アスパシオンの弟子 84 分霊(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/02/12 16:57:03
一本完全に崩れた円柱のそばで伸びる三人の魔人。その中のひとりである俺は、呆然とメニスの王に対峙するウサギ頭の我が師を見つめた。その右手はいまや光を収束させてまばゆく輝いている。
こおっ、こおっとなんとも不可思議な響きがそこから聞こえる。精霊の息吹だ。アイテリオンがほう、と声をあげている。
「これは、光の精霊ですか?」
「はい。あの世の次元から召還し、すでにわが眷属に加えております」
「すばらしいですね」
「闇の精霊も使えますよ。全精霊を制覇しております」
「それは大したものです」
精霊とは神級の御霊のことで、あちらの次元で常に燃えていたり光っていたりする。火山や気流、河川といったものの精神体だ。精霊召還術はその御霊の「ほんの指先」を三次元の物質世界に具現化する。
一度契約してしまえば短い数行の短詩でいともかんたんに呼び出せるけど、全属性と契約してるやつなんてそうそういない。せいぜい一種か二種といったところだろう。
しかしアイテリオンは驚かなかった。奴も数種以上の精霊と契約しているにちがいなく、まだまだそんなものは驚嘆するに値せず、と感じているようだ。
たしかに……たしかに、いま我が師が放ってきた精霊は、どちらかといえば格がそんなに高くない。みんな中級ぐらいだ。ひとつの山とか、一本の川とか。そんなものの精神体だろう。太陽や月といった星一個分の威力と存在をもつ超級の大精霊ではない。大精霊の全属性制覇だったら、さすがのアイテリオンも目玉を丸くするかもしれないが……。
「もし魔人にしていただけるのなら。僕の力はみな、あなたのものです」
「そんなに決心が固いのなら、魔人にしてやってもよろしいですが。しかしそうなると、あなたはこの先永遠に死ねなくなります。輪廻にのることはかなわず、その姿でとこしえにメニスのために仕えることになるのですよ。それでもよろしいのですか?」
懇切丁寧に事前説明を垂れるアイテリオン。しかしピンクウサギの決意は変わらないようだ。
「僕はこの今生で輪廻できなくなりたいのです。なぜなら僕は、カラウカス様より魔力をいただいているからです」
え……?
「ですが転生してしまうと、この魔力は離れていってしまいます」
「おや? とういうことは、あなたは……」
アイテリオンは眉をひそめ。そして小首を傾げた。
「黒き衣のカラウカスのお弟子さん、ですか?」
「いいえ。アスパシオンのぺぺです」
我が師の答えにメニスの王はくすくすと苦笑した。
「岩窟の寺院のカラウカスは、かつて私と契約いたしました。私があの方に魂分離の秘法を教える代わりに、私はあの方から大精霊を一体、譲り受けたのです。あれはとてもよい取引でした。カラウカスは魔力がかんばしくない弟子に、おのが魂を植え付けて魔力を移植すると申しておりましたよ。そして私は……これを得たのです」
アイテリオンがブツブツと短詩を唱える。すると――
とたんに白い衣の導師の背後に、燦然と輝くまばゆいものが現れた。
その瞬間、俺たちは目がくらみ。息ができなくなり……恐ろしい熱を放つ光に包まれた。
『日輪のイスタール。すなわち、この星を照らす太陽の精神体ですね』
アイテリオンが誇らしげにのたまう声がびんびんと響いてくる。
カラウカス様が、なんだって? 何を取引したって?
ウサギのぺぺはあの方の魂から造られたってのは聞いたけど。分けられた魂はひとつじゃなかったってこと? 分けられた魂のひとつは俺になり。そしてもうひとつは――
我が師に植え付けられた?!
魔力がかんばしくない。
ああ……たしかに。
アイダさんもレティシアも魔力はほとんどなかった。魔力値は魂の質によって決定されるものだから、生まれ変わってもそうそう変わるもんじゃない。俺が会った十歳の時のハヤトは、目が当てられないほど魔力無しではないと思ったし、まさか魔力すさまじい我が師が俺の奥さんの生まれ変わりとか、そんなはずないって確信してたけど……けど……。
まさか。まさか……!
「すごいです! ああやはりあなたこそ、僕の主人にふさわしいです。どうかぜひ、変若玉を僕にください」
「ほう、すばらしい。日輪のイスタールをすぐ目の前にして、言葉を発することができるとは」
「これぐらい、わけもないことです」
「カラウカスの魔力はすばらしいですね。あなたは、カラウカスのハヤトでしょう? すなわち、導師アスパシオン……」
アイテリオンが目を細める。どうやら、我が師が兄弟子様を裏切って味方につこうとしている、と解釈したらしい
「わかりました。それほどの覚悟がおありなら。メニスの里に行く前に、あなたを私の魔人にしてさしあげましょう」
ひっ!
や……やめろ! やめてくれアイテリオン!
我が師が披露した精霊のレベルをかんがみて、もし反抗されても楽に御せる、と感じたのか? 自称「大陸一の魔力」とは、こんなものかと。
たしかにこの輝く大精霊とさっき我が師が放った精霊とでは、月とすっぽんだけど……けど……!
おいピンクウサギ! おまえも思いとどまってくれ!
魔人になって勝算があるっていうのか? もしそうだとしても、我が師が一生このままとか冗談じゃない。
も、も、もし万が一、レティシアの生まれ変わりでビンゴだったら……だったら……!
いっ……嫌だぁあああああっ!!!!
だから禁断ラブラブ・びーえる生活は絶対嫌だって!!
あのきれいなアイダさんが……
俺のかわいい奥さんが……
なんでこんなきもいウサギ頭の……ウサギ頭の……!!
うあああああああああああああ!!
まじで勘弁してくれええええっ!
「我が陣営についてくださるとは、とても嬉しいですよ。アスパシオン」
「アスパシオン? いいえ、それは師の名前です。僕はアスパシオンのぺぺです」
「どちらでもよろしいです。以前がどうであったにせよ、あなたは『私のもの』になるのですから」
「今すぐここでおねがいします。早くあなたのものになりたいです」
なっ?!
あ、あなたのものになりたい?! ふっ……ふざけるな。
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!!
アイダさんは。俺の奥さんは。その魂は。み、みみみみみ未来永劫っ……
お、お、お、お……
「では……ここで変若玉を出してあげましょう。すぐに呑み込むのですよ」
「はい」
お……
――「俺のものだああああああああっ!!」
次の瞬間、俺は……
叫んでいた。
まばゆい光の中でお腹を抱えるアイテリオンに向かって。ピンクのウサギ頭の我が師に向かって。
いまだ顕現し続けている大精霊の日輪の光が、肌を焼く。召還された大精霊の力によって、手足がぶすぶす焦げていく。けれども俺はひるまず、二人の間に割って入った。
「俺のものにっ!! 手をだすなぁああああああっ!!!」
気づけば。
俺はウサギ頭の我が師を後ろに突き飛ばし、変若玉を出そうとうずくまるアイテリオンに両手を突き出していた。
左右の手にひとつずつ、渾身の想いで作り出したあの義眼を持って。
「消えろおおおおっ!!! アイテリオン!!!!」
ご高覧ありがとうございます><
案の定でしゃばってきたお師匠さまー。
いきなりげしっとアイテリオンをイチコロでやってしまいそうだったので
たのむ師匠、ペペの努力を見せてあげてーとなんとか暴走を抑えました。
ほんとにアイダさんなのかどうかはもう確定ぽいですが、
ぺぺの苦労? は永遠に続きそうです^^;
ご高覧ありがとうございます><
ソートくん、カラウカス、ヒアキントス師弟、
それぞれアイテリオンと契約をかわしましたが、
カラウカスの契約はぺぺの誕生にかかわるもの。
ここでやっと明かせてほっとしています。
着地点と道筋は当初から思い描いていましたが、
途中経過の詳細は毎週考えながら書いています^^
師匠や兄弟子さまが暴走しかけるのを毎回「こらこら」と
たしなめています^^;
あと数話でうまく物語をしめられるとよいなぁと思います。
がんばりますね^^
ご高覧ありがとうございます><
うまいことアイテリオンを封じ込められるとよかったのですが……
やはりすんなりとはいかず苦労してしまうようです^^;
魔人となって輪廻を見続けてきたペペさん。
生まれ変わってもなお、ペペさんに寄り添う
強い意志を持った魂・・
お師匠様の行動とペペさんの計画が同時進行になって
守りたいものと消してしまいたいものが急接近^^;
精神力と感情の針が振り切ったペペさんが義眼を発動!
その結果やいかに・・・
続きがとても楽しみです。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
81話から84話まで一気に通読しました。
最初に感動したのは、実に緻密に構築された作品だと言うことです。
まるで最終章が最初にあって、それに向かって各話が進んでいるようにさえ思えました。
さて、分霊・・・これは想像もつきませんでした。
なるほど・・・、だから・・・、そうか・・・、と物語の始めに戻っていきました。
この物語も読者の心の中で輪廻転生を繰り返していくのでしょうか。
まるでメビウスの輪のように・・・。
本当に楽しく拝読いたしました。
次作もお待ちしてよろしいのでしょうか。
m(_ _)m
お題:バレンタインの思い出
アイダさん:「え?チョコくれるのピピちゃん。ありがとう……♪ でも私……ほんとは。ほんとにほしいのはね……ふふふっ」
(以下、前のお話の七零一四につづく。)