2月自作 針・角 「灰色の技師」(後編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/02/29 22:59:31
剣の言う通りであった。
赤毛の女の子たちは半日たたぬ間に、青年が希望する食材をすべて手に入れてきてくれた。
材料がくるまで、青年はあれこれレシピを考えていた。
何より、喉のためになるものを。
まろやかで。痛みをやわらげるようなものを、と。
「よし、作るぞ」
材料を前に気合一発。青年は腕をふるって作り始めた。
まずは生姜を摩り下ろし、かっと沸かした熱い霊泉水に蜂蜜と柚を投入。なんとも香りたつ良い匂いだ。これに水あめをとろり。とろり。
丁寧に何度も何度も折り曲げて練り上げ、きらめくような黄金の飴板に仕上げる。
洋梨はことこととワインで煮込んで、ふんわりとしたコンポートにした。皿に盛った洋梨に、飴板をたっぷり載せて完成である。
できあがったものを歌い手に差し上げたいと訴えると、赤毛の女の子は最上階の書斎へと青年を案内してくれた。
中へ入るなり受けたのは。
「ぶえーっくし!」
盛大なくしゃみの洗礼。卓上の籠の中で安静にしているウサギのものではない。その向かいにあるソファに、銀甲冑を着込んだいかつい男がでんと座っている。
「この風邪しつこいぞ、おじい。なかなか治らん」
「だよな。ていうか、おまえがマスクしないから俺にうつったんだって。ほんっと、迷惑だわ」
マスクの下からウサギがもごもごつぶやく。
「そんなこと言ってもだな、あの鍾乳洞は超寒かったんだ。竜角トッカリは奥の方にしかおらん。腰までつかる水流を渡らなきゃいけなかったんだぞ。ぶえっ……くし!」
「角を調達してくれたことは感謝してるけどさぁ。風邪までくれることないじゃん」
「親切だろう? エティアの王の恩寵はかくも深いのだ。ぶえっ……くし!」
――「え? 国王……陛下?!」
赤毛の青年は硬直して、まじまじといかつい鎧男をみつめた。あやうく皿を盆からすべり落としそうになるがなんとかこらえる。
このとてもむさい髭面の男が……エティアの国王?
陛下御自ら、時計の針の材料を取ってきてくれたというのか? しかも、もしや歌い手でもあるというのか? 声を聞けばそんなに美声ではなさそうだが、風邪を引いているから本調子ではないのかもしれない。
「すみません! うちの娘のためにどうもすみませんっ!」
「あん? なんだこいつは?」
「あ、依頼主だぜ。角を使った目覚まし時計のさ」
「おお、俺様をパシリで使ったやつか!」
いい匂いだ、と鎧男はうろたえまくる青年から盆をひったくり、黄金色の飴を無造作に口に入れた。
「うほおおおお! なんだこれは! 一瞬で飴が溶けた! すげえ! そんでんまい!」
するとウサギがぶうぶう文句を垂れる。
「ちょっとそれ、俺のためにつくってきたもんじゃないの? 勝手に食うなよ」
「何言ってんだ、俺様のために決まってるだろう。うおおお! なにこの梨。こいつもとろーんととろけたぞ!」
「早く寄こせ! そんでとっとと王宮に帰れ。帰って奥さんにひとことあやまりゃいいんだよ」
「いやだ。俺様はまだ当分ここに隠れる」
「それじゃ宿代払え。一日三万スーな」
「高いぞ! バイトしてやったんだからタダにしろ!」
国王は一体なぜにこの塔に隠れているのか。奥さんにあやまる、ということはもしかして夫婦喧嘩……とかなのか。
しかしなんと傲岸不遜なウサギだろう。ただの使い魔のくせに一国の主になんというぞんざいな物言い。とてもえらそうである。
「やぁだね。とにかくとっとと、そのいい匂いのするもんよこせっ」
「だが断る」
青年はあわあわと、言い合うウサギと王をなだめた。
「あ、あ、あ、あ、あの。あの。あの。喧嘩しないでくださいっ。もう一皿、作ってきますからー!」
それから三日後。
青年はツルギ塔をあとにした。
マスクの下でごほごほ咳をして、その懐には、大事に目覚まし機能がついた懐中時計を忍ばせて。
『どんな音が出るかは、本番でのお楽しみ。あんたのおかげで風邪が早く治っていい歌声が入れられたよ。ありがとうな。まぁ、そのなんだ、お大事にな?』
ウサギに時計を渡された時にそう言われたのだが。時計の中に入っているのは、あのむさい鎧男――いや、国王陛下の歌声なのか。それとも……。
感謝の言葉とともに美しい技師様にくれぐれもよろしくお伝えください、と深々と頭を下げたら、ウサギに大笑いされた。
『いや俺の奥さん、技師じゃないよ』
『はい?!』
では、この時計を作ったのは……??
まさかあの使い魔ではあるまい。いやいや、あのウサギではあるまい。絶対違うだろう――。
首を何度もかしげ、げほげほ盛大に咳をしながら青年は帰途につき。
長旅の末、狼と騎士たちに守られた眠り姫のごとき愛娘のもとへ戻った。
目覚まし時計から流れ出た歌声は、見事に少女を目覚めさせるのであるが。
それがどんな歌声だったのかは、また別の、長い長い物語である。
――灰色の技師・了――
ご高覧ありがとうございます><
肝心なことが何もわからない今話でしたw
いろいろ想像して楽しんでいただきますれば
幸いなのであります。
しかし歌声はほんとにだれの声だったのか……@@;
ウサギにしろ陛下にしろ歌吹き込むためにオペラ歌手のごとく
歌ってる姿を想像すると笑いがこみあげてきます。
ご高覧ありがとうございます><
とろーん♪ なお梨、私も食べてみたいです。
とける飴は、うちの県の銘菓のさらしよし飴を参考にしました。
これは本当に口の中でさっと溶けてしまいます♪
とてもおすすめなのであります^^
ご高覧ありがとうございます><
見事にうつってしまいました。マスク大事ですねー^^;
バイトに入ってから腕がたつようになったのか、
それとも以前からそれなりに修行していたのかまだ不明ですが、
一連の騒動で以前よりだいぶ腕が上がっているようです。
しかし行き着く未来が宮廷料理人じゃなくて王様って……^^;
続き楽しみにしてくださってとても嬉しいです。
執筆がんばります^^
ご高覧ありがとうございます><
手作り一点もの、灰色一級レベルの技能導師の技に
値段はつけられませんよね^^
ウサギを看病する銀髪の人は「技師じゃない」そうですが、
たぶん「もう技師じゃない」という意味なんだと思います(
蕎麦蜂蜜、本当に風邪によいみたいですよね。
花粉がとんでいる今の季節は風邪もひきやすくて
蜂蜜湯はありがたいです♪
ご高覧ありがとうございます><
あえて確定させませんでしたが、
美人な銀髪の人は幻ではなさそうです。
ウサギとはちょっと不思議な関係にある人なのだろうなぁと思います。
ご高覧ありがとうございます><
陛下は年を取っても少年のごとし^^
ウサギと喧嘩しながらも隠れ生活を楽しんでいそうです。
しかしほんとに、どっちの歌声が入っていたんでしょうね;
私もとっても気になります。
ご高覧ありがとうございます><
玉体を見事に治してしまいましたね。覚えめでたくなったのでありましょうか;
しかし陛下、一体どんなわけで王宮を追い出されたのかw
今後そのことがお話に絡んできそうで怖いです。
ご高覧ありがとうございます><
長い眠りでしたが、カーリンに笑顔がもどるといいですよね^^
ウサギさんの正体も赤毛の女の子の正体も気になる魔法と謎の詰まった楽しそうな搭ですね。
梨のコンポートに特製飴、風邪をひいてなくても是非とも食してみたい!
運に見放されたのではなく腕を見込まれ修行の道に入ったのではないかと
主人公青年の受難の果てが楽しみでもあります^^
目覚まし時計の歌声で目覚める少女との物語
どのような歌声が流れたのかは次の楽しみにとっておきますね^^
国王陛下が材料を調達し、灰色の技師さまが製作した時計で
無事に目覚めたようですね^^
コストとか採算とかという言葉がむなしく聞こえる一点物!
どんな歌声が吹き込まれたのでしょう。
蕎麦はちみつは咳止めと栄養補給に良さそうですね^^
(でも、なかなか売ってない・・・)
使うお料理を選びそうですが^^;
赤毛の青年の物語、楽しみにしています♪
わからないところがまたいいかもです
眠り姫が
無事に目が覚めてよかったですね
時計の針の材料でしたか。眠り姫が目覚めてよかったなと思います
う~ん、それにしても歌声がどんなだか気になります
なにゆえに王様がアルバイトをしながら塔に隠れているのかまだ謎のままですが
ゲットした金時計で姫君が無事に目がさめたようで一件落着
楽しませて頂きました^^