アスパシオンの弟子85 歌の始まり(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/02/20 16:29:26
この世には、魂を吸い込む石、というものがある。
はるかな昔、神獣戦争の時代。山岳地帯にその鉱脈を有したガノン王国は、石の力で天下統一を成しかけた。一説によれば、六翼の女王ルーセルフラウレンが馬鹿みたいに強くなかったら、かの国が覇権をとっていた――かもしれないそうだ。その石があるところは「帰らずの洞窟」と呼ばれ、永らく悪鬼か悪魔が住んでいると信じられていたという。
効能的に非常に危険なものであるゆえに、大陸諸国は神獣を抱える一方でその石の力を欲しがり、大陸中をくまなく探しまわった。
だが。おそらく、隕石か小惑星かが落ちてきて地中深くに埋まった物だったのだろう。新たな鉱脈が見つかることは無かった。
統一王国が建国されるや、大陸にただ一箇所しかない「帰らずの洞窟」は統一王の管理下に置かれ、じきに天に上げられた。
すなわち鉱山がある一帯が丸ごとそっくり削られ、天に浮かぶ島ヘイデンのひとつとされ、灰色の技能導師が勤める兵器工房と化したのだ。
これが三番島、トリヘイデンの成り立ちである。
つまりトリヘイデンの地下には、吸魂石の鉱脈がそっくりそのまま内包されている。義眼用にいくばくかの石が掘り出されて工房内に常時ストックされているが、魂を抜かれる恐ろしい代物ゆえ、取り扱い注意物として厳重に封印されている。封印を開けられるのは、灰色の衣を与えられた技能導師のみ。
義眼を作った時。アイダさんはおそらく、真空に出て行けるような完全防護服を着込み、擬似結界装置を作動させて我が身を守りながら、ゆっくり慎重に封印を開封して作業したことだろう。
しかし俺には、そんな注意も配慮も全くいらなかった。無造作にぱっかり箱の蓋を開け、じかに石を手づかみにして、ささっと膜状に切りだして研磨。魔力移植法を使って、アイテリオンへの怒りと憎しみをたっぷり含んだ俺の魔力をありったけ注入してグレードアップ。限界値なしなので、出力抑制膜をつける作業はなしで手間いらず……と、吸魂膜製造をさくさく進めた。
そう。なぜなら、俺は魂が決して抜けない魔人だからだ。
むしろ一番大変だったのは……。
「消えろおおおおおっ!!! アイテリオン!!!!」
「む?!」
『凍結せよ! ゆくもの! もどるもの! 絡み合いてとどまれ!』
義眼の力の解放コードを叫んだとたん、ぴた、と目の前の白い衣のメニスの体が止まった。
義眼から噴き出しているのは、虹色の光。時間流停止機能だ。
破壊の目は発動させてから数秒ほどのタイムラグが発生する。その間、相手には隙を与えることになる。精霊召還中ならなおのこと、反撃される可能性は高かっただろう。だが、あらかじめ時間を止めておけばその心配はなくなる。
「へへ……く、苦労したんだ。時間流停止と破壊の目、両方の機能つけるの。相性最悪でさ」
かすかに眉根を寄せたまま、アイテリオンは微動だにしない。
よし!
目の前にできた停止空間に、思わずにやりとしてしまう。そう……一番大変だったのは、超弩級レベルの機能膜を二つとも搭載することだった。強力すぎるゆえに、間に他の機能膜をはさんでも干渉しあう。結局五枚以上は離さないといけなかった。
むろん、無機能膜で妥協することだけは絶対したくなかった。俺の本職は黒の導師見習いだが、れっきとした灰色の技能導師でもある。三級品で長年の宿敵を倒すなんて、そんなナメた真似はできない。俺が作ったものには、アイテリオンが滅ぼした灰色の技と、その技能導師たちの誇りが詰まっているのだから。
『灰色の技も検定試験もなくなりましたけど。ピピさんはもう、一級技能導師の腕をお持ちですよ。この義眼の水晶体の研磨……なんて素晴らしい』
『そうかなぁ。島に来た時は二級だったアイダさんこそ、今はもっとすごくなってるんだから、堂々と一級ですって胸張れると思うけど』
『いいえ。あなたは私よりはるかに努力して、三級から一級レベルになったのですよ。伸びしろが違います。だからピピさんこそ胸を張りなさい。そしてこれからも、見事なものを作ってくださいね』
かつて俺はアイダさんににっこり微笑されてそう言われたんだ。
さあ、アイテリオンが止まっているうちに今度は破壊の目を発動させるぞ。呪文コードで能力解放だ!
『まぶた開け破壊の門!』
「ぺっ……ぺピちゃん何やってるの!」「やめてくださいっ!」
異変に気づいたカルエリカさんとマルメドカくんがあわてて這い寄ってくる。
だがもう遅い。破壊の目の真っ赤な光線が、アイテリオンを包み込む。
静止してる相手を吸い込むだけだから、こんな楽勝なことは――。
「……あれっ?」
ちょっと……待て。
思わず、突き出した両手の義眼を見比べる俺。真っ赤な破壊の目の光線は――両方ともちゃんと出ている。アイテリオンは光に包まれて真っ赤だ。背中に背負っている大精霊もろとも固まっている。
でも。
「……えっ? 魂……出てこな……? え?! えええっ?!」
――「出てきませんねえ」
ズッ、と不気味なピンクのウサギ頭が俺の右肩に押し出てきた。
「ペピちゃん! それはなんなのっ。今すぐポイしなさいっ」
カルエリカさんがマルメドカくんと一緒に俺の左肩につかみかかってくる。
ひいいい! な、なんで!?
「なんで俺の渾身の、破壊の目光線が効かないんだっ!」
「そんなもの効くわけないでしょっ」
エリカさんがぱしりと俺の左手から赤い義眼をひったくる。
「わが君だって、魔人なんですからねっ!」
……えっ?!
な……な……なにそれ! 俺聞いてないっ! そんなの全然聞いてないよ! 驚きすぎて一瞬思考止まったぞ?!
アイテリオンも護衛長も、俺を魔人団に加えた時に、そういう一番大事なことはちゃんと説明しといてくれよおお!!
「じゃあ、魂吸い込めないってことですね。さすがメニスの王ですねえ」
あっ! こらピンクウサギ! 俺の右手から義眼ひったくるなっ。ダメだよのぞきこんだら。まだ光線が出てるんだから、触ったら――
「ん? なんですか? ……あ……」
ああああああああああああああ!!
ウサギが……ピンクのウサギが、破壊の目の光に包まれてあおむけに倒れた!
入った? もしかして目の中に魂入った?!
うあああああああああああああ!!
「ペピちゃん! だからポイしなさいっていったでしょ!」
ごつんと俺の脳天にエリカさんの拳骨が落ちる。
エリカさん、ほんと優しい。ほんとお母さんって感じだ。って、ほだされそうになってる場合じゃない。
お、落ち着け! 落ち着け俺! 深呼吸! 善後策!
と、とととりあえず!
ひっくり返ったピンクウサギから右の義眼を引ったくって、エリカさんとメドカくんに照射!
『来たれ電磁の海!』
この目に内臓されている攻撃機能は、時間停止と破壊の目だけじゃない。
二つの膜を互いに影響させないために、俺は標準装備に加えて二、三枚、新規の機能膜を創って貼り合わせた。放電波はそのひとつだ。
「きゃあ?!」「ペピさん勘弁してくださ――!」
ばちばちと金色の火花が迸り、二人の魔人の体が一瞬麻痺する。
その隙に俺はエリカさんから左目を取り返し、魔人たちに向かって時間流停止機能を照射した。
『凍結せよ!』

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- 優(まさる)
- 2016/02/20 20:56
- 凍結して固めるのが一番ですね。
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