2月自作 針・角 『灰色の技師』(中編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/02/29 22:49:07
数日で完成する。
ぼむんとおのが胸を叩く使い魔ウサギに言われたので、青年は時計が出来上がるまでの間、塔に泊まらせてもらうことにした。
螺旋階段の周りに部屋がある塔には、赤毛の女の子がたくさん住んでいる。
そのだれもがひとかどの技師なので、青年は目を見張った。ある階では金属が鋳造され、またある階では繊維が織られ、またある階では宝石が磨かれていた。女の子たちは四六時中歌いながら作業していた。
階下で造られたものが、最上階の技師が造るものの材料となるらしい。
二日後、最上階に呼ばれて行ってみれば。
技師は休憩しているのであろうか姿はみえず、あの使い魔ウサギがまた卓上の籠で昼寝をしていた。そこに造りかけの小さな懐中時計がひとつ、置いてある。覗きこんでみれば、文字盤にはまだ針がついていない。
突然、卓の向こうの空中に冷気の塊が固まり、それが美しい水の妖精の形を取って美しい竪琴を爪弾いた。これは幻像なのであろうか。しかしなんと見目麗しい妖精だろう。ぽろろんぽろろんと鳴り響くその音に。
「ふああああ。もう三時かぁ。おやつの時間だな」
間の抜けたウサギのあくび声が重なった。赤毛の女の子がひとり、うやうやしくオレンジ色の揚げたてのドーナツを運んでくる。ニンジンがたっぷり入っているようだ。ウサギはドーナツをもぎゅもぎゅほおばりながら言った。
「あのねえ、針につかう材料をうっかり切らしちゃっててねえ。ちょっと作業が中断してる。完成するのがちょっと遅れるわ」
針は、とある動物の角を薄く削いで作るのだという。
「普通の針の音じゃ、目覚ましの音楽の効果を阻害しちまう。でもその材質を使えば、魔力が増幅されるんだよ」
まさか技師様はその材料を取りに出かけたのだろうか。
言ってくれれば自分が角を手に入れてきたのに、と青年が申し訳なさそうにいうと。ウサギは大丈夫だと胸を張った。
「そうだな、んぐっ、あと三日ぐらい待っててよ。もふっ」
ドーナツで頬がぱんぱんのウサギの背後で、水の妖精がふわっとはじけて虹色の泡となり、空中に溶けていった。まるでシャボン玉のごとく。
三日後。赤毛の青年はまた最上階へ呼ばれた。入ってみれば、卓上に銀髪の美しい女の人が正座して座っており、膝にだっこしたウサギの口に体温計をつっこんで熱を計っていた。
使い魔ウサギはげほげほとひどく咳をしている。
「ごめん、風邪引いちゃった」
声がかすれてガラガラだ。
『熱がありますよ。安静にしてください』
銀髪の女の人がウサギにマスクをかける。この人は幻像……にしては生々しい。もしかしてこの美しい人が、技師様であろうか。
「は、はじめまして」
思わずどぎまぎしながら青年は頭を下げた。作業の方はどうかと聞けば、あとは目覚ましの歌を組み込むだけだという。しかし歌を吹き込んでくれる歌い手が風邪を引いたので、治るまでその作業ができないそうだ。
ウサギはその歌い手から風邪をうつされたのであろうか。銀髪の人は心配げにウサギの頭を撫でていた。
青年は階下へ降り、迷わず厨房を借りた。
「喉の風邪にきくものといえば……蜂蜜レモン湯かな」
そうつぶやくと。厨房に持ってきた青年のリュックから、折れた剣が口を出した。
『レモンよりビタミンが多い柚をお使いなさい。ビングロングムシューの霊泉水を沸かしたものに生姜のすり下ろしをたっぷり入れるんです。はちみつは蕎麦の花のものが咳止め効果抜群ですよ』
「蕎麦の花の蜂蜜?」
『ド・エティーア種の洋梨を食べさせるのもよろしいですね。ソルビトールという喉の炎症に効く成分が含まれておりますから』
品種まで細かく指定してくるが、しかしこの塔に材料はあるだろうか。
『大丈夫ですよ。赤毛の妖精たちに頼みなさい。あの子たちはどこへでもいってなんでも仕入れてきます』
「あれ? よく知ってそうな口調」
『昔ちょっと、ここにお世話になったことがございますので』
「へえええ」
感心する青年に、剣は誇らしげに囁いた。
『英国紳士は、顔が広いのです』

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- かいじん
- 2016/03/06 22:03
- 英国紳士は顔が広いのかw
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- 優(まさる)
- 2016/03/06 21:06
- 英国紳士は顔が広いのですね。
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