アスパシオンの弟子86 オルゴール(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/02/27 11:06:27
宙に飛ばされた赤い義眼が、翼ある魔天使アイテリオンの手中に収まる。
奴がにやりとしたとたん。赤い義眼がその左右の手に包み込まれ、ぱきりと――
「ちくしょう割られた!! 万事休すか?!」
奴の翼がはばたく。魔人が封じられた二つの棺に降り立ち、蓋をあけて二人の魔人を抱え出し、華麗に上昇する。振動箱を一直線にめざしているということは、次元開闢のからくりに気づかれたか。あれを壊されたら、俺たちは新次元に閉じ込められてしまう……!
「ウェシ・プトリ! 逃げろ!」
おじいちゃん?! と目を見張る鉄兜娘を、俺は後ろ足で思いっきり蹴り上げて新次元の外へなんとか出した。ウサギ頭の我が師は……くそ! いちばん垂れ下がって深いところにすべり落ちてる。早く助け上げないと。
魔天使が振動箱に手を伸ばしかけている。
まずい。まずい。まにあわな――
『だからどうして、俺様を呼ばないのよ?』
その時まっ白な羽毛とまばゆい光が、頭上からさあっと挿しこんできた。
『ひとりでケリつけようとか、なにカッコつけてるんだ? このバカウサギ』
兄弟子様!! いや、この光と飛び散る羽毛は……六翼の女王ルーセルフラウレン!
変身術で顕現してくれたのか。全身まっ白な六翼の半鳥人が、黒肌の天使を振動箱から吹き飛ばす。美しい神獣は鉄兜娘の腕を取り、しっかと抱きかかえてくれた。
『大精霊の照射がきついわっ。アタシのお肌焼けちゃうじゃない』
ああもう……こんな状況なのに、あんまり喋らないでくれと願っちゃう俺。でも姿かたちは絶世の美女なのに精神はむさいおっさんって、やっぱりかなりきついよ。
ホッとしたのも束の間、魔天使が救い出した二人の魔人が目を覚ました。しかも。
『ちっ! 加勢がきやがったか』
六翼の女王が舌打ちして翼をすべて固めて防御体制をとった。とたんに真横から魔力弾のようなものを受け、宙空にとどめられる。
「リオン! わが君! 変な波動を感じたから様子見に来たよ! なんなのこれっ」
ひっ。頭上から聞こえるあの甘ったるい声は、聞くもおぞましいアイテ家の魔人ニオスの声じゃないか。俺がかつてポチ一号で四肢を吹き飛ばしちゃった人だ。
さすがのアイテリオンとて、たったひとりでこの島に来ているはずがない。天幕は見当たらなかったから、お付きの者たちは白胡蝶の空間を作って、地中か上空にいたんだろう。取引場所のここからだいぶ離れた所にいたはずだけど、さすがに異変を感じ取られたか。
「中立地点で戦闘行為?! なんて奴らだ。わが君、今助けるからね!」
すみません、仕掛けたのはこの俺です、ごめんなさい。でもニオスにこんなまともなこと言われるなんて、なんか心中とっても複雑。
ちらちらと赤い粉のようなものが頭上から降り注いでいる。砕かれた赤い義眼の破片だ。
新しい次元に落ちて行く光。その中に虹色の玉がひとつ。我が師の魂だ……!
玉が新次元の奥底にいる我が師のもとへひょろひょろ飛んでいく。よかった! 魂は元の場所に戻ってくれそうだ。だがウサギ頭の肉体は、次元の広がりと共にどんどん深みに落ちている。兄弟子様がふんばってくれているうちに、追いつかなければ。
「おじいちゃん! ポチを起動させるからね!!」
六翼の女王に抱かれている鉄兜娘が叫ぶと同時に、兄弟子様が神風を呼ぶ翼を開いて反撃する。放射状にうち放たれるいくつもの光の波紋。その光輪の波状攻撃に、ニオスも魔人たちも、そして魔天使もその場に釘づけになる。
――「あ。におにお!」
と、そのとき。ふぬけた声が頭上から鳴り響いた……。
「なにしてるのぉにおにお? うわあ、きれいな鳥さん!」
「う。こっちくんな!」
ヴィオだ。六翼の女王の攻撃に耐えているニオスがたじろいでいる。どうやらヴィオのことは苦手らしい。
「あ、おとうさまあ。うさぎさんいっぱいつれてきたんだよ。ねえ、ヴィオのうさぎさん、見てえ」
やっぱりヴィオはただ者じゃない。みんなが切羽づまってるこの状況で、魔天使化しているアイテリオンにころころ笑って無邪気に話しかけるとは……。
『ヴィオ。ソコニアル箱ヲ壊シナサイ』
「えーっ。どうしようかなぁ。ちょっとピピちゃんと相談するねえ。ピピちゃーん、どこぉ?」
「ここだ! 下にいる! ヴィオ、たのむ! その振動箱には触るな! とても危険だ!」
「わかったぁ。ひ? ひぎいいいっ!」
ヴィオ?!
『言ウコトヲキケ!』
「ひいいいっ。ふああああん!」
ちくしょうアイテリオン! ヴィオに何した? 激しく泣き出したじゃないか。
『こらそこの魔天使! 自分の子に手を上げるな!』
あ。かわりに兄弟子様が叱ってくれたぞ。
『常々思ってたがおまえはひどすぎるぞ! 天にかわってこの俺様がお仕置きしてやるわ! 覚悟しやがれ!』
いやだから、その麗しいお姿でそのおっさんくさいセリフは……
『黙レ! 機械有機体風情ガ!』
「ヴィオ、こっちきて!」
六翼の女王に抱かれているウェシ・プトリが手を伸ばして、ヴィオの腕をつかみあげる。兄弟子様が再び波状攻撃を繰り出し、敵たちの動きを止めてくれている間に――。
『プトリサマ・ピピサマ・オヨビデスカ』
キシャア、という雄たけびを上げ、鉄兜娘が呼んだポチ2号が乱入してきた。
『竜王メルドルーク!!』
さしもの魔天使もさすがに驚いたようだ。さもあらん。伝説のそれとそっくりにしたんだもん。しかも性能だって本物にひけをとらないぐらいすごいんだから。
いけ、ポチ! やってしまえ!
「ハヤト! ハヤト!!」
俺は必死に後ろ足を蹴って広がる次元の先に落ちゆく我が師を追いかけた。
「ハヤトぉおおおっ!!!!」
我が師の魂はその体に戻ったはず。もう目を覚ましてくれていいはずなのに反応がない。その精神はまだ、おかしいままなんだろうかと不安になる。まだぺぺのままだったらどうしよう……
『うぐうううう!』
はるか上から、建物の破片と六翼の女王の白い羽毛が落ちてくる。ギシャギシャとポチ二号がきしんだ音をあげている。魔人たちと魔天使アイテリオンの魔力に押されているようだ。
ポチ二号は真空波を放って韻律波動を封じ込められるはずだが、あの忌々しい日輪の大精霊がそれを邪魔しているのだろう。見上げれば、神殿のごとき建造物の屋根がすっかり崩されていて――。
「ぐあ!!!!!」
あ……やばい。流れ弾がこっちに……なにこれ、魔天使の羽が剣のようにトいくつも飛んできたぞ。か、体に大穴があいちゃったよ。
こ、これまずい。ちょっと動けなくなっちゃう。意識が保てない。
落ちる……!
ハ……ハヤト!
たのむから目を覚まして!
ハヤト! ハヤト!
ハ……ヤ……
「ぐあ!!!!!」
あ……やばい。流れ弾がこっちに……なにこれ、魔天使の羽が剣のようにトいくつも飛んできたぞ。か、体に大穴があいちゃったよ。
こ、これまずい。ちょっと動けなくなっちゃう。意識が保てない。
落ちる……!
ハ……ハヤト!
たのむから目を覚まして!
ハヤト! ハヤト!
ハ……ヤ……

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- 優(まさる)
- 2016/02/27 21:47
- 何か怖いですね。
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