自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・163
- カテゴリ:自作小説
- 2016/03/15 11:15:40
【初めての死】
6階までの道のりは、過酷を極めた。
稲妻の剣があった階層は、そこから下へ降りる階段があるのみだった。降りた先で、剣のあった場所が2階と判明し、ロランが推測したように、やはり地上付近まで落ちてきたのである。
山の中腹から地上へ落下したのと同じだったが、それでも死なずに済んだのは、風のマントのおかげだった。
次々に襲ってくる魔物をかいくぐりながら、ロラン達は5階まで戻ってきた。だが、困難はそこからだった。
5階全体が落とし穴だらけの階層となっていたからだ。
ただでさえ見通しの利かない中、緊張しながら数歩進んだだけで足元が割れる。落とされる先は4階。フレイムとハーゴンの騎士がたむろする、悪夢の広間だ。
その大群から逃げつつ、ロラン達は広間の北東に5階への階段を発見した。だがその先は5階の落とし穴広間へ通じる大回廊へ戻るのだった。
6階の階段へたどり着くまで、ロラン達は何度も落とし穴にはまった。そのたびに4階の魔物達と戦い、あるいは逃げ、5階に戻っては崩れない足場を探り、また落ちた。その数は十数回以上にもおよび、3人は悲鳴もあげなくなったが、ようやく突破して6階にあがって来た時は、気力体力消耗し、顔は石のように強張っていた。全員、じっとりと無言である。
「……少し、休もう」
上りきった先は、四方を通路につながれた広間だった。魔物にとっても見通しが良すぎて休憩には向かないが、今はとにかく座りたかった。
ロランの提案に、ランドとルナはへなへなと座り込んだ。ロランも腰を下ろし、荷物から水筒を出して口に当てる。ルナが、固く焼き締めた小さなパンと乾し果物を取り出して分けた。3人は黙って、水とともに飲み下した。
長い登山と激しい戦いを予想して、立ち回りを軽くするために、食料などは切り詰めて持ってきている。緊張状態のため食欲はなかったが、食べられる時に食べておきたかった。
「行こう」
食べ終わるとすぐに、ロランは立ち上がった。鞘を持たない稲妻の剣は、ベルトを工夫してつり下げられるようにしていた。それを外し、いつでも戦えるようにする。
(あれだけあったんだから、もう落とし穴はないだろうな。……そう思いたい……)
ロランの心配は杞憂に終わった。
「ここ、上がってきたとこだよ?!」
いくつかの曲がり角を曲がって着いた場所は、5階から上がってきた広間だった。ランドが愕然とする。ルナがため息をついた。
「また無限回廊だわ……楽はさせてくれないわね。でも、落とし穴よりましかしら?」
「そうともいえないぞ。2階の無限回廊より、道が複雑になってる。どれが正しい道か、分かれ道に出るたびに判断しなきゃならない」
ロランは言い、ランドを見た。ランドは苦笑した。
「さすがにぼくも、この道順は複雑すぎて暗記できないね。紙に書きながら、正解の道順を探していこう」
ルナの掲げる杖の灯りを頼りに、ランドは紙に現在地点である四角と、それにつながる道を示す数本の線を引いた。そして3人はゆっくり歩きながら、最初に行っていない道をたどる。ランドが逐一、曲がり角や分かれ道を書き記していく。
「かなり長いな……」
周囲に気を配りながら、ロランは言った。
「また分かれ道だわ」
ルナは、やや疲れた声だ。ここに来るまでに4回も最初の地点へ戻されている。
突き当たりが二つに分かれている。誰が灯したものか、壁に三つのかがり火が燃えていた。
「さあ、どっちへ行こうか?」
焦った様子もなくランドが尋ねる。ここで間違えば、また最初の地点へ逆戻りだ。
「ロラン、あなたはどっちだと思う?」
「右……いや、左かな」
深く考えず、ロランはルナに答えた。どうせ間違う時は間違うのだから、考えても仕方がない。そうなったらまた、正しい道順を戻るしかないのだから。
ロランの勘に従って左へゆくと、また分かれ道だ。今度はまっすぐ行く道の右手に通路がある。
しかしロランはこれを無視した。よほど曲がりたい誘惑に駆られたが、あえて乗らないことが重要である。無限回廊は、方向を誤らせるだけでなく、こちらへ行ってみたいという人間の好奇心を衝いた罠でもあるからだ。
突き当たりにあった左手の通路も無視し、ロラン達は右へ曲がった。すると、少し開けた広間の先に、もう分かれ道は見当たらなかった。
「これは正解かな?」
ほっとしてランドが図を鞄にしまう。ロランもうなずいた。
「ああ。罠も、これで終わり……」
言い終わる前に、背筋がぞくっとした。ロランは即座に盾と剣を構える。ランドとルナも身構えていた。
殺気だ。――それも異質な。
前方から、金属音が聞こえてきた。何かが低くうなり、回転する音。がしゃん、がしゃんと規則的に鳴るのは足音か。
「機械兵?!」
ロランとルナは、不気味な赤い単眼を光らせて近づいてくる四つ足の物体に青ざめた。ランドを救うために世界樹の島へ赴いた時、ロランに手酷い傷を負わせた灰色の殺人機械――メタルハンターによく似ていたからだ。
しかしそれはメタルハンターよりも大きく、鮮やかな青い装甲をしていた。左腕のボウガンもさることながら、手にした湾曲刀が見るからに恐ろしい。
キラーマシン。それがこの兵器の名だった。
「侵入者アリ。タダチニ排除スル。実行コード03319」
単眼の部分から肉声とは異なる単調な音声が発せられ、赤い光が強まった。ギュンと音を立てて上半身が高速で回転し、四つ足の裏から炎が噴射した。回転する湾曲刀が殺戮の竜巻となってロラン達へ襲いかかる。
ロラン達はとっさに散ってそれをかわした。キラーマシンは着地して体勢を整えると、左手に装着されたボウガンを構えた。発射された矢にルナが狙われたが、ランドが俊足で間に入ると、はやぶさの剣を振って矢を弾く。その間にロランはキラーマシンへ突進した。
「やあああっ!」
振り上げた稲妻の剣が雷光を帯びつつキラーマシンの胸甲に叩きつけられた。ぶん、と蜂の重い羽音のような音がして、雷光が青い胸甲に走ったが、キラーマシンはびくともしない。
(硬いっ!)
ロランの腕力と稲妻の剣でも通用しない装甲があるとは。ロランは一瞬ぞっとした。
「離れて!」
ルナが叫んだ。ロランが飛びのくと、ルナがいかずちの杖から電撃を飛ばす。だがこれも、表面を滑ってキラーマシンに傷を与えなかった。うそ、とルナが青ざめた。
「魔法が効かない?!」
「ルカナン、ルカナンだよ! 守備力を下げれば剣も通るかも!」
ランドが叫んだ。そうか、とロランとルナも思い出す。メタルハンターと戦った時、ルナとその戦法で勝ったのだった。あの時は無我夢中で、ルナもロランの援護しか考えていなかった。さっき魔法を飛ばしたのは、剣が効かないなら魔法でと思ったからだ。
ルナはルカナンを唱えるべく意識を集中しようとした。だがキラーマシンは、それが自分にとって妨害だと判断したらしい。攻撃をルナに向けてくる。
「きゃあっ!」
大上段から斬りかかられて、ルナは横に跳んで逃げた。キラーマシンの剣は深々と地面を切り裂く。感情もなく体勢を戻し、無言で襲いかかってくる姿は、今までにない恐怖だった。
そこへ洞窟中に響き渡る咆哮が複数届いた。寒々しかった空間が、異様に暑くなる。
「ドラゴン?!」
キラーマシンと立ち回りながら、ロランは瞠目していた。こちらへやってくる緑色の鱗に覆われた巨体は、ロトの勇者のおとぎ話に出てくる伝説の魔物だったからだ。