Nicotto Town



アスパシオンの弟子 84 分霊(前編)

 目を開けなさい

 私のいとしい子

 白き花咲く野辺であなたは見るの

 うつくしいものが飛ぶのを

 

 風はおどり

 大地はふるえ

 水はさざめき

 そして炎は野辺を焼くでしょう


 でもあなたは輝き

 燃えずに輝き

 うつくしいものは囁くでしょう


 わが主


 そしてうつくしいものは飛ぶのです 

 あなたを背にのせて飛ぶのです

 あの、うつくしい竜は

 

「うっふ。アイダさん、僕まだ眠くないですよ」

「いいから眠りなさい」

 わ。アイダさんの指ってほんと白くて長いなぁ。

「その歌好きですね。毎晩歌ってくれますけど」

 もふもふのウサギな俺をだっこして、ふかふかの寝台にねそべるアイダさん。ほんと、きれいな人だ。

 俺のぷっくりお腹を優しく叩きながら、また歌いだす。まるで赤ん坊をあやして寝つかせるようなそぶりで。

 その声に魔力はないけれど、透き通った声音はとても綺麗で天使か伝説の歌姫のごとし。すごく安心しちゃって眠気にさそわれる。

「メニスに伝わる子守唄なのですよ。幼い頃よく母様に歌ってもらいました」

 でもアイダさん。俺はあんたの子供じゃないんだけど……。毎晩俺をウサギにして抱っこしながら眠るのって、俺を子供代わりにしてるのかなぁ。時々そう思う。

「竜を目覚めさせる歌ですよ」

「はい?」

「太古の昔、メニスは竜使いでした。この星の恐竜たちを改良して使役したのです。すなわち、メニスが発明した韻律波動によって意のままに操ったのですよ。この歌はその最たるものにして、一番古い韻律です」  

 ふええ。アイダさんくすぐったいよ。耳の裏かかないで。

「韻律は、音波振動によりさまざまな効果を具現させることができます。魔法の気配と呼ばれる特殊な場が、振動を伝達する際に劇的な反応を起こすのです」

 うん。よく知ってるよ。岩窟の寺院で学んだもん。

「灰色の技には限界がありますが、魔力を源とする韻律に不可能はありません」

 そうかなぁ。トテカンやる灰色の技の方がなんでも造れそうな気がするよ? ほら、時の泉とかすごいじゃん。

「でも時間流は灰色の技自体が生み出すものではありません。泉はただ時間を『せき止める』だけです。すでに在るものを変容させるのは至難です。専用の変換装置(コンバータ)をいちいち造らないといけませんでしょう?」

 ひゃ。アイダさん、耳に息かかったよ! ぞくぞくしたよもう。

「しかし韻律はそんな手間は要りません。魔力を降ろした場に伝導する音波振動は、原子融合・剥離を促します。そこに材料となる原子がそろっていれば、なんでも生み出せます」

 うん。原子融合。韻律とは……ざっくばらんにいえば、音波振動で原子を切ったり繋げたりすることだ。たとえば水をアルコールに変えるには、水素原子がふたつと酸素原子がひとつの構造体に、さらに水素原子を四個、炭素原子を二個繋げる。正しい音程から発せられる特殊な周波が、水と空気にある原子を切り離し、新しい物質に編み上げる。

 でもさ。正しい周波数じゃないと狙った結果がでなくて、変な原子結合を起こしたりするしさ。だれもができることじゃないよ。魔力が必要不可欠だ。すなわち、三次元の物質世界に干渉を及ぼす「別次元の場」をまず顕現させないといけない。

「別次元の場」とは、死した魂が存在するあの世界のこと。三次元のこの世界とは表裏一体にして、普段は目に見えない世界。それを視覚化して、二つの世界の境界をできるだけ取り払うと、裏次元から三次元の物理法則に干渉することができる。これが、韻律のしくみだ。

「韻律は世界を創造する御技です」

 うん。だけど灰色の技は、だれもが使えるんだよ。そっちの方がすごくない? ねえ、そんなうらやましそうな顔しないでよ。なんでも造ろうよ。アイダさんと俺で、なんでもさ。

「だれもかれもが使えるから、アイテリオンは灰色の技に危険を感じたのですよ。魔力がない者でも空を飛べ、魔物を倒せる……神のごときあの人が創った世界が、自身では何の力もない者に壊される。これほどの屈辱があるでしょうか」

 ひゃぁ。アイダさん、きついよ。そんなにぎゅうって抱きしめないでー。

「そうですね……造りましょう。私を棄てたことを、あの人に後悔させたいですから。でも……」

 あ。アイダさん……。

「でも今度生まれてくる時は……私はすごい魔力をもってる子として生まれてきたいです……」

 アイダさん……。

「そしてあの人を鼻で笑ってやるんです。なんだ、こんなちんけな魔力しか持ってないのか、って」

 な……泣かないで……ほ、ほらチョコあげるから。好きだよね? チョコ。

「……ありがとうピピちゃん」




「ペピ」

 あ。呼ばれた……。

「ペピ。私のペピ」

 アイダさん……じゃないや……

 起きます。今起きます、アイテリオン様。

 俺はあなたの善き魔人です。

 目を開ければ紫の双眸。銀の髪の美しい人が微笑を浮かべてのぞきこんでいる。むっくり上半身を起こして周囲を確認。だだ広い、何もない石の床の広間。ずらりと並ぶ円柱から、黄昏の陽光がさしこんでいる。

「ペピちゃん!」

 おぶ。となりの棺からカルエリカさんが文字通り飛び出してきて、俺に抱きついてきた。

「ペピちゃん、無事だったのね。よかった!」

 ああ、なんてやわらかい弾力。女性であることを意識しているエリカさんの肢体はほとんど女性化している。胸はすてきにぼんっと……はうう。鼻血出そう。

 交渉場所の湖には、小島がひとつ浮かんでいる。そこは大昔から「だれのものでもない場所」とされている。永世中立国のファイカ同様、大陸諸国の交渉や条約締結の場としてたびたび使われてきた所だ。

 島には神殿のごとき合掌造りの屋根の白亜の建物がひとつ。列柱が並ぶ方形の建物には、大広間しかない。各国の使節はその周りに天幕を張る。兄弟子様たちもきっとそうしているだろう。ウサギを詰め込んだポチは無事に水橋を渡って島に上陸しているはずだ。

「アリスルーセルを先方に引き渡しました。あの子をわが魔人とすることができぬのはとても残念ですが、あなたがたを取り戻せましたから、よしといたしましょう」

 アミーケを魔人にするとは……たしかに一番ひどい制裁だ。アイテリオンはにっこり上機嫌。魔人を三人取り戻した上に、ヴィオがウサギ軍団を連れて加勢しにきたと思い込んでいるからだろう。

「ですが……」

 ん? アイテリオンが困ったようなため息をついた? も、もしかして俺の心臓がオリハルコン製だってもうばれたとか?  

「ひとり、困ったものがついてきてしまいました」 

――「そんなこと仰いましても。僕は魔人ですので」

 !!!!?????!!!!!????

「あなたは違うでしょう?」

 ちょ……

「いいえ、僕は魔人です。魔人は、メニスの王に統制されねばならぬとききました。ですので僕はあなたのおそばにつきます、アイテリオン様」

 ちょっと待てええええええ!!!!!! 

 あんぐり口を開ける俺の視界を、あざやかなピンク色の物体が占める。

 超迷惑そうなアイテリオンの白い衣の袖をぎっちり握ってるのは……

 ウサギ頭の変態オヤジ。

 そいつは、抑揚のないとても冷たい声を発した。

「この魔人ペペ。誠心誠意、あなたさまにお仕えいたします。わが君」

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2016/02/13 05:01
正体がばれましたかな?




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