Nicotto Town



アスパシオンの弟子 その言葉を、あなたに。(前)

(今回はアイダさん視点のお話です) 



 まさか、ウサギだなんて思いもしませんでした。
 八番島に赴任したあの時。サナダ技能導師に紹介されたピピさんに初めてお会いした時には。
 こんなに頼りなげな男の子が魔人?
 第一印象はそれしかなかったのです。
 赴任して三日目のこと。助手が部品を通気管に落としてしまう事件が起こりました。磁石で引き寄せるのは無理で小型の作業機械を入れようとしたのですが、遠隔操作機能が壊れていたんですよね。
 納期が迫っていて、のんびり修理している時間はない。さて、どうしよう?
 するとなんとピピさんが、「仕方ない」と観念したようにため息をついて、変身術を試したのです。そうしたらまあなんと、おどろいたことに彼はみるみるウサギに変わったのです。
 私、目を奪われました。
 ウサギはするする管の中に入っていって、みごとに部品を取ってきました。

『これで納期に間に合うよね』

 煤だらけになって出てきたウサギの、なんてかわいらしいこと。
 にこにこで。もふもふで。ぽふぽふで。もう……私、卒倒しそうでした。
 この世にこんなにかわいらしいものがいるのかと、一瞬で心を奪われたのです。
 それからというもの、私はわざと部品を何度も失くしました。そのたびにピピさんにウサギになって探し出してもらい、内心ほくほくしたものです。
 ウサギと二人きりの五世紀に及ぶ八番島生活は、退屈だなんて一度も思いませんでした。何百年もウサギを抱っこしまくったのに全く飽きませんでした。ずっと、こうしていたい……そう思いました。永遠に、ウサギと生きたいと。
 だってウサギを見ていると心にほっこりと暖かいものが生まれるのです。

『幸福だ』

 という、とても素敵な感情が。
 ウサギは魔人ですから、夢を叶える条件の半分はすでにクリアしています。
 問題は私。不死の魔人になることはできません。棄てられた私はメニスの中では「つきあってはいけない者」とされておりますから、変若玉(オチダマ)なんてくれる奇特な者などおりません。
 それに。
 ウサギには、想っている方がおりました。
 メキドの少年王トルナートさんと、エリシア姫。ウサギが時折ぽつりと漏らすのは、いつも二人のことばかり……。
 何百年も一緒に暮らしていたのに……私は、ウサギからひと言も聞けませんでした。愛の言葉など、ただの一度も。
 万年片思いです。
 一度だけ無理やり思いを遂げましたけれど、かえって嫌われてしまいました。
 あの時は焦ったのです。メニスの老いは本当に醜いものなのです。だから見られる容姿でいられるうちに、勇気を出して告白を……そう思ったのですが。気づいたら、ベッドに組み敷いてしまっていました。
 実によい声で啼くものですから、アイテの血がどうにも抑えられず……容赦なく貪ってしまいました。本当にかわいそうなことをしてしまいました。
 当然ウサギは私をこわがるようになり、二度と抱っこさせてもらえなくなりました。
 とても、哀しかった……。
 未来永劫、ふりむいてもらえないでしょう。
 それでも。
 それでも……いいのです。
 ウサギの愛が欲しいなんて、無理難題は申しません。
 ウサギのそばで生きられれば。またあのもふもふを抱きしめられれば、それでいいのです……。
 ああでも、たとえ記憶をもったまま転生しても、相手が「私」だと知れば、ウサギは逃げてしまうでしょう。
 「私」であることを決して気取られてはなりません。正体を隠して、そばに侍るには。そして、私の悲願を果たすには……。
 島から逃げるように去ったあと。私は、持てる技術の粋を駆使しました。
 おのが望みを、叶えるために――。




『ひと目みればそれとわかりぬ』

 ふふっ。

『その子がそうだと魂が気づく』

 うふふ。
 おはよう、ウサギ。
 本当に久しぶりですね。びっくりしましたか?
 私はいつもまどろみながらあなたを見ておりましたよ。
 ああ、この毛ざわり。最高です。やっぱりこのウサギは抱きがいがありますね。
 きめ細やかな白いふわわふの毛。血統にアンゴラが入ってるんでしょうか。
 しかし片目がないのがかわいそうですね。私が造ったあの赤鋼玉の目は、こわれてしまったみたい。
 義眼は単体で使うと、負荷がかかりすぎるのです。壊れた目は修理してトルナートさんにさしあげて、両眼で使ってもらいましょう。そしてこのウサギには、新しい目を作ってあげることにしましょう。
 宝石は何がいいかしら。赤鋼玉や蒼鋼玉はありきたりですね。
 金剛石は硬すぎますし、真珠はやわらかすぎますね。
 金緑石がよいかも。太陽光では青緑、人工の光のもとでは紅の波長を発する貴石ですもの。石言葉は『秘めた想い』ですし。
 それがいいわ。そうしましょう。

「あ、あい、あい……」

 なんですかウサギ? 下を指さして。そんなに口をあほんと開けていたら、風邪のばい菌が入り込みますよ。

「あいて、りおんが」

 ええ、落ちてますね。新しい次元にまっさかさま。そこらじゅうに散っている白い羽毛が、とてもきれいだこと。飛べなくしたら落ちる、これは三歳児でもわかる物理法則ですね。だから翼を引っこ抜いてやったのです。

「こ、これ、な、なに?!」

 この闇色の無数の手ですか? ふふふっ。日輪の大精霊もいちころでしたねえ。漆黒のバァルと呼ばれている大精霊ですよ。
 カラウカス様がお亡くなりになったとき、ハヤトが全部、あの方が契約していた精霊を引き継ぎましたからねえ。「私たち」にはカラウカス様の魂の分身がひっつけられておりますから、精霊たちは大人しくハヤトのものになりました。たしか、三十体ぐらいあったかしら。ハヤトが自分で増やしたものもたくさんありますよ。
 漆黒のバァルは手持ちの中で、三番目に強いものです。大精霊の中でも超級のものですね。この表の世界ではブラックホールと呼ばれているものの精神体です。普通の恒星など、簡単に吸い込んでしまいます。

「ど、どう、どうし……」

 どうして私たちもまた下に向かって飛んでいるのかって? だって私、アイテリオンに言いたいことがあるんですもの。

「つば、つば、つばさ……」

 落ち着いて。ほら深呼吸なさい。吸って、吐いて。吸って、吐いて。

「あ、アイダさんの背中に、翼が生えてる」 
「大鳥グライア座の一等星、氷の白星の大精霊ですよ。あれは鳥の星ともよばれておりますでしょう?」
「大精霊を複数召喚してるの?!」

 ええ、私ほどの魔力があればそんなの簡単です。両手両足でパイプオルガンを奏でているようなもの。とても簡単なことです。

「カラウカス様の魂ってそんなにすごいんだ……」

 あら、いいえ違います。実は私の魔力は――

「あ! アイダさん、アイテリオンの背中からまた翼が生えてきてる!」

 ちっ。魔人は本当に厄介ですね。魔天使化すると再生速度も段違い。もう一度もぎとってやりましょう。……あら?
 これは、鳥?

「うわ! なにこれ? 鳥たちが群れなして飛びこんできた!」

 この鳥どもは有機体ではないようですね。金属でできておりますよ。これはアリスルーセルの物ではありませんか? ああ、新次元のきわにお姿が見えます。お嬢さんも一緒です。なんてうれしいこと! 灰色の導師の神様が、応援にきてくださるなんて。 
 あらあら、魔人たちもおびただしい数の鳥たちに囲まれていますよ。一体どれだけいるのかしら。アイテリオンも鳥たちにひっぱられて、翼は再生すれども飛び上がってこれないようですね。

「ぺぺ! 私とお母様で鳥たちを呼んだわ! アイテリオンが沈んでいるうちに早く上がってきて!」


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2016/03/06 21:11
いよいよ終末ですかね。




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