Nicotto Town



アスパシオンの弟子終歌3 秘恋歌(後編)

「お師匠さま、スメルニアの使節との会談終わりました。そろそろ帰りますよ」

ふわぁあ。
よく寝た。おっはよー、弟子。

「おはようじゃないです。マジメに会談に出てくださいよ!」

 ごめんごめん。でも優秀な赤毛ちゃんたちがみーんなやってくれちゃうからね。
 ああ、それにしても。

「うううう。ぺぺぇ……かわいそうになぁ……こんなところに封じられちゃって」
「ハヤトぉ、これ」

 お、ヴィオありがと。モフモフランド特製アロワニンジンか。

「こうしてここのウサギにエサやるのが、せめてもの供養だよなぁ」
「だよねえ。ぺぺかわいそー。きゃははははは」

 ヴィオがはねながら、そこらじゅうのウサギをなでる。
 俺の弟子も無造作に撫でられた。ここだと他のウサギと見分けつかないな。
 しかし俺の魔力をもってしても廃院の結界を破れないとは。ほんとがっかりだよ。
 「あっちの世界」ってやつで、アイテリオンは一体どんな力を得たっていうんだ?

「あれ? 今、窓のとこにだれかいたよぉ?」

 廃院の中に?
 いやいや、いるわけないだろ。だれも立ち入れないんだからさ。
 あれ? 弟子? なに硬直してんの? 口空けて。

「あ……ああ、この場面だったのか。がんばれ俺」 
「へっ?」
「いえ、まあその、ここの結界解除は気長にやりましょう。急ぐことないです。俺、必ずここから出られますから」
「そおなの?」
「ええ。それよりさっき、トルナート陛下から伝信きましたよ。朝方来たやつの続報が」

 おお!

「無事、誕生したそうです」
「どっち?」
「女の子だそうです」
「おおおお!」

 いいなぁ。新しい命の誕生だよ。お姫様か。うわぁ目尻下がっちまう。

「祝いに行かないと!」

 ウキウキして言うと、弟子はニコニコとポチ2号を呼んだ。
 ほんと弟子ったら、すんげえもの作れるようになっちゃって。感無量だわ、俺。育てた甲斐あるわぁ。

「ヴィオもいくう! ママと一緒にいくう! ウサギもぉ!」

 ウサギたちは置いていかないとだめだよ、と弟子が笑う。
 鋼の竜王が飛んで来て草むらにどずん、と降りてくるや。俺たち師弟とヴィオ親子は、さっそく長く鋭い爪が伸びた六本指に掬い取ってもらった。
 鉄兜娘が竜の背中あたりから手を振っている。

「おじいちゃん、飛び立つね!」
「おう! たのむわ」

 鋼の竜王は空高く舞い上がった。
 眼下のウサギたちはあっというまに白い粒々。
 いい気持ち。
 空は青く。青く。どこまでも青く。
 竜は西南を目指して勢いよく飛んだ。

 緑けむる、メキドへ。




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190年後
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「ふう……」
 ため息をついて本を閉じる。
 この本。「アスパシオンの弟子」のコンリ版は、武帝トルナートが男性。
 だから僕は凄く気に入っているのだけど、なかよしのゼンはメルケ版の方が好き。
 今年出版されたばかりのあの版は、武帝が女の人になってるからだ。
 うそっぱちだと言いたいけど、お父様に手紙で聞いたら、どっちだったかねえ、なんてボケをかまされた。もともと男の人として書かれてるんだから、絶対男だよね。
 あ、鐘が鳴った。
 午後当番の時間だ。
 寺院では午後になると、蒼き衣の弟子は決められた雑用をする。
 今日の僕の仕事はお洗濯。
 洗い場で弟子たちが共同部屋で使ってる寝台の敷き布を洗う。
 寒いなぁ……。
 今は冬まっさかり。 
 何度も手を止めて、ふうふう手に息を吐きながら何枚も何枚も絞る。

 ひと目見ればそれと分かりぬ
 その子がそうだと魂が気づく
 心をば焦がす恋の炎
 その身をば焦がす聖なる炎

「いい声だね」  

 あ。お師さま。
 黒い衣の御方が、回廊から歩いてこられる。

「今日は冷えるね。おや、かわいそうに。手が真っ赤だ」

 お師さまが僕の手を取ってふうふうしてくれる。
 この御方は、僕のお父さまよりお父さんらしい。
 風邪引かないかとか、怪我しないかとか、すごく心配してくれる。

「あの、瞑想は?」
「今日はすぐに済ませた。それよりさっきの歌を聞かせてくれるかな?」  

 さっきの?
 歌ってた?
 きょとんとするとお師さまは苦笑なさった。

「無意識に歌ってたのか」

 ひと目見れば……と口ずさまれて、僕はああ、とうなずいた。

「お母様が毎晩歌ってくれた歌です。子守唄でした」 
「なるほど。それで普段からよく歌ってるのか」
「お母様はお父様が大好きで大好きで。だってお父様は……」

 僕は口ごもった。
 僕のお父様はウサギです、とか。お母様がひとりじめしてます、とか。
 とても言えない。
 ため息がでる。
 ほんとお母様ったらケチなんだ。僕にはお父様をだっこさせてくれないし。
 触っちゃだめって怒る。
 僕だけのウサギを見つけなさいとか言う。
 復活した白の導師とかっていうのに狙われてるからって、僕だけ寺院に避難させられたけど。
 ほんとはお母様、僕のこと嫌いで追い払ったんじゃないかな……

「この歌、続きがあったね。灰と成り果てしその身こそ……?」
「あ、はい。肺を潰した死に子の寝床」

 お師さまにうながされて、僕は歌の後半を口ずさんだ。

 とこしえの波が両の腕 
 とわに揺れる水の揺り籠
 泣いて沈みし眠りの子
 名を失いし炎の子 

「きれいな歌詞だなぁ。節は有名なニンジン讃歌だけど」
「お、お師さま、これ僕の仕事ですからっ」

 お師さまはにこにこしながら僕の洗濯物を絞り始めた。

「とっとと済ませて、部屋であったかいものを一緒に飲もう。火鉢にあたりながらね」
「ででででも」
「かわいそうでみてられない。こんなにたくさん」

 年長の弟子にみんな押し付けられただろう? と、お師さまが少しこわい顔でぎゅうぎゅう布を引き絞る。

「まあ、私も弟子の頃はよくやられたけどな」
「お師さま……」 

 なんだか、鼻がつんとして。なぜか目がうるんでぼやけてしまった。
 するとお師さまは僕の頭を引き寄せて、ことりと胸にひっつけてくださった。

「気づくのが遅れてすまない。いじめっ子の師匠に抗議するよ」

 ぽんぽんと頭を叩かれる。

「おまえを守るのが私の務めだからな。私の――」

 名前を呼ばれると同時に。頭のてっぺんにほのかに暖かいものが落ちてきた。
 なんだろうこれ? もしかして、くち……づけ? 

「お、お師さま?」

 頭がぼわぼわと熱を帯びてくる。
 その熱が胸に降りて、とくんとくんと高鳴る。

「あの、お師さま。そ、そろそろ離れないと」
「まだ大丈夫だろう?」
「いいいいえっ、ももももう、熱いですっ」
「なにっ」

 僕はぎゅっと目をつぶってお師さまから頭を離した。
 でも。
 間に合わなかった。
 胸から、ぽうっと赤い光が燃え上がった。
 真っ赤に燃える戒めの炎。
 聖印の炎が。

「わあああ! びびびびっくりしたあ! あああ蒼い衣、焦げちゃった」
「ああああ! すまん。ほんとすまんっ」

 お師さまはがっくりその場に膝を折った。

「聖印、ほんっと不便だな! 親子のスキンシップがとれんっ」
「親子……」

 言われてほわっとうれしくなる。
 お師さまもそう思ってくれてるんだ。
 僕たちは、親子だって。
 お師さまは、もうひとりのお父さん。
 僕がずっと欲しかった、人間のお父さん……。

 それから僕はお師さまの部屋にいって、二人でサトウブナの樹蜜を飲んだ。
 お師さまの実家から送られてきたものだ。
 大木の樹液は甘くて栄養たっぷり。
 いい匂いで。とろっとして。
 とってもあったかかった。
 ほっこり幸せになった僕は、心の中で密かに願った。




 いつまでも。
 お師さまの子でいられますように。





アスパシオンの弟子 ――
了――

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2016/04/02 09:41
よいとらさま

ご高覧・コメントありがとうございます><
毎回すてきなご感想をいただき本当に励まされました。
とてもうれしかったです。
アスパはもともと某物語にでてくる歌を紐解くものだったのですが
まさかこんなに長いお話になるとは……
ここから派生するお話、たしかにたくさんありそうです。

顕現装置ノωノハヤトの主張が強ければ常に、の状態固定はむずかしそうですが……
190年の間になにがどうなったのか、こども作るまでいろいろありそうですよね;
続編めいたものも考えてみようと思います。


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2016/04/02 08:39
夏生さま

ご高覧・コメントありがとうございます><
長い物語を読み通していただいて、本当に感激です。
嬉しいお言葉いたみいります。
楽しんでいただけるものを書けるよう
これからも創作活動がんばります。
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2016/04/02 08:36
優(まさる)さま

ご高覧・コメントをありがとうございます><
長くて本当にごめんなさい;ω;
なんとか着地点までいけました。

今後は……はぐれちゃった赤猫剣や
ガルジューナさんのおしかけ女房っぷりを書けたらと思います。
お付き合い本当に本当にありがとうございました><


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2016/04/02 08:33
カラシニコフさま

ご高覧・コメントをありがとうございます><
わかりにくくてすみません;ω;

え、えっと……
アイダさんはアミーケにこっそり魔人にしてもらって
「ぺぺと永遠にラブラブ計画」を成就させました。
数世紀にわたるウサギゲット大作戦・大成功! で完結です。
(廃院の窓の陰は、時の泉に飛び込んで過去にいこうとしてたぺぺさんです)


後半部分のせつめい
190年後、外見十二、三歳くらいのボクが寺院に入ります。
ボクのお父さんはぺぺウサギ、
お母さんは純血メニスのアイダさんです^^;
二人はどうにかして子どもをつくったみたいです。
ちなみにボクはメニスの混血? なので両性です。

そして

おししょーさんはぺぺの子供であるボクがだいすきです。
だいすきすぎてボクが死んだあとに後追い自殺しますが、
それはまた別の長い長い物語です。
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2016/03/27 09:49
おはようございます♪

アスパシオンの弟子
最終回。

ついにこの日が来てしまいました。
長期間のご執筆、お疲れ様でした^^

この最終回からも外伝的なものがいくつも出てきそうな予感がして
密かに楽しみにしています^^

190年後・・・
顕現状態固定装置は無事に完成したのでしょうか^^;

楽しいお話をありがとうございました♪


アバター
2016/03/25 19:37
今晩は!

早いものですね。
楽しく拝読していましたので、「アスパシオンの弟子 ――了――」の文字に淋しさを覚えました。
本当にありがとうございます。
そして、Sianさん、長期の執筆お疲れ様でした。
新しい御作品を心からお待ち申し上げます。

m(_ _)m

アバター
2016/03/23 21:49
要約完結ですか。

この物語長かったですね。

後はこれからはどうなるかですね。
アバター
2016/03/23 21:46
え?
うーーん、ヨッパの頭じゃ誰か分からない〜。
どういうこと???(´・ω・`)
アバター
2016/03/23 18:13
「アスパシオンの弟子」完結です。
長い物語をご高覧くださり、感謝です><

※アイテリオンはしぶといですが、真に倒されるのはまた別の長い長い物語。
 倒す人は、本編中に出てきたトリオンの歴史書の記述の通りです。

※武帝の伝記には二つの版があります。
 そのひとつがこの「アスパシオンの弟子・コンリ板」です。
 もう一方のメルケ版はトルナート陛下が女の子になっています。
 地球で戦国時代の武将や世界の英雄が、ゲームやアニメになって美化されたり性別逆にされたり、
というのと同じ現象がグリーゼの世界でも起こったようです。
(メルケ板は「アスパシオンの弟子 黒の章」という題名で、
 現在試験的にカクヨムというサイトで更新しております)

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 ペペの物語、たくさんの方に様々な形で応援をいただきました。
 ながらくおつきあいくださり、
 本当に本当に、ありがとうございました><!
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