アスパシオンの弟子86 オルゴール(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/02/27 11:09:42
『ピピさんおつかれさま。進渉はどうです? 韻律は編みあがりましたか?』
『コーヒーありがとうございます、アイダさん。ええ、ほとんどできたんですけど、すごく不安です。これで理論上は次元を剥離して複製できると思うんですけど……』
『やってみないとわからないですよねえ。しかしなんて美しいメロディーなんでしょう』
手回しの取っ手がついたオルゴールから音楽が流れている。俺が手ずからまわしているこれは、振動箱の雛形だ。
『動物たちに歌わせるので、音程だけです。歌詞は好きなものでいいんです』
『歌いだしの音で締めて無限ループですか。でも最後は……こちらの音の方がよいのでは?』
アイダさんが澄んだ声でほんのり高い音を口ずさむ。
『あ、そっちと悩んだんですよ。やっぱりそっちの方がいいかな。複製速度が速くなりすぎるかなって思ったんだけど。それにしても韻律、よく知ってますねえ』
『メニスの里でみっちり教えられましたからね。どんなに歌っても、何も起こりませんでしたけど』
魔力無し……でもアイダさんの声はとてもきれいだよ?
次元複製の歌の基本部分が編みあがったのは、7103年。アイダさんが島を去るほんの少し前だった。俺が編んだその歌がとても気に入ったようで、アイダさんはしょっちゅう口ずさんでた。勝手に好きな歌詞をつけて。
ひと目見ればそれと分かりぬ
その子がそうだと魂が気づく
心をば焦がす恋の炎
その身をば焦がす聖なる炎
灰と成り果てしその身こそ、
肺を潰した死に子の寝床
とこしえの波が両の腕
とわに揺れる水の揺り籠
泣いて沈みし眠りの子
名を失いし炎の子
『最近その歌詞でよく歌ってますね。なんか恋愛系の歌っぽい……』
『ロマンチックな悲恋歌にしてみました。きれいな歌詞で歌ってみたいと思ったものですから。恋人が死んだのを悲しんで、後追いする感じですねえ』
『水の揺りかごとか、沈みしとかって、後追いする人は水の中に身投げするんですか?』
『そうしてくださるほど悲しんでくださったらうれしい……なんて一瞬思いました。私の願望というか妄想ですよ。乙女心というものです』
『乙女……なるほど。それで優美な雰囲気なんですね』
『きっと叶いませんけどね。でも、私は探します』
『え? 何を探すんですか?』
『私、死んでも忘れません。たぶん、ひと目みたらわかると思いますよ』
『???』
『さて、ご飯にいたしましょうか』
『あ。えっと、その歌詞でいいのでもう一度、歌ってくれませんか?』
『あら、お気に召しました?』
うん。だってアイダさんの声は、ほんとにきれいなんだよ……だから……
『記録します。アイダさんの声を、振動箱に入れたいんです』
『……魔力がないのに?』
魔力は俺が込めるよ。歌ってくれる動物たちが、その力を増幅して高めてくれる。
『そうですか……これで私も、あの人を倒す戦いに参加できますね』
いや、そんな泣くほど嬉しがらなくとも。
『ありがとう、ピピさん』
「ひと目みれば……それとわかる……」
あ……
「その子がそうだと……魂が気づく……」
アイダさんの、声だ。
「心をば焦がす恋の炎……その身をば焦がす聖なる炎……」
こんな近くで聞こえるなんて。振動箱、まさか新次元に落とされたのか?
いや……
これは、肉声、だ。
「灰と成り果てしその身こそ……肺を潰した死に子の寝床……」
歌……ってる? 俺が作った歌を、アイダさんの歌詞でだれかが歌ってる?!
だれ、だ?! この歌詞は、俺とアイダさんしか知らないんだぞ? 振動箱は今回初めて起動させたんだ。箱のごくごく近くでしか歌詞は聞こえないはず。
あ……
俺、抱っこされてる。ピンクの、ウサギの頭の奴に。目覚めて俺を助けてくれたのか? で、でもっ。この歌、我が師が、歌ってるのか?!
「とこしえの波が両の腕……とわに揺れる水の揺り籠……」
ち、ちょっとやめてよ……冗談きついよ! つまり、俺のお師匠様は。お師匠様はやっぱり……?
歌い続ける我が師の体がすうと色あせて、新次元の奥底の闇に溶けた。それからすぐに、俺を抱っこしている腕が再び目に見えてくる。聞いたことのある韻律――俺がウサギになるために再三唱えてきた韻律がウサギ頭の奥でつぶやかれると同時に、我が師の体がほんのり光を帯びてくる。
前よりも白い肌。前よりも細い足。
スネ毛が……消えた。ウサギ頭からはみ出している黒い髪は、まっ白に変わっていく。
「うそ……でしょ……?」
うろたえて、ウサギ頭の人を見上げれば。
ふしばったおっさんの手ではなく、細い白魚のような手が動いて、ピンクのウサギ頭を取った。
着ぐるみの下からあらわれたのは……あらわれたのは……
「やだ……やだ……うそ……」
「ピピちゃん……会いたかった」
その人は美しい紫の瞳で俺に微笑みかけてぎゅうと抱きしめるなり。その人では決して使えないはずの韻律を唱え、あっという間に宙に舞い上がって――
「顕現が遅れてすみません」
長い銀の髪をなびかせながら、優雅に降り立った。
俺たちの世界と、新しい次元とのちょうど狭間に。
「振動箱の歌を聞いたら『私』が顕現するよう我が魂に細工をしていたのですが、今生のハヤトが少々ややこしいことになっていて」
「あの……あの……」
「『われわれの魂の中』でだだをこねるものですから、手間取りました。平手一発かまして脅して、無理やり変身術を唱えさせましたよ」
「あ……あい……あい……」
白魚のような手が、ろくに口もきけない俺の頭を優しく撫でてくる。その人は紫色の目を細めて俺に笑いかけるや、スッと右手を高く突き出した。六翼の女王に迫り、今やかの神獣の翼をもぎとろうとしているアイテリオンにむかって。
「さあ、新しい次元に入れるべきものを入れましょう」
刹那。その人の手からどっと黒い波がほとばしった。凄まじい勢いの、闇色の奔流が。
そうして――
その場は一瞬にして、暗闇に包まれた。
静謐なる、夜の吐息に。
ご高覧ありがとうございます><
クライマックスにふさわしくどどーんと兄弟子様とぽちを^^
しかし魔力いっぱいアイダさんは超こわそうです;
優雅に華麗に事を処してくださるとよろしいのですが……^^;
さりげなくアイテ家メニスせいぞろい?です。
ご高覧ありがとうございます><
鬼に金棒、ウサギにオタクメニス、これで無敵のはずです^^
たたたたぶん、たぶん、閉じ込められる……?
ご高覧ありがとうございます><
「ひと目みれば……」の歌は後の世において、求愛歌として大流行します^^
このお話や大流行っぷりをえがいた恋愛ものの長編いずれも、この歌が主題です。
アスパはこの歌の成立を紐解くためのお話であったのですが
こんな大長編になってしまいました^^;
ほとんど詰み状態のペペさんの前にお師匠様と兄弟子様。
魔力MAXなアイダさんと六翼の女王という、最強の姿で・・・
光と音と時間と空間が渦巻く戦場は一転、無間の闇に。
戦いの終わりなのか、新たな戦いの始まりなのか・・・
動画が出てきそうな描写でとても楽しめます。
いつも楽しいお話をありがとうございます♪
お話に出てくる振動箱の魔力なしバージョンを作ってみたいと
ちょっとだけ思いました^^;
(魔力ありバージョンはとても重たそうなので・・・^^;;;;)
歌の文句は、痛みが感じられるけれど、この物語の世界観と同期していると思いました。
お題:好きな歴史上の人物
このお話の歴史では、「六翼の女王」が作者に、そしてこの世界の人からも断トツに好かれているようです。
なので兄弟子様はいつもおいしい登場の仕方をするみたいです^^;
地球の歴史において好きな歴史的人物はいっぱいいるのですが。
一番はアレクサンドロスとその親友へファイスティオンでしょうか。
あとはアルフレッド大王やネルソン提督などなど。あげればきりがないのでこのへんで^^;