アスパシオンの弟子86 オルゴール(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/02/27 11:03:28
『だんなさま』
はい、俺の奥さん。なんでしょうか?
『できましたっ』
こ、これは……
『ピピちゃんですっ♪』
クレヨンで描いたウサギの絵って、俺の似顔絵か。でも体色白じゃなくてピンクなんだね。かわいいねえ。
『レティは、ピンク色が好きなの』
だよねえ。俺につくってくれたリボンもピンクだもんね。首輪もピンクだもんね。その絵のウサギが持ってるのって、もしかしてニンジン?
『うん。ニンジンをすんごい握力で握りつぶしてね、ニンジン嫌いの子供にね、ぶしゃーってニンジンジュースをかけるの』
なんかどこかで聞いたことある設定だなぁ。
『それでね、ニンジン食べようね♪ っていって、ぎゅむうってね、抱きしめてくれるの。レティもだんなさまにぎゅうってしてもらったら、ニンジン食べられるようになったでしょ? あれ、すごいおまじないよ』
そうだったね。俺のもふもふんパワーで、奥さんの好き嫌い直ったもんね。
それに秘蔵アイテムのおかげで、乱暴にはたいてきたりとか俺の耳をひっぱるのとか、そういうのも全部直ったもんね。ほんと、はーれくいんな少女マンガってすごいよね!
何冊も読んだら、好きな人のためにかわいくきれいになって、でもやる時にはしっかり馬力出せる素敵なお姫様になりたいって自然に思っちゃうもんなぁ。ちょっとドジっ子成分も加味されるのが実にいい。女の子向けのあのマンガ、統一王国時代の記録箱からほっくりかえして見つけたんだよ。「淑女の教本」カテゴリに入ってたけど、貴族の令嬢ってみんなこれを手本にしてたのかな。
『あらこんな時間。だんなさま、今日のおやつは何がいい? レティが作ってあげる』
ああああもう! かわいいなぁ。女の子がパティシエになるマンガをちろっと読んだだけでこの効果だよ。目尻下がっちゃうよ。
俺の渾身の未来の奥さん改造計画、しごく順調!
『ニンジンパイ? それともニンジンゼリー?』
どっちにしようかな。迷っちゃうな。うーんとねえ……。
『ピピ様』
ひ。ソートくん? なによ。何の用なのよ。
『ウサギのお姿で幼女とのおままごとのまっ最中に悪いんですけど』
すっげーわるいわ。今最高に盛り上がってたのに。
エアおやつだってうまいんだぞ。気持ちがこもってるんだぞ。はいどうぞっていわれてありがとうむしゃむしゃおいしいーって返す、あのクライマックスの幸福感は何にも代えがたいんだぞ。それ済むまで待っといてくれたらいいのに。あ。わざと水差したなこいつ。目がそうですってうなずいてるわ。ちょっと、奥さんの前に出て羊皮紙突き出さないでよ。かわいい顔が全然見えないじゃないか。ほんとソートくんて、意地悪だよな。
『この振動箱の装置……すなわち次元複製システムですけど。これだと複製された次元は針の穴ぐらいの大きさにしかなりませんよ?』
え? 俺の試算だと直系一パッススにはなるはずだよ?
『大陸中の小動物に歌わせても、折り返しの周波数受信機能が貧弱では、新しい空間は生まれません。もっと吸収力のあるものを使用しないと』
うーん。電波吸収体に問題ありってこと?
『そうです。つまり馬力を出さないといけません。磁性材料で吸収体を作った方がいいですよ』
でもそれだとすごく重くなっちゃうよ。俺に持てるかな?
『お望みの範囲の次元複製を成し遂げるには、吸収体は最低3キンタルぐらいになりますかね』
俺、そんなに持てないな。ちっちゃくてふわふわのかよわいウサギだから。
『どこがか弱いのかよくわかりませんが、ダンベルで筋肉を鍛えることをお勧めします』
持てってことかよ。ソートくん軽量化してくれ。君ならできる!
『そんなに都合よく新素材の金属なんて見つかるはずないでしょう。はい、ダンベル』
鬼!
『それにしても中に入れている歌はすばらしいですね』
そうだろ。俺が編んだんだ。それこそ韻律をああでもないこうでもないって何度も組み換えて試して――
『声がすばらしいです。歌詞も。このお声はもしかして……』
あ、そっちね。うん、そうだね。俺もすばらしいって思う。竜王が恋したっていう歌姫よりもいい声じゃないかなぁ。
でも……そうだよな。後ろ足だけでなく前足も鍛えるべきか。
うん、俺がやりたいことはいっぱいある。特にこの手足をじかに使ってやりたいと思っていることはかなり特殊だ。両足だけでなく、両手でもやってやりたい。そのためには、日頃から鍛えておいた方がいいよね。
やっぱり、痛いって感じてもらわないと……涙が出るぐらいにさ。
少しでも、感じてもらいたい。みんなの痛みを、ほんの少しでいいから知ってほしい。
それが。あいつに対する俺の望みだから――
――「後ろ足キィーックッ!!」
唸る轟音。回転するわが後ろ足。
入った! 入ったよな? きりもみ三十六回転、優雅にブラックスワンして威力を上げて、敵の胸にめりこんだよな?
――「前足パーンチ!!」
唸る轟音。回転するわが前足。
入った! 入ったよな? 3キンタルの振動箱をここまで運んだ威力を見よ! 気合ためて優雅にぶるんぶるんふり回して打ち込んで、敵の背中にめりこんだよな?
『効カヌゾ!』
うう、だめか。なんなんだこの肌が黒い魔天使アイテリオン。硬すぎる。
まぶしすぎてほとんど視界が白一色につぶれている。大精霊が暴れているのだ。この日輪の力がずいぶんと障害になっていて、近づく隙がなかなかできない。振動箱から生じた世界はまだまだ広がり続けている。もうこの広間を埋めつくさんばかりだ。
「ウェシ・プトリ、お師匠様を背負って外へ逃げろ!」
叫んだけれど間に合わなかった。魔天使が風を出して鉄兜娘と我が師をわざと引き寄せる。
『マサカ私ガ何ノ警戒モシテイナイト?』
おまえのことは前々から気づいていた。我を封じようとすることも察していた。よくも時間停止機能で護衛長たちを止めたものだ、と肌の黒い天使が喋る。
『シカシワタシニハキカヌ。時間停止ヲ妨ゲルモノ。ソレガ、コノ日輪ノイスタールダ』
イスタールの防御壁は時間流の影響を受けない裏次元にまで達している。そこから触手を伸ばして、この次元の結界外に侵入。流れる時間流を取り込んでこの次元の結界内に注入する――らしい。
それで予想より凍結解除が早かったわけか。つまりアイテリオンは俺に攻撃されることを想定して、事前に大精霊を顕現させていた、ということだ。
もう一度義眼を突き出して時間停止波動を照射するも。
「うそ! ほとんど停止しないなんてっ」
イスタールの代謝が急速に高められたせいで、凍結するそばから固まった時間の流れが溶かされていく。まずいことに時間流停止攻撃を封じられてしまった。
忌々しい大精霊め。こいつをとりのぞくには同程度の大精霊を召喚して相殺するか、この太陽系の太陽を吹き飛ばすかしなければならないが、そんなことはまず不可能だ。
悲鳴が俺の口からほとばしる。腹に天使の拳が深くめり込んできた衝撃で、赤い義眼が両手からすっ飛んだ。
俺の体がふっとぶ。白いふわふわの毛が周りに飛び散っている。銀色の血も大量に。
俺も。ピンクのウサギ頭の我が師も鉄兜娘も。魔人の棺ふたつもすっかり、振動箱が生み出す新次元に飲み込まれた。
広がりゆく世界の質量は重い。大広間の床を弾力ある膜のように長く垂れ伸ばしてずぶずぶ下へ沈んで行く。地の底へ落ちながら、ゆっくり膨張して深さを増していく。

-
- 優(まさる)
- 2016/02/27 21:43
- 上手く往かないものですね。
-
- 違反申告