自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・156
- カテゴリ:自作小説
- 2016/03/05 11:13:25
「小さいころ、二人に会えなかったことね……」
3人で、ルナの焼いたおいしいケーキをすっかり食べ終わったあと、ルナはカップを両手で口元に持ち上げ、つぶやくように言った。
「私もずっと考えてた。今までは、お父さま達が時間を作ってお互いに交流する機会があったのに、私達のためだとか言って、会うのも禁じられてしまったものね。寂しい思いをさせてまで、私達のためって言うの、なぜなんだろうって」
「ルナは、どう考えてた?」
ロランが問うと、ルナはカップに目を落とした。
「理不尽だって思ってたわ。勇者の子孫として戦いに備えなければならない、修業して、いつか世界や国民のために戦わなければならない、それは理屈ではわかってた。でも、あなた達に会えない理由にはならないって思ってた」
「そうだな……」
「もしかしたら、ね……」
ルナはロランとランドに苦く笑ってみせた。
「私達が、あまり仲良くなりすぎると困る、ってお父さま達はお考えになったのかもしれないわ」
「え?」
「それって、ぼくかロランのどちらかが、いつかルナと結婚したいって思うかもしれないってこと?」
ずばりと言ってのけたランドの言葉に、ロランのほうが赤面する。だがルナは苦笑するばかりだ。
「そうね。それもあったかもしれないわね。私があなた達のどちらかに嫁いだら、ムーンブルクは滅びてしまうわけだし。でも、そういう思いが芽生えなかったとしても、私達、仲が良すぎたんだわ」
「それじゃ、いけないのか?」
ロランは不満に思った。親密になることのどこがいけないのだろう。ルナは、そんなロランを見透かすように赤い瞳を向けた。
「いけないわよ。みんないつかは、一人で国をそれぞれ背負って生きていかなきゃならない。国王になったら、誰かに気軽に会いには行けないのよ。ずっと傍になんていられない。いちゃいけないの」
「あ……」
その通りだった。国主は行事がある時のみ、国賓として招かれる。市井の人々のように、会いたいからといって、すぐに足を運ぶわけにはいかないのだ。
「私達が年に2回くらい会えたのも、お互いにお祭りの行事へ国賓として招かれていたからよ。滞在期間を長く取ってくれたのは、お父さま達も身内とゆっくり過ごしたかったからかもしれないけど……」
「そうかあ……そうだったよね。きっと父さん達は、ぼくらが離れられなくなることを危ぶんだのかもしれないね。早いうちから、王族としての自覚を持てるように、将来に備えようとしたのかも。ローレシア建国祭にだけは参加していいって言ったのは、王家にとってそれが特別なお祭りだからだろうね。あと、16歳が社交界に出る節目でもあるから」
「……」
ロランは目をすがめ、こみあげてくる苦い思いに耐えた。だとしても、残酷すぎる、と。
「――もう、手遅れだと思うけどね」
ルナはつぶやき、傍らに置いている自分の鞄から、青く澄んだ玉を取り出した。いつぞや、はぐれメタルが落とした宝珠だ。
「それ、いつもそばに置いてるの?」
ランドが尋ねると、ルナは笑ってうなずいた。
「ええ。なんだか、そばにあると落ち着くのよ。まるで見守られているみたいで」
「誰に? ルビス様?」
「ううん、お母さま、みたいなものかしら……」
「みたいな?」
ロランが繰り返すと、ルナは「うん」と言った。
「誰なのかしら、わからないけど、温かい存在」
「……僕にも貸してくれ」
ロランが手を伸ばすと、ルナは宝珠をそっとロランの手の上に置いた。赤い宝石を象眼した玉は、ロランの手の中で静かに青い光を内に留めていた。
(本当だ、なんだか胸が温かくなる)
じっくり手に持ったことはなかったが、こうしているとなぜか安心できた。
温もりを感じながらまぶたを閉じると、ふと、とある美姫が浮かんだ。
ローラ姫。勇者ロトの血を引く若者と結ばれてローレシア国を築いた、世界でもっとも古い王家の血を受け継ぐ王女。ロラン達の先祖。
「ぼくにも貸して」
ロランから玉を受け取り、ランドも胸に抱くようにした。
「……ああ、ほんとだ。懐かしい気がするね。不思議だね」
「僕はそれを持った時、なぜだか、ひいおばあ様を思い浮かべたよ。ローラ王妃」
「あら、あなたも? 私も不思議と、そんな気がしてたのよ」
ルナは軽く瞠目した。ぼくも、とランド。
「ひょっとしたら、ローラおばあ様がぼくらを見守ってくれているのかな。この玉を通じてさ」
「だったらいいよな。そういえば、父上が話してくれたことがあった。ローラおばあ様は、ほんの少しだけど不思議な力があったんだ、って」
「まあ、それ初耳だわ。どういうの?」
「遠くの人に声を届けられたらしい。自分の身に着けているお守りを通じて、相手の居場所がわかってしまうんだって」
「うわあ……。千里眼みたいな力かな?」
ランドがぽかんとする。
「どうだろう。でも竜王を倒した初代ローレシア1世は、その力のおかげで、失われていたロトの印を見つけ出せたんだそうだ」
「そんな力があったなら、ご先祖様も気が気でなかったでしょうね。いつも見張られている気がしてたんじゃないかしら」
「いや、そうでもなかったらしい。初代はたった一人で竜王の城へ行ったんだ。あの暗闇、僕らも覚えてるだろう? あんなところへ行ける勇気が持てたのも、ひいおばあ様に見守られているっていう気持ちがあったからこそじゃないかな」
「わかってるわよ。冗談よ」
ルナが笑いながら小さく舌先を出す。ランドはロランとルナを見た。
「……もし、無事に戦いが終わって、ぼくらが自分の国に帰ってもさ……お互いに会おうよ」
「ランド……」
胸を衝かれ、ロランが言葉に詰まると、ランドは穏やかに微笑んだ。
「前例がないなら、ぼくらで変えてしまえばいいんだよ。そうしようよ」
「あんたは……簡単に言うわね」
ルナが苦笑する。でも悪くないといった顔だ。
ロランもうなずいていた。
「そうだな。そうしよう。――きっと」
大切な人のいる場所が、自分の居場所になる。だからこそ、ロトの血を引きながらも出自の知れぬ旅人であった初代ローレシア1世は、建国までの長い旅路の末、最後は穏やかな晩年を送れたのだ。
そばに愛するローラ姫がいたゆえに。
(僕の帰る場所は……この二人だ)
それがロランの、正直な思いだった。