Nicotto Town


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自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・158

 ルビスは、静かにルナの激高を受けとめていた。ゆらゆらと光る青い光の中心に、何も認めることはできない。だが、気配が悲しんでいた。深く同情していた。
 ――勇者ロトの末裔、ルナ。あなたは竜王の末裔と会って話しましたね。彼は、何と言っていましたか。
 ルナは答えない。だが、わかっているはずだった。竜王のひ孫は、ロラン達に話してくれた。
 仮にも神の身であるなら、軽はずみに動くことはできない。ひとたび動けば大地が鳴動し、聖も魔も混沌としてしまうからだと。
 ならば、ルビスも同じなのだろう。
 ルナも、自分のしていることが理不尽な、八つ当たりだと理解している。それでも言わずにはおれなかったのだ。目の前で殺された父、愛する人、魔物に殺されていく人々の絶叫を知っていればこそ、神への不信は消えなかった。
「こんなふうに今さら手助けするくらいなら、もっと早く……お父さまやみんなが殺されてしまう前に、助けてくれればよかったのよ……!」
 歯を食いしばるルナの目から、怒りの涙が伝い落ちた。ロランは胸がえぐられる思いだった。
 ルナはずっと、神に祈るということをしなかった。信じてきたのは、自分自身と、共に苦楽を分かち合うロランとランド、優しく見守ってくれるローレシア王やサマルトリア王達だけだった。
 光は、それで良いと伝えてきた。言葉ではなく、気配で。しかしルナは拒絶した。
「やめて……何もかもわかって見透かしても、私の魂は救えない!」
「ルナ!」
 ロランは叫んでいた。ルナの二の腕をつかむ。細かった。今にも折れてしまいそうなほど。
 きつくルナはロランを振り返る。長いまつげが涙に濡れていて、ロランの胸も鋭く痛む。
 ルナが背負う苦しみは、ロランがいくら想像してもしきれるものではない。どれほど苦しんできたのだろう、と思う。
 うまく言葉が出てこなかった。言えばルナの心が壊れてしまうかもしれなかった。それでも、伝えたかった。
「……もう、やめるんだ。わかってるんだろう?」
 ルナはロランを見つめ、もの言いたげに唇を震わせた。痛かっただろうか――ルナの腕をつかむ手を、そっと放す。
「君は頭がいいから。……わかっているはずだよ」
 ルナは無言だった。いかずちの杖を片肘に挟み、ローブの袖で涙を押さえる。嗚咽は止まらなかった。
「君の悔しさや悲しさを、ぼくらが全部わかることはできない……。それでも」
 そっと、ランドが言った。
「――ぼくらがいるよ。ずっと、一緒だよ」
「――ああ。……ずっと、一緒だ」
「――」
 しゃくりあげながら、ルナは顔を上げた。悲痛な面差しが、二人を見る。
「……ロラン、ランド」
 ロランはルナに手を差し延べていた。傍らのランドも、ルナに手を差し延べていた。
 ルナは指先で目元の涙を拭うと、両手を伸ばし、ロランとランドの手を取った。
 ――おお、ロトの魂が今、一つに……! 幸いなるかな、清き魂の環よ……!
 ルビスである光が、燦然と輝いた。強まる光を3人が見上げると、光は喜びを伝えてきた。
 仲間とともに運命をともに行く絆。互いをいたわり、思う心を祝福している。
 ――今こそ私は、果たしましょう。勇者ロトとの約束を……。ロトの末裔(すえ)が困難に陥った時、盟約として精霊の力を授けると。
 ルビスの声が優しく高らかに響いた。
「あ……!」
 ランドとルナが自分の胸元を見て驚く。衣服を通して小さな光が、すうっとルビスの光の下へ飛んだのだ。
 ランドから抜け出たのは、太陽と星の紋章。ルナの胸からは、月と水の紋章が飛び出した。
 そして、ロランの胸からは、命の紋章が。
 太陽と星、月と水の紋章はルビスの前で強く輝き、命の紋章と一つになった。命の紋章は形を変え、護符(アミュレット)の姿になる。
 金の鎖に四つの青い石を当分に配置し、中央部に三つ、金縁の立菱形の中に赤い宝石が逆三角形に並んでいる。その上部に翼のような、風を形にしたような意匠の金細工があしらわれた、首飾りに似た瀟洒なものだった。
 それは、手をつないだ3人の中心へ、しずしずと光をまとって降りてきた。
 ――それは私と心をつなぐもの。あなた方の心を惑わすものが現れたら、それを胸に抱き、祈りなさい。
 宙に浮かぶそれを、ロランは手を伸ばして受け取った。ランドとルナがのぞきこむ。
「この赤い石は、ぼく達だね」
「そうね。三つ。3人一緒ね」
「……ああ」
 ルビスの守りと、ランドとルナを見比べて、ロランは微笑んだ。
 ルビスは語りかけてきた。脈動し、揺らめく光がいっそう強まる。
 ――光あるところ、必ず陰はある……。世界の均衡を保つため、勇者ロトの血は、闇が興る時に覚醒し、傾きかけた天秤を戻す者です。しかし、私はそれを強いることはできない。命あるもののために立ち上がり、おのれを捧げても救おうとする者。その心を持つ者が、まことの勇者でありましょう。
 ルビスを見上げる3人に、精霊はある風景を脳裏に送り込んできた。
 人々は言う。

 飢えることなく、満ち足りるほど食べたい。
 魔物に命を脅かされることなく、夜を穏やかに迎えたい。
 何かを自分で作りたい。作物を育て、収穫する喜びを感じたい。
 家族に囲まれて暮らしたい。
 草木を肌に感じたい。
 青い空が見たい。
 風を頬に受けたい。
 雨に打たれたい。
 光を。
 命を育む、暖かな光を……!
 
 人がこの世に生を受け、誰もが抱いている当たり前の思い。
 生きたい、という声を、ロラン達は聞いた。
 ――強大な魔を倒す、という役目は
 ルビスは語りかけてきた。
 ――誰しもに恵まれるわけではありません。勇者とは、人々の祈りがもたらすもの。手に剣を持ちたくとも持てぬ者の思いを背負って、自ら剣となり、盾となって戦う者。あなた方は生まれた時から、その宿命を背負っていました。
「運命は……あらかじめ決まっていたのですか?」
 ロランがいぶかしむと、ルビスは答えた。
 ――この世界は、闇ととても近いところにあります。一つの闇が滅びるとき、もう一つの闇が目覚める。ハーゴンの誕生はその大いなる環の流れから生じたもの。それもまた、理なのです。
「避けられなかった……? 理ということは、魔物と戦うことがすでに、この世界になくてはならないことなのですね。だから魔物は大昔からいなくならなかった」
 厳しい目でルナが言った。ルビスは肯定の意思を伝えてきた。
 ――そうです。水や土や光が命を育むのが摂理ならば、暴力と死もまた同じ摂理。しかし、光と闇がせめぎ合い、均衡を保つことでこの世界が維持されているのです。人には、善なる心と悪なる心、二つが在るように。




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