Nicotto Town



2月自作 針・角 『灰色の技師』(前編)

「あのう、こんにちは」

 うっそうと繁る森の中。
 剣の柄が突き出たリュックを背負った赤毛の青年が、とある塔を訪れた。長旅をしてやっとこたどりついたのであろう、そのマントはぼろぼろのくたくた。顔には疲労が色濃く浮かんでいる。
 塔は一見すれば巨木かそれとも細長い形の山かとみまがうもので、壁面のもとの材質が見えているところはまるでない。ヤドリギどころではない木がぼんぼん生えまくり、お化けのようにも見える。
 入り口はどこだろうか。赤毛の青年はぐるりと塔を一周し、玄関の呼び鈴を探した。

『御用の方はこのボタンを押して下さい』

 張り紙がついているところに真っ赤な赤鋼玉と真っ青な蒼鋼玉のボタンがついて
いる。

『塔に攻め込む方は赤いボタンをどうぞ。
 塔を見学なさる方は蒼いボタンをどうぞ』

 攻め込む方を押したらどうなるのかと思いつつ、赤毛の青年は蒼いボタンを押した。
 とたん。ジュッと足元に焦げ跡ができる。頭上に止まっている鳥が突然口を開け、熱線を吐いたのだ。

「うわあああ?!」
「あーっ、すみませーん」

 ガチャリ、と草木だらけの扉が開かれ、中から赤い髪で鮮やかな桃色のスカートをはいた女の子が出てきた。

「呼び出しボタンこわれてて。修理中って張り紙出すとこだったんです」

 女の子が突きだした紙を見て、青年は顔を引きつらせた。

『どっちも押さずに、オープンセサミと唱えてください』

「間が悪い人っているんですよねえ」

 赤毛の女の子はころころ笑った。
 たしかに間の悪さは天下一品、俺に並ぶ者はないだろうと赤毛の青年はうなだれた。バイトに入ったその日に、食堂のおばちゃんに駆け落ちをくらわされたことがある。あれは人生最大のピンチであったと一瞬遠い目をする。

「さあどうぞ」

 青年はごくりと息を呑み、塔の中へ足を踏み入れた。
 伝説の灰色の技師が住むという要塞、ツルギ塔の中へ。


  
  
『かくて国王陛下よりご紹介いただきました貴殿が発明し、図面を引いてくださいました結界増幅装置の増設は無事に完了し、銀枝騎士団はその装置をもって増幅されたる白き結界でもって闇の繭を打ち砕き、少女カーリン・シュヴァルツカッツェを救出いたしましたことをここにご報告するものであります。
 つきましては報酬と感謝の印といたしまして、銀塊一キンタルを貴殿に差し上げるものであります。
 しかしながら狼に育てられしかの少女はその肉体を闇の繭から救い出されしものの、その心は固く閉ざされまぶたが開かれることはかなわず、騎士団の騎士はみな悲しみに打ちひしがれており……』

――「技師殿に置かれましてはさらなるご助力を、ここに求めるものであります。銀枝騎士団団長、及び副団長および、団員全員の署名、あと、俺の署名。この羊皮紙に書いてあることは、以上です!」

 羊皮紙の書簡を一気に読み上げた赤毛の青年は、ザッとひざまずいて目の前の卓に書簡と銀塊が入っている箱を捧げ置いた。

「って……技師様はどこにいらっしゃるんだろ」

 赤毛の女の子に書斎と呼ばれるところに通されたのだが、だれもいない。  
 卓の上には籠があり、そこにはどでんとお腹を出して眠っている白ウサギが一匹。後ろ足の裏をかわゆげに見せて、なんとも気持ちよさそうにふにゃふにゃ口を動かしている。技師が飼っているペットだろうか。
 卓の向こうは雑然としており、何がなにやらという様相であった。
 積み重なっている本に巻物。ぜんまいや金属の部品がはいった箱の山。いろんな色の液体が入っているフラスコや試験官。地球儀に天球儀、という基本的な道具はかろうじて置いてあることがわかるがほとんど他の物に埋もれている。
目を見張るのは、時計の多さだ。壁にも棚の上にも床の上にも、ありとあらゆる形の時計がたくさんある。一体何個あるのだろう……。
 カチカチとくとくゴンゴン時を刻む音がすさまじい。

「ひ!」

 突然。壁からシンバルを持ったサルが飛び出し、しゃんしゃん打ち鳴らし始めた。天井からは五羽のカナリアが止まり木に降りてきて、絶妙のハーモニーで歌いだす。床からぐーんと競りあがってきた台座にはバイオリンやチェロを持ったネコが四匹。後ろ足で立っており、なんといきなり激しい曲相の音楽をかなで始めた。すると主旋律のカナリアのソプラノの歌声を押し上げるように、低音の合唱が流れ出した。真正面でヒキガエルが五匹、ぐわぐわとバリトンで歌っているのが目に入ってくる……。
 あんぐりと口をあけた青年のすぐ後ろで、
 ドーン
 と合いの手の太鼓が打ち鳴らされた。小熊が壁際で次の合いの手をうとうとバチを構えている。
 しかしその動物たちは、本物のようでいてどこか機械的であった。これはつくられたものたち、なのであろうか。

「ふああああ」

 かくも見事なオーケストラの音色が流れる中に、間の抜けたあくびがまじりこんだ。卓上のウサギが目を覚まして起き上がる。

「もう五時かー。はっやー」
「しゃべった……」

 呆然とつぶやく青年に気づき、ウサギはひょこりと耳を動かした。

「あれ、お客さん? んもう、面会は五時までだよ」
「ごっ、五時少し前にきましたのでどうか取り次いでください。技師様はどこですか?」
「なんの用?」 

 これはうわさに聞く「使い魔」というものであろうか。魔道の力を持つ術師は、人語を喋る動物を飼いならすことがあるという。
 きっとこのウサギが技師に取りついでくれるのに違いない。
 そう思って青年は、羊皮紙をウサギの目の前につきつけた。

「ふむふむ。それで?」

 ウサギの体がオーケストラの曲に乗ってゆさゆさ揺れている。ふんふんと鼻歌も歌い、のりのりだ。

「要するに、女の子が身悶えして起きちゃう時計を作れと?」
「いや、時計でなくてもかまいません」
「起こすわけだから目覚まし時計がいいよな?」
「いや、別に時計でなくともなにか――」
「絶対時計がいいよな」

 青年はたじろいだ。言葉を遮るほど語気強いこの言葉の意味するところは。

「時計なら作ってくださるってことでしょうか? 技師様は、時計がお好きなんですか?」
「うん。だーいすき」

 にっこりするウサギの後ろで、サルが壁の中に戻って行く。カナリアたちは天井へとびたち、ネコたちの台座が地に沈んでいった。ヒキガエルは一匹ずつ池を模した囲みに入り、熊はお辞儀をした姿勢のまま固まった。

「時計作らせてくれるなら、お代はただでいいよ」 
 



 




 

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2016/03/06 22:00
笑いどころが結構ありましたね^^
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2016/03/05 21:27
主人公とウサギ技師さんのやり取りに思わず吹いた。ww
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2016/02/29 22:45
時計以外が良いと思ったけど、時計に成るのかな?




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