アスパシオンの弟子 終歌1 消失の歌(前)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/03/11 09:42:57
歌が空を駆けていく。
歌詞がない、節だけの歌。
天に舞う無数の鳥たちが、歌っている。
地を走るウサギやネズミたちが、歌っている。
ウサギの姿で、俺も歌っている。
蒼く澄んだ湖の岸辺で。
「破れるかしら」
フィリアが心配げに湖の向こうを眺めやる。
「破れるんじゃね?」
我が師が不機嫌そうに、湖の岸辺にどっかりあぐらをかいておのれのひざで頬杖をつく。
首を振って長い銀の髪のカツラをうっとおしげに背に押しやりながら。
「あっちは百人そこそこ。こっちは全大陸規模。はなから勝負にならないだろ」
「でも寺院の結界を造っているのは、魔力が強い導師様たちよ」
フィリアが、俺が抱えている銀色の箱を見下ろす。この前アイテリオンを封じるために使ったものよりちょっと小ぶり。彫金の蓋がついていて、一見するとただのオルゴールにしか見えない。
「黒き衣の導師とはいえ、みんながみんなこやつのような魔力があるわけじゃない」
フィリアの隣で灰色のアミーケが金属のふくろうを飛ばす。ふくろうは瞬く間に空を舞う鳥たちの群れに加わり、俺が抱えるオルゴールの振動に合わせて歌いだした。空を旋回する鳥たちの群れの半分は、金属製。アミーケの鳥たちだ。新次元に送り込まれてだいぶ数が減ったけれど、まだまだ数百羽はいる。ていうか、灰色の導師の神様は、今も毎日せっせと鳥たちを作り出している。一日一羽って感じ。
お母様は鳥がめっぽう好きだからとフィリアはいう。
だろうなぁ。鳥の神獣を奥さんにするぐらいだもん。
「これで我が鳥のほとんどに歌い玉を呑ませた」
「ありがとうございますっ」
歌うのを止め、俺は灰色の導師の神様に深く頭を下げた。
この人が俺を魔人にしたのでまごうことなき「主人」であるのだが、その上アイダさんを救うために俺の心臓を移植してもらったし、俺は新しいオリハルコンの心臓をもらったし、今は金属の鳥たちに協力してもらっている。なのでもう一生、頭が上がらない。
歌い玉というのは、振動箱から出る波動を受信する卵だ。これが体内にあれば受信遺伝子をもたなくとも、振動箱の歌を受け取って歌いだす。
現在の攻略対象は、岩窟の寺院の結界だ。
湖の岸辺で歌う動物たちと俺たち。その後ろには……
「まだ割れないのか?」
そわそわしている完全武装のエティア王、ジャルデ陛下と。
「もう少しだと思います」「どきどきしますわね」
メキドの王トルナート陛下とサクラコ妃が並んでおり。
そのさらに後ろには、魔道武器をたずさえたエティアの騎士とその手勢百人、それからケイドーンの巨人傭兵団員五十名と、ここまで国王夫妻を護衛してきたメキドの槍騎士三百人が控えている。
すなわちちょっとした軍勢だが、俺たちは眼靴の寺院に侵攻しようというのではない。今からヒアキントスと交渉するために「お邪魔」しようとしているのだ。
結界が破れるやポチ二号を露払いとして先頭に立たせ、気球船で寺院へ渡る――ということになっている。
気球船は浮遊石を使ったもので、エティア王が赤毛の妖精たちに五隻作らせた。
一隻に百人は乗り込めるすごい乗り物だ。
「エリクがいねえのが残念だなぁ」
胡坐姿の我が師がぶうぶう文句をたれる。
「軟弱だなぁあいつ。あーあー、早く塔のカプセルから出てこねえかなぁ」
憎まれ口を叩いているが、その目には不安と心配と……寂しさが満ちていた。
まさしく、兄を想う弟のように。
兄弟子様はアイテリオンを新次元に封じた直後、お倒れになった。
胡蝶の毒を抜くため静養していなければならないのに、六翼の女王となって無理に戦ったせいだ。
白の導師が繰り出した大精霊の息吹は相当にきついものだった。アイダさんが超弩級のバァルやノビリテを出してくれなかったら、アイテリオンを封じるのは不可能だっただろう。
俺自身もアイダさんを救うため、おのが心臓をアミーケに取り出してもらったので、完全にダウン。
二人とも鉄兜のウェシ・プトリに潜みの塔へと救急搬送してもらった。
魔人の俺はアミーケに新しい心臓をもらってすぐに復活したのだが、兄弟子様はいまだ培養カプセルに入ったままだ。容態はすこぶる……悪い。なんとか持ち直してくれることをみなが望んでいる。
「アイダってだれだー!!」
目覚める早々、俺は我が師に胸倉をつかまれて聞かれたが、思い出すなり俺の眼からは涙がじわじわ。
もうこんなむさいおっさんがあの見目麗しいアイダさんの成れの果てなんて……もう……ちょっとも正視できなかった。
なので妥協案として、我が師には今、髭をそってもらって銀髪のカツラをかぶってもらっている。
なんかもう全然違うんだけど、後ろ姿だけならなんとか見られる……ていうか、マジで変身術使ってアイダさんになって欲しいんだけど、事情を話したらにんまりされて絶対いやだと宣言された。
「俺に平手打ちしてきやがった姉ちゃんだな」
とかいって、そんな恋の成就は邪魔してやるとかわけわかんないことをいわれた。
アイダさんと魂は同一なはずなのに、別人格って……とってもややこしい。
地底に沈み込んだ新次元は、入り口を閉じられるやこの大陸から完全に消失した。
万々歳だが気になることがひとつある。
アミーケのもとに、あちらに送り込んだ鳥たちから何らかの信号が送られてきているようだ。
『どんな信号かだと? ふん、自分で考えろ、ピピ技能導師』
聞いても灰色の導師の神様はにやりとしただけ。
しかし開闢したあちらの世界の広さは、小規模な森ひとつ分ぐらいだと教えてくれた。
アイテリオンと魔人たちは何もないその中で、途方にくれている状態らしい。
『灰色の技で作られた鳥たちが破壊されぬということは、何かに利用しようとしているのかもしれぬが。あれらに魔力至上の矜持を棄てられるかどうか見ものだな』
アミーケの鳥を利用するということは、灰色の技に頼るということだ。やっきになって俺たちの技をつぶそうとしたアイテリオンにそれができるかどうか。アミーケは高みの見物をするつもりらしい。
死なない魔人たち。
ようようこちらには戻って来れないとは思うが、警戒が必要なのは事実だ。
本当に、俺の「主人」には頭が上がらない。

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- 優(まさる)
- 2016/03/12 07:09
- 終焉ですね。
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