王にまでなったのだ。
 その彼が、大切な娘に鎧を託した意味に、さほど重い考えはなかっただろう。ランドの言うとおり、直系の子孫が安易にロトの武具を用いないように分散させたと思えば、納得できる。
「ロラン、開けてみて」
 ルナがうながした。ロランは鞄からロトの印を取り出すと、くぼみにはめた。かちりと音がして、蓋が仕掛けにより自動で開く。
「おおー……」
 筺をのぞき込んだランドが感嘆をもらす。ロランも青く輝く鎧に息をのむ。小さいころルナの父王とともに、ムーンブルク城の宝物庫で見たのと変わらない、傷一つない姿だった。




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