Nicotto Town



アスパシオンの弟子85 歌の始まり(中編)

 よ……よし! 間一髪間に合った。
 俺は額の汗をぬぐって息を吐いた。感電して手足をぶるぶる震わせている格好で、カルエリカさんとマルメドカくんが固まっている。
 これで俺の邪魔をするものはいなくなった。我が師の暴走と予期せぬ事態にかく乱されたがどうにかなったぞ。  
 俺の計画では魔人二人と見張りに出るふりをして彼らを時間停止させ、動きを止めている間にアイテリオンを襲って魂を吸い込む――という予定だったのに。はた迷惑なピンクウサギのせいで、ついカッとなって勇み足的な行動をしてしまった。 
 また邪魔されそうだから、事がすっかり済んだら後でゆっくり、我が師の魂を取り出すのがいいよね。
 しかしまさか、アイテリオン自身も魔人だったなんて。魔人が魔人を統制していたとか、なんてこった……。小さな宝石じゃなくて人ひとりのサイズとなるとかなりでかくて不安だが、この状態で次の段階に進むしかない。時間停止機能が効いているうちに、急いでやり遂げなければ。
 大広間から屋外に走り出て、周囲を見渡す。日が沈み、空はほぼ暗くなっている。
 右手のはるか先に、細長いポチのフォルムと、白い天幕が見える。ポチの中には大量のウサギたちがいる。そしてポチの屋根の上では――

「おお! 集まってるなぁ」

 鳥たちが飛び回っている。スズメみたいな小鳥から鷹のような大きなものまでよりどりみどり。島周辺に住むカモメたちがやはり一番多いだろうか。
 俺の足元をちゅうちゅうと、ねずみの一家がポチの方へ走り抜けていく。見ればポチの周りにも、小動物たちが集まっているようだ。アナグマだのキツネだのウサギだの。この島に住んでいるものたちだろう。
 すでにポチの内部にある振動箱は歌い始めて久しく、ポチに乗せられているウサギたちがそれに共鳴してとある周波数を出しているのだ。その力につられて、周囲の動物たちが引きつけられている。
 俺が仕込んだ、特殊な周波数に反応する遺伝子をもつ動物たちだ。周波数を受信した動物たちは、自らも同じ周波数を発し始める……。

『うーん。これは数年では無理ですね』
『でもネズミやウサギはもりもり増えますよ、アイダさん』
『でも短命でしょう? もう少し長寿じゃないといけませんね。ネズミの寿命はせいぜい三、四年、ウサギは大切に飼えば十年以上生きますが、野生となると。爬虫類にも組み込んだらどうです?』
『そうします。それに長寿遺伝子を組み込んだら寿命が延びますよね。そうしたら、二、三世紀後にはきっと……』
『さて、大陸全域に広まるでしょうか』

 広まってるはずだよ。これから、その証明をしてみせるからね。見ててよアイダさん。
 我が師の魂が入った義眼を握りしめ、ポチのもとへ走る。走っている途中で変身術を使ってウサギに変じる。
 おや? 天幕の前で、鉄兜娘とそのヴィオが二人並んで頬杖をついてしゃがんでニコニコしあってるな。天幕の中からは、誰かの泣き声? ああ……フィリアの声だ。アミーケが救われたので、親子三人で涙の再会をしているところらしい。邪魔するのは野暮だよね。後でゆっくり俺の「主人」に挨拶するとして、急いで成すべきことを成そう。

「あ、ピピちゃんだ」
「よう、ヴィオ。ウサギ軍団を外に出してやろうぜ」
「ほえ?」
「いつまでも狭いコンテナの中にいれてたらかわいそうだろ?」

 ヴィオが目を輝かせてうなずく。

「うん、わかったぁ♪」

 ポチのコンテナの扉を開け放つ。ひょこひょこ飛び出していくウサギたち。みんなフミフミと鼻を動かし、耳をぴくぴくさせている。箱の周波数に反応しているのだ。しかし箱の振動に引き付けられているので、ほとんど散らばらない。

「ねえねえピピちゃん、もしかして、この島をウサギランドにするの?」
「そうだなぁ、それいいかもな。ハッピーモフモフランドより広いしな」
「うわあ。じゃあ、ヴィオが園長さんになっていい?」
「ん? いいぞ?」

 上機嫌のヴィオに話を合わせておく。ヴィオは無邪気にぴょんぴょん飛び跳ねてとても嬉しげだ。

「ヴィオが園長♪ 園長ぉ~♪」

 俺はウサギの姿のままで、からっぽになったコンテナから振動箱を抱えだした。島に入る前から作動させているから、もうだいぶ伝播しているはずだ。動物たちに中継されまくって、きっと大陸のすみずみまで……。
 ぴょこ、と長い耳を傾けて澄ますと、リンリンと箱が鳴っているのがわかる。
 箱が出しているのは、ポチたちを呼び寄せる01周波数ではない。俺が永い時間かけてああでもないこうでもないと発明して編み上げた、黒の技の「韻律」だ。
 俺はその調べに乗せて自分でも歌いながら、停止しているアイテリオンのもとへ戻った。

「ひと声聴けばそれとわかる
 その歌がそうだと魂が気づく
 心を焦がす深淵の炎
 魂をば焦がす聖なる炎
 燃え上がりしその歌こそ、
 萌えて芽ぶきし赤子の寝床
 とこしえの唱和は女神の腕かいな
 とわに揺れるは音の揺り籠
 泣いて起きしは新生の子
 産声上げし炎の子 」

 歌え、音の神。
 俺はもふもふの手で振動箱を撫でた。
 歌え。歌え。
 俺自身にも、この歌を中継するためのアンテナがついてる。カラウカス様が俺が作ったウサギを買って寺院に連れ帰ってくれたから。そのウサギから、前世の俺、ウサギのぺぺが生まれたんだ。だから、
 歌え、俺。
 俺はふみふみと自身の鼻と口を動かした。
 歌え。歌え。
 振動箱につられて、動物たちがついてくる。鳥たちも。小動物たちも。ウサギたちもみんな俺についてくる。その口で、ピーピーフミフミと歌いながら。みんな箱の音と同じ節を歌いながら。
 たぶん、大陸中に中継されているこの歌にあわせて、みんな歌っているだろう。長い長い時間をかけて広がっていった、俺が作った動物たちが。

「ひと声聴けばそれとわかる
 その歌がそうだと魂が気づく」

 かわいらしい歌声がきこえたので、俺は振り向いた。赤毛の鉄兜娘が歌いながら一緒についてくる。
 ああもう……ソートくんたら……。
 やっぱり、妖精たちに俺が作った遺伝子を仕込んでたな。俺は人間にこの遺伝子を組み込むことは躊躇したけど、ソートくんは躊躇するような奴じゃないもん。俺と違ってどんな生き物も差別しない奴だ。

『アイダ様を捨てたあいつを、殺してください』

 ソートくんは、師匠のアイダさんのことが大好きだったもんな。思いは、俺と一緒だ。 
 赤毛の妖精たちは大陸各地にいる。きっと動物たちと一緒に歌ってくれてるだろう。

「歌劇団でも歌ってるわよ、おじいちゃん」
「え? 今なんて? ウェシ・プトリ」
「あれ? 知らなかった? この曲、アフマル姉様が薔薇乙女歌劇団の公演で広めてるわよ。それに雑誌社ではね、売り出し展開中のゆるキャラ、にんじんぶしゃー☆のピピちゃんのテーマソングになってるし」

 ええ?! あの、にーんじーんぶしゃー☆の?! いつの間に?! って、ピピちゃんて妖精たちが作った?! ああああ、俺が妖精たちを子守したときの話を絵本にしたとかいってたけど、あれがゆるキャラピピちゃんの原型なのか!?
 って、テーマソングって。
 そりゃあ、この韻律自体はだいぶ昔からできてたよ。それもこっそり妖精の遺伝子の中に本能として組み込むとか、どこまで心憎いことやってくれるのよソートくん。

「ピピちゃんのテーマソングの歌詞はちょっと変えられてるけどね。こういうのよ」

 鉄兜の少女は歌いだした。活き活きとした明るい声で――。



 

 

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2016/02/20 20:59
本番はこれからですが、どうするのでしょうかね。




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