アスパシオンの弟子85 歌の始まり(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/02/20 16:33:30
『ひとかじりすればそれとわかる
その根がそうだと魂が気づく
心をば焦がす橙の炎
魂をば焦がす聖なる炎
燃え上がりしその根こそ、
萌えて芽吹きし力の苗床
とこしえの世話は豊かな肥し
とわにふりかかるは水の祝福
大きくおがりしは新種の根っこ
みごとに成りし、炎の根っこ 』
「ニンジン賛歌」っていうんだよねえ、とプトリはからからと笑った。今やあのゆるキャラピピちゃんの人気はエティア王国にとどまらず、大陸全土でグッズが飛ぶように売れるほどの人気で、ニンジン賛歌はものすごい流行歌になっているという……。
「子供たちの間で大人気だから、今もどこかでだれかが歌ってるかもね」
なんてことだ。流行歌になって大陸全土に広まってる?
だれかが、歌ってる? この歌が、どんな歌が知らないまま?
「大陸全土にちらばっていろんな会社経営してる妖精たちが、四六時中ピピちゃんの宣伝をしてるよ。大陸中で知らない人なんて、ひとりもいないんじゃない? うちの運送会社でもマスコットキャラにしてるし、歌もばんばん流してるもの」
なんてことだ。
なんてことだ。
だ、だ、だってこの歌は……歌詞は関係なくて、節だけで箱の振動が増幅するようになってるんだぞ。近くにアンテナ持ってる動物がいたら、歌ってる人の音波振動も拾ってくれるはずで、箱に折り返し戻ってくる波動がはんぱないことになる。
そう、この箱はいまや歌い震える世界の中心。特異点になっているのだ。
「あれ? おじいちゃん、その箱からなんかモヤモヤしたものが……」
「おっと!」
効果が現れ始めたか。
俺は急いで神殿に入り、停止しているアイテリオンのまん前にその箱を置いた。 それからプトリに手伝ってもらって、感電状態のまま固まっている二人の魔人たちを、封印の棺に封じ直す。ごめんね、エリカさん、メドカくん。またしばらくの間、眠ってくれ。
「あ、アスパシオンさま?」
床に伸びているピンクのウサギ頭のおじさんを見て、ウェシ・プトリがびっくりしている。そうだよね。その人の体も振動箱から退避させておかないと。
だが。ウサギ頭の我が師の抜け殻に手を伸ばしかけた俺は、ごくっと息を呑んで躊躇した。
ウサギ好きの我が師は、もしかしたら、前世は俺の奥さん……かもしれない。
このおじさんの体に魂を戻したら、今度はアミーケあたりに魔人にしてくれと迫るんじゃないだろうか。目的のためには全力を尽くす我が師のこと、あの手この手で攻めるにちがいない。
でも。
この体がなくなってしまえば……
い、いや!
何を考えてるんだ、俺。そんなことしちゃだめだろ。魂だけ確保しておいて、俺が好きに作った体に入れるとか……たとえば、まだ生まれてない妖精の受精卵とか?
う。ううう。だめだってば。何考えてるんだ俺。そんなソートくんみたいな考えはだめだろ! いくらむさいおじさんに言い寄られて迷惑してるからって、我が師の体をこのまま、このまま……
「今から作り出されようとしている新しい世界」に、放り込むなんて。
それはだめだ。思いとどまれ、俺。我が師の体を振動箱から引き離すんだ。
ほら、箱の上に黒い球体ができてきた。小さな……すごく小さな別次元の空間だ。
この世界の時間軸はたった一本しかない。
時間流の流れはそのひとつの線上を過去から未来へ、未来から過去へ流れている。未来の出来事も、過去に干渉する。だから、この世界の歴史を変えることはできない。
でも。この世界の複製を作り出すことは、可能だ。そこに放り込んでしまえば、決して死なない存在でも「この世界からは」失くしてしまえる。
しかしその「新世界」はたぶんとても狭いだろうと俺は読んでた。何とか編み出した韻律と大陸中の韻律波動を集めても、作り出される新世界はとてもとても小さな球体。人間ひとり分がぎりぎり入るか入らないか、だろうと。だからアイテリオンの魂を、小さな石の中に閉じ込めたかったんだけど……
世界中の人間が歌を歌って協力してくれるのなら、もっと大きな世界が作れるかもしれない。
「おじいちゃん! 黒い玉が広がってきたわ!」
うわわ、かもしれない、どころじゃないぞ。みるみる膨らんでる。大精霊もアイテリオンも余裕で入った! この広い大広間を埋め尽くす勢いじゃないか。すごい!
歌ってくれてる人がいるんだ。俺が創った歌を歌ってくれてる人が何人も……
俺は我が師を背負い、魔人の棺を広間の端に押し出した。新世界の広がりはさすがにこの広間からは出ないだろうと思ったら。
「お、おじいちゃん、どんどん広がってる」
「振動箱を止めよう!」
なんてこった。まさかこんなに劇的な効果が出るなんて。
俺は我が師を鉄兜娘に託し、広がる球体に触れないよう注意しながら歌う箱のもとへと滑りこんだ。
箱の振動を停止すれば、「新世界」の扉は閉じる。球体の中にいるものは、新しい世界に取り残される。
「アイテリオン。じゃあな」
これで。これで完全勝利だ! 灰色の技と黒の技が、白の導師に打ち勝つんだ! 俺はしみじみ感じ入りながら、箱の制御棒に手をかけた。
ついに、俺の目標が。悲願が。達成される――!
「……うっ?」
しかしそのとき。
黒い球体の中が突然きらきらと輝きだした。まるで、太陽のようにまばゆく。
ま、まさかこれは……アイテリオンが背負ってた大精霊?! 一緒に停止してたこいつが動き出したっていうことは!
『貫け! 日輪の矛』
「!!!!」
まばゆい光の帯が、箱の前にいる俺の腹をうがち、勢いよく吹き飛ばした。 そん……な! もう時間流停止が、解けた?!
「きゃあああ! おじいちゃんっ!!」
「がっ……ぐっ……!」
みるみる広がって行く黒い球体。それを塗りつぶしていくかのように、まばゆい陽光が燦然と輝き渡る。
その光の中心からぶわっと白い羽毛が舞い散り、怒りを帯びた声が轟いた。
『マサカ……私ヲ魔天使化サセルトハ』
それは。もはや俺が知っている、穏やかな声ではなかった。
幾重にも声が重なった耳障りな音。
そして。
大きな翼が、二枚見えた。まるで。以前俺が我が背中から生やしたような、大きな翼が――。
読んで下さりありがとうございます><
振動箱、リモコンぐらい造っておけよと思った私です。
やはりどこか抜けているぺぺさんなのでした^^;
アイダさんとかソートくんとか、フォローしてくれる相方がいないと
こんなことになるのですw
読んで下さってありがとうございます><
強敵だけにてこずりそうであります。
無事封印できるといいのですが;
目指す相手はまさかの魔人。
膨張を続ける新しい世界の中で魔進化・・・
箱の振動を止められるのか。
止めてもいいのか、止めたらまずいのか。
黒い球体と魔天使、対応を迫られるものが増えて
しかも強力に^^;
異次元級のヤバイ状況にペペさんはどう動くのか。
続きがとても楽しみです。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
何か危ない結果に成っていますね。