アスパシオンの弟子終歌2 赦しの歌(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/03/18 17:40:52
使い魔は寺院に連れて行ってよい。
長老トリトニウスの許可を受けて、トルがおのれも小動物に変えてくれと訴えると。
「そんじゃ俺も! 俺も変身したい!」
エティア王がはいはいと手を挙げて割り込んできた。
「おいおい、俺、王様を二人も護衛できる自信ないぞ」
「固いこと言うなよ、おじい。俺様の騎士たちもみんな、ウサギだのネズミだのにすればいいだろ」
「どこの動物園だよっ」
言い合う俺たちの前に、トリトニウスがばっと片手を出す。
「つっ、使い魔は!」
出した直後に親指と小指を引っ付けて三、いや薬指も縮めて二匹まで、と叫びたかったらしいが、俺たちに一斉に睨まれた結果、しわしわの右手はそのまま固まった。
「ごっ、五匹まで!!」
俺。
トル。
ジャルデ陛下は確定。
あと二枠のうち一枠は、サクラコ妃殿下が当然の権利としてもぎとり、残り一枠をジャルデ陛下の騎士たちがじゃんけんで決めようとしたその時。
「あの、ぺぺが心配だから……」
フィリアがおずおず名乗りをあげた。
メニスの美少女よ、その気持ちは嬉しいが。君に何かあったら、俺のおそろしいご主人様が黙ってな――
「行っていいぞ」
えっ?
「私が変えてやる」
言うな否や、灰色の導師はおのが娘に変身術をかけた。
メニスの魔力の最低基準って高すぎるとつくづく思う。アミーケは黒の導師にひけをとらないぐらい韻律を使えるのに、それでも里を追い出された。
あの厳しい護衛長じいちゃんのせいらしいけど、そりゃグれて、大陸統一ぐらいやってしまうよな。
「きゅ? きゅきゅ?」
フィリアは、かわいらしいリスに変化した。つややかな茶色の毛皮。ふさふさの尻尾。大きな黒い眼。
お、おそろしくかわいい。
韻律の変身術は、前世で生きたものにしか変化できない。つまりフィリアは前世で、このかわいらしいリスとして生きていたことがあったのだ。
くりくり首を傾げるそのリスが、アミーケの手で俺の胸にぎゅうと押し付けられた。
「娘を頼むぞ・・・・・」
瞬間浮かべる、細目のほくそ笑み。
フィリアを頼む? 彼女の魂を抜いちゃった俺のことを、あんなに怒って嫌ってたくせに?
「おまえが誰かと幸せになるなど、認めぬ。わが娘を、私の代わりにおまえの主人とする」
そ、そういう意味か。
「お母様、無理強いはだめ!」
リスがあわてて、ペペは自由にしていいんだとあたふた言い出した。
魔人の俺が、フィリアに隷属する?
主人が厳しいアミーケから優しいフィリアになる?
そ、それ、すごくいいかも!
だけど俺は、フィリアの気持ちに答えることはできな――
「ぺぺ、ごめんね。私のことはほんとに気にしないで。ね?」
……。
うあああ! なにこの首傾げるリス! かっ……かわいすぎる!
うあああ! だめだめだめだめ俺、奥さんひと筋! ひと筋だからぁ!
「早く、早く俺も!」
頭をかきむしって身悶える俺を押しのけ、ジャルデ陛下が我が師に催促する。
「まあ待て、レディファーストだ」
しかし我が師はきっぱりのたまわり、サクラコさんを変身させた。
全身桃色甲冑の巨人であるサクラコさんは、なんとビロードのようにしなやかな毛皮をもつ黒豹に変化した。
うっ、美しい!!
しかしこれはちょっと獰猛すぎるとトリトニウスがダメ出ししたので、我が師はもう一度やり直し。すると今度は、美しい翡翠色の小鳥になった。
「サクラコさん、綺麗!」
トルがきらきら眼を輝かせる。鳥好きのアミーケも目を見開き、霊鳥ケツアルじゃないかと狂喜の声をあげた。聞けば、凄く珍しい種類の鳥らしい。
「次、俺! 俺!」
ジャルデ陛下がうるさいので、我が師は仕方なく、トルより先に彼を変化させた。しかし陛下が変化したものは……
みんな一斉に身をかがめてのぞきこむぐらい、ちみっと小さなものだった。
「なんだこれ?」「ちっさー」「……トカゲ?」
ばさり、とかわいらしいコウモリのような羽を打ち鳴らし、ジャルデ陛下はうはははと軽やかに笑う。
「なんだこれ? トカゲに羽ついてるぞ。飛べるんじゃないか?」
「あれえ? 実物ってこんなにちっさいの? 竜王メルドルークって」
我が師が目をすがめながら口を尖らせたとたん。
「ええ?!」「うっそ!」「ただのトカゲだろ!」「神獣じゃないだろ?!」
みんな仰天。
灰色のアミーケがひくひく口の端を引きつらせている。とても嫌そうに。
「お、お母様、このトカゲ、ほんとに……」
「何で転生してるんだ、くそトカゲ!」
……。
どうやら本物らしい。
「だってさ、ラ・レジェンデの遊戯札の、竜王の絵柄とそっくりじゃん?」
我が師の言う通り、たしかにみてくれはポチ2号とそっくりだ。
長い尾。手足には鋭く長い爪。二枚の翼。たてがみではないかと思われるほどボリュームのある背びれ。鱗輝く肌。
この姿形、たしかに竜王メルドルークだ。しかしその百分の一模型? っていうぐらい……小さい。
「おまえ大昔に、戦神の剣に魂を食われただろうが!」
「んー? わっかんねえな。前世の記憶なんてさらっさらないぞ」
アミーケに怒鳴られたちっさなトカゲは首を横に振ったが、ああそういえば、と極小の手をぽんと打った。
「そういえばさ、大鍛冶師ソートアイガスが戦神の剣を修理したときに、竜王の魂を吐き出させたって……そんな感じの話が、うちの王家に伝わる巻物に書いてあったな」
「なん……だと!」
「ガルジューナを呼ばなきゃ! 僕たちずっと竜王を探してたんだ」
トルが湖の岸辺に駆け寄り、神獣を呼ぶ。
地下に潜んでいた緑の蛇は、湖の岸辺にずるずる顔を出すや。
『ああ! ああ! メルドルーク! いとしいお方!!』
狂喜の叫びをあげてのたうった。おかげであたり一帯どこどこ揺れて、地震勃発。湖の水がざわざわ波打つ事態に。
「や、やっぱり本物ぉ?!」「手乗りサイズだったのか……」「しんじられん」
「よかったね、ガルジューナ!」
『なんという喜び! ご主人様! あなたこそ、まこと、まこと、わらわの主人!』
蛇が主人のトルを言祝ぐ。約束通りに竜王に会わせてくれたと、おいおい泣く。その口がかっぱり開き、中から小さな本体が飛び出してきた。
本体――小さくて細長い緑の蛇は、おのれと小さなトカゲをぎゅうぎゅう絞りあげた。
「ぐは! 放せえ!」
「あ、あの。あのう……」
顔面蒼白のトリトニウスが、「竜はちょっと」とダメ出しする。
しかし我が師が変身を解こうとしたら、緑の蛇は烈火のごとく怒り、ごおっと炎を吹きかけてきた。
『もう一生、放さぬ!』
あわれエティア王はがんじがらめ。大変ありがたいことに、これで留守番組となった。
「なんでだあ! ちくしょう放せ蛇!」
『照れなくてもよい。我らの仲は公認ぞ』
「照れてねえ! ぎゃああ!」
くねくね体を這わせて竜王を緊縛する蛇に背を向けて、我が師が「あー、次、次ー」と、苦笑しているトルを手招きした。
「まさかトルも神獣だったりしてね」
「はは、まさか。もしこわいものだったらやり直して、人畜無害なものにしてくださいね」
我が師が韻律を唱える。トルの体がみるみる変化する。
まばゆい光。
蒼白い氷のような色合いの空気がふわりと広がる。
清涼な色なのに、ほのかに暖かく、なんとも心地よい――
俺たちはまじまじと、変化したトルを見つめた。
しばらくの間、誰もが無言だった。
あたりは水を打ったように沈黙に支配された……

-
- 優(まさる)
- 2016/03/19 03:28
- 怖いものに変わったのかな?
-
- 違反申告