アスパシオンの弟子 終歌1 消失の歌(中)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/03/11 09:47:46
俺たちが読んだ通り、アイテリオンがいなくなるとすべてがうまく回りだした。
メニスの里も大陸同盟も大混乱。
それを収めたのが、「アイテリオンの実子にして継承者・フラヴィオス」だ。
むろん本人はまだあどけない子供。ウサギランドを造るのに夢中で、難しいことは全くわからない。
なので周囲にいる者たち――俺と我が師とアミーケが、メニスの王権と大陸同盟盟主の継承作業を代行した。
魔人団の一部は新次元送り、そして一番こわいアリストバル護衛長たちはいまだ棺で封印されているので、メニスの里に残っている魔人はほんのひとりふたりばかり。
そして幸いなことに、突然王を失ったメニスの一般民は、ただ平穏に里でくらすことを望む者が大半だった。生まれてこのかた里から外に出たことがない者たちが多かったからだ。
ゆえに「アイテリオンの魔人である俺」が我が師と一緒にヴィオに随行し、「王位継承」を主張したら……さほど抵抗を受けずにヴィオはメニスの王として受け入れられた。
聖域にいるメイテリエが、ノミオスの双子の兄弟の即位を喜んだのはいうまでもない。
彼はメニスの里の摂政となることを承諾してくれた。ほどなく、かつてヴィオを里の外へ逃した穏健派の連中が潜伏先から戻ってきて、里の廷臣団となった。もともとメイテリエの同調者であったから、すんなりと新しいメニスの王に忠誠を誓ってくれて大団円。
しかし……赤猫剣は行方不明のままだ。誰かにひろわれて漬物石にでもなってるんだろうか。
無事でいてくれと願うばかりだ。
大陸同盟の盟主継承の方は、少しだけ苦労したがこれも見込みどおりの結果を得られた。
何しろ俺たちには大国エティアのジャルデ陛下が味方についている。彼が強力に後押ししてくれた。
「アイテリオンの実子」ということで、他の諸国も盟主継承にほとんど異論を挟まなかった。
猛反対したのは蒼鹿家と、その後見人が頂点に立っている岩窟の寺院だけ。
今までは盟主アイテリオンが蒼鹿州の宗主国たるエティアの主張をことごとく退けてきて、宗主権を名ばかりの状態にしていた。ゆえに蒼鹿家は昔どおり独立国家のごとく好き放題できたのだが、俺たちが背後についているヴィオが頭となったゆえ、それは不可能となった。
宗主国のジャルデ陛下は、アイテリオンが認めたメキドによる蒼鹿家への補償と賠償項目の見直しを主張。むろん新盟主ヴィオのもと、大陸同盟はこれをみとめた。講和は白紙にもどされ、交渉はやり直され、メキドは莫大な賠償金を支払うものの、領土の割譲請求は棄却することで落ち着いた。
ジャルデ陛下は蒼鹿家が庇護しているエリシア姫の、メキドの王位継承にも待ったをかけた。っていうか、アイテリオンに再三それはだめだと以前から訴えていたのだが、全く相手にされなかったものだ。でも新盟主ヴィオとその同盟議会はむろんすんなり主張をみとめて、蒼鹿家に勧告した。
『エリシア姫と蒼鹿家の婚姻を宗主国エティアは認めないものである。姫はメキド王国にただち帰国させるべし』
蒼鹿家への切り返しが叶ったのは、大国スメルニアがエティアと手を組んだことが最大の勝因だ。エティアの主張にことごとく、理事国スメルニアが同調してくれたのだ。
長年にわたってアイテリオンは二国が決して手を取り合わぬよう画策していたので、今まで二国の関係は最悪だった。エティア建国以来徹底して、白の導師は二国の国交樹立を妨害し続けてきたのだ。
しかしついに奴がこの世からいなくなったことにより、史上初めて、エティアの国王とスメルニア皇帝による会談が実現したのである。
そして会談が終わってみれば……なんと二人の巨頭は表向きの同盟を組むどころか「真の大親友」となっていた。
二人の友情を生み出したのは、一冊の絵本だ。
それはとある出版社から出された、桃色のウサギが活躍する話で、偶然会談室の入り口にある待合室の書棚に入っていた。エティア王ジャルデ陛下はスメルニア皇帝が来るまでそこでその絵本を懐かしげに広げていた。すると、偉そうにやってきたスメルニア皇帝が声をあげて走り寄ってきたという。
『その本は……!』
『俺、乳母に毎晩これ読んでもらって育ったんだよな』
『なに? ジャルデ陛下、それはまことか? 朕もだ』
『これでニンジン克服した』
『なに? まことか? 朕もだ!』
『このウサギ、ほんとかわいいよな。俺、十歳までこのピピちゃんのぬいぐるみ抱いて寝てたわ』
『朕もだーっ!! ジャルデ陛下! 朕はそなたを今まで誤解していたようだ。これからはその、仲良くしてくれるか?』
『おおう! そいつはとっても嬉しいぞ!』
……というわけで、あんなにお互いにどんぱち会戦して喧嘩しまくってたにもかかわらず、ジャルデ陛下とスメルニアの今上陛下はその瞬間から……「仲良しこよし」となった、らしい。
こないだちろっと赤毛の妖精たちにきいたら、ウサギの絵本は累計五百万部以上売れている超超超ベストセラーだそうだ。いまや大陸諸国のどの家庭にも一冊常備されてるレベルらしい。
ピピ、すげえ……。そりゃあ、歌も流行るよね。
追い込まれた蒼鹿家はヒアキントスの命令で、「強い神獣を保持している」とうそぶいてみたものの。エティアとスメルニアが瞬く間に同盟軍を組織。『それじゃあその神獣を見せてもらおうじゃない?』と蒼鹿州の州境に属国にして同盟理事国金獅子州の金獅子レヴツラータとスメルニアの守護獣タケミカヅチを展開したので、完全に沈黙した。
神獣はちゃんと別ルートでそれなりに手に入れていたらしいけど、レヴはともかくスメルニアのタケミカヅチっていえば大陸に大穴を開けて内海をつくった……つまりこの大陸を三日月型にしたとんでもないやつだ。帝都に封じられて一千年の牢名主を、マジで出されたらたまったもんじゃない。竜王メルドルークや六翼の女王も、はりあえるかなってぐらいだもんな。
こうして「エリシア姫」――アズハルの娘リネットはめでたく、異母弟トルナート陛下のもとへと送還された。トルは革命の時に別れたきりの彼女とひしと抱き合い、正式に王姉の称号を与えて王宮に迎えた。先方から「姫」の付き添いとして、俺たちが送り込んだ韻律使いのお婆がなにくわぬ顔でついてきたので、俺たちはもう浮かれ騒ぎたい気分だった。
この韻律使いのお婆から、俺たちはきわめて重要な情報を入手したからだ。
『蒼鹿州公は定期的に岩窟の寺院のヒアキントス様と連絡を取っておられますが、先日そのやりとりを耳にしましたのじゃ。それによれば本物のエリシア王女殿下、トルナート陛下の実の姉君は、寺院の地下の封印所に封印されておりまする』
本物のエリシア姫は革命の折に重傷を負い、基地攻撃によりカプセルごと避難している最中に行方不明となった。
拉致を支持したのはやはりアイテリオンらしい。いよいよの時の切り札としようと、岩窟の寺院へ送致していたようだ。
それにしてもなんてこった。
俺は革命が起きた年から六年間、あそこにいたのに……。
あそこの隠蔽体質はもう仕方がないんだけれども、お婆の言葉を聞いた直後はほんとにやるせなかった。
あの寺院の地下の封印所は、長老しか出入りできない。
そしてあの革命当時、ヒアキントスはまだ長老ではなかった。
ということは、他にもアイテリオンと通じていた導師がいる、ということだ。
メニスの里も大陸同盟も大混乱。
それを収めたのが、「アイテリオンの実子にして継承者・フラヴィオス」だ。
むろん本人はまだあどけない子供。ウサギランドを造るのに夢中で、難しいことは全くわからない。
なので周囲にいる者たち――俺と我が師とアミーケが、メニスの王権と大陸同盟盟主の継承作業を代行した。
魔人団の一部は新次元送り、そして一番こわいアリストバル護衛長たちはいまだ棺で封印されているので、メニスの里に残っている魔人はほんのひとりふたりばかり。
そして幸いなことに、突然王を失ったメニスの一般民は、ただ平穏に里でくらすことを望む者が大半だった。生まれてこのかた里から外に出たことがない者たちが多かったからだ。
ゆえに「アイテリオンの魔人である俺」が我が師と一緒にヴィオに随行し、「王位継承」を主張したら……さほど抵抗を受けずにヴィオはメニスの王として受け入れられた。
聖域にいるメイテリエが、ノミオスの双子の兄弟の即位を喜んだのはいうまでもない。
彼はメニスの里の摂政となることを承諾してくれた。ほどなく、かつてヴィオを里の外へ逃した穏健派の連中が潜伏先から戻ってきて、里の廷臣団となった。もともとメイテリエの同調者であったから、すんなりと新しいメニスの王に忠誠を誓ってくれて大団円。
しかし……赤猫剣は行方不明のままだ。誰かにひろわれて漬物石にでもなってるんだろうか。
無事でいてくれと願うばかりだ。
大陸同盟の盟主継承の方は、少しだけ苦労したがこれも見込みどおりの結果を得られた。
何しろ俺たちには大国エティアのジャルデ陛下が味方についている。彼が強力に後押ししてくれた。
「アイテリオンの実子」ということで、他の諸国も盟主継承にほとんど異論を挟まなかった。
猛反対したのは蒼鹿家と、その後見人が頂点に立っている岩窟の寺院だけ。
今までは盟主アイテリオンが蒼鹿州の宗主国たるエティアの主張をことごとく退けてきて、宗主権を名ばかりの状態にしていた。ゆえに蒼鹿家は昔どおり独立国家のごとく好き放題できたのだが、俺たちが背後についているヴィオが頭となったゆえ、それは不可能となった。
宗主国のジャルデ陛下は、アイテリオンが認めたメキドによる蒼鹿家への補償と賠償項目の見直しを主張。むろん新盟主ヴィオのもと、大陸同盟はこれをみとめた。講和は白紙にもどされ、交渉はやり直され、メキドは莫大な賠償金を支払うものの、領土の割譲請求は棄却することで落ち着いた。
ジャルデ陛下は蒼鹿家が庇護しているエリシア姫の、メキドの王位継承にも待ったをかけた。っていうか、アイテリオンに再三それはだめだと以前から訴えていたのだが、全く相手にされなかったものだ。でも新盟主ヴィオとその同盟議会はむろんすんなり主張をみとめて、蒼鹿家に勧告した。
『エリシア姫と蒼鹿家の婚姻を宗主国エティアは認めないものである。姫はメキド王国にただち帰国させるべし』
蒼鹿家への切り返しが叶ったのは、大国スメルニアがエティアと手を組んだことが最大の勝因だ。エティアの主張にことごとく、理事国スメルニアが同調してくれたのだ。
長年にわたってアイテリオンは二国が決して手を取り合わぬよう画策していたので、今まで二国の関係は最悪だった。エティア建国以来徹底して、白の導師は二国の国交樹立を妨害し続けてきたのだ。
しかしついに奴がこの世からいなくなったことにより、史上初めて、エティアの国王とスメルニア皇帝による会談が実現したのである。
そして会談が終わってみれば……なんと二人の巨頭は表向きの同盟を組むどころか「真の大親友」となっていた。
二人の友情を生み出したのは、一冊の絵本だ。
それはとある出版社から出された、桃色のウサギが活躍する話で、偶然会談室の入り口にある待合室の書棚に入っていた。エティア王ジャルデ陛下はスメルニア皇帝が来るまでそこでその絵本を懐かしげに広げていた。すると、偉そうにやってきたスメルニア皇帝が声をあげて走り寄ってきたという。
『その本は……!』
『俺、乳母に毎晩これ読んでもらって育ったんだよな』
『なに? ジャルデ陛下、それはまことか? 朕もだ』
『これでニンジン克服した』
『なに? まことか? 朕もだ!』
『このウサギ、ほんとかわいいよな。俺、十歳までこのピピちゃんのぬいぐるみ抱いて寝てたわ』
『朕もだーっ!! ジャルデ陛下! 朕はそなたを今まで誤解していたようだ。これからはその、仲良くしてくれるか?』
『おおう! そいつはとっても嬉しいぞ!』
……というわけで、あんなにお互いにどんぱち会戦して喧嘩しまくってたにもかかわらず、ジャルデ陛下とスメルニアの今上陛下はその瞬間から……「仲良しこよし」となった、らしい。
こないだちろっと赤毛の妖精たちにきいたら、ウサギの絵本は累計五百万部以上売れている超超超ベストセラーだそうだ。いまや大陸諸国のどの家庭にも一冊常備されてるレベルらしい。
ピピ、すげえ……。そりゃあ、歌も流行るよね。
追い込まれた蒼鹿家はヒアキントスの命令で、「強い神獣を保持している」とうそぶいてみたものの。エティアとスメルニアが瞬く間に同盟軍を組織。『それじゃあその神獣を見せてもらおうじゃない?』と蒼鹿州の州境に属国にして同盟理事国金獅子州の金獅子レヴツラータとスメルニアの守護獣タケミカヅチを展開したので、完全に沈黙した。
神獣はちゃんと別ルートでそれなりに手に入れていたらしいけど、レヴはともかくスメルニアのタケミカヅチっていえば大陸に大穴を開けて内海をつくった……つまりこの大陸を三日月型にしたとんでもないやつだ。帝都に封じられて一千年の牢名主を、マジで出されたらたまったもんじゃない。竜王メルドルークや六翼の女王も、はりあえるかなってぐらいだもんな。
こうして「エリシア姫」――アズハルの娘リネットはめでたく、異母弟トルナート陛下のもとへと送還された。トルは革命の時に別れたきりの彼女とひしと抱き合い、正式に王姉の称号を与えて王宮に迎えた。先方から「姫」の付き添いとして、俺たちが送り込んだ韻律使いのお婆がなにくわぬ顔でついてきたので、俺たちはもう浮かれ騒ぎたい気分だった。
この韻律使いのお婆から、俺たちはきわめて重要な情報を入手したからだ。
『蒼鹿州公は定期的に岩窟の寺院のヒアキントス様と連絡を取っておられますが、先日そのやりとりを耳にしましたのじゃ。それによれば本物のエリシア王女殿下、トルナート陛下の実の姉君は、寺院の地下の封印所に封印されておりまする』
本物のエリシア姫は革命の折に重傷を負い、基地攻撃によりカプセルごと避難している最中に行方不明となった。
拉致を支持したのはやはりアイテリオンらしい。いよいよの時の切り札としようと、岩窟の寺院へ送致していたようだ。
それにしてもなんてこった。
俺は革命が起きた年から六年間、あそこにいたのに……。
あそこの隠蔽体質はもう仕方がないんだけれども、お婆の言葉を聞いた直後はほんとにやるせなかった。
あの寺院の地下の封印所は、長老しか出入りできない。
そしてあの革命当時、ヒアキントスはまだ長老ではなかった。
ということは、他にもアイテリオンと通じていた導師がいる、ということだ。

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- 優(まさる)
- 2016/03/12 07:14
- まだまだ難敵がいた様ですね。
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