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イサの氾濫(読書感想)

イサの氾濫は、青森県出身作家の木村裕佑氏が東日本大震災の年に雑誌すばるで発表した作品である。

あの年ほど、付和雷同という言葉がぴったり合う年もなかった。
みんなで口をそろえて「頑張ろう東北」と言い、各地でひんぱんに募金活動も行われ、義捐金の額は記録的な数字になった。

イサの氾濫は、そんな世の中に一石を投じるものであった。付和雷同の中、「お前らどっかおかしいだろ!」と異を唱える作品だったのである。

大地震と津波により、多くの人々が被災し、家や家族を失った。絶対安全とうたわれていた原発で事故が起き、福島県の一部の土地が放射能に汚染されてからは、政治家の人を人と思わない言動が住民や一部国民の怒りを買った。
心無い風評や不買運動もあった。

私は佐藤愛子氏の近年の著作を読んだが、その中に、ある政治家が記者らに「放射能つけるぞ」という発言をしたことについて書かれていた。
その場のノリでふざけただけだろう、と相手側の立場で推察し、マスコミは何でも大げさに、時に主観的に書きたてると書いていた。それももっともだが、やはり政治家がすべき言動ではなく、まして被災者の立場を思えばふざけんなと言うのが私の正直な気持ちだ。

しかし与党が絶対勢力を誇っているせいで、議員の質が全体的に落ちている。
不倫、セクハラ、議会さぼってデート、漢字読めない、権力をかさにきた失言、ブログに不適切なことを書く、などなど…。
最近では、某有名人を擁立しようとしたら不倫騒動である。もちろんその人は絶対に立候補してはいけない。したらしたで、投票すんな。した人は日本潰すバカ。

ぐらいの怒りが、私を含め、大勢いると思う。
でもそうそう暴言は吐けない。そんなことを声高に言えば、攻撃を受ける可能性があるからである。
テロリスト集団に邦人2人が拘束された時、テロリストは首相を名指しで「おまえを許さない」と言い、それに恐れをなした首相の様子は忘れられない。要人警護を受けている首相ですらびびるのに、何の守りもない私たちが言論を振りかざすことに、どんなに勇気が必要か。

これからもっと与党が図に乗れば、言論統制は本当のことになってしまうだろう。
そうしたらお隣の大国のように、ネット上の書き込みは常に監視され、政府の気に障った人々は逮捕される。そんな国になってはいけない。
ここぞというタイミングで報道される、政治家や候補者の醜聞は、当人にとっては足を引っ張る嫌なものだろう。しかし、それは必要であると思う。そのマスコミが裏でどっかの政党と手を結んでいたとしても、知る権利として重要だし、国民は事前に知識を得ることができるからだ。
100パーセントクリーンな人間はこの世にいないとしても、品行方正さと真摯さは国政を預かる者にとって一番重要な資質だろう。
そして、有名人やタレントなどではなく、ちゃんと行政や法律を勉強した人がなるべき職業である。最近醜聞をさらした議員らは、どうも素人から募集したようで…。自分をえらいと思い込んでいる阿呆がそういうことになる。若すぎてもダメだ。

東北人は常に世の政府から敗北と忍従を強いられてきた蝦夷の末裔である。
長い敗北の歴史で、決して抗うことを捨てたわけではなく、過酷な環境で米を育て、耐えることで生き抜いてきた人々である。
しかし作品では、「叫べ(さがべ)」と訴える。物語の中で、主人公の妄想は古代の蝦夷人に性格がそっくりだった叔父のイサと重なり、被災地住民である同級生らが「ガンバレ東北!」と三唱することに激しく怒り、同窓会場の居酒屋を飛び出して、街の中で叫べと叫ぶのである。

妄想の中で、イサが主人公に言う。人の目を気にするな、身勝手でもいい、嫌なものは嫌と叫べ――。
ラストは迫力がある。妄想の中のテロリズム。主人公が率いる、東北全ての虐げられた人々、放射能汚染で犠牲になった動物達が東京に向かって矢を放つ。
作品全体の完成度やまとまりとしては生煮えの部分も多いが、この場面はよくぞ書いたと思った。
人の痛みに寄り添わない世の中。それがおかしいだろ、と主人公は「叫ぶ」のである。
どうせ震災や津波が起こるなら、一度国会議事堂がそうなればいいし、庶民を理解していない政治家らが同じ目に遭えばいい、そう考えるのは作者一人ではない。
これを口に出すのは勇気がいる。
最初に読んだ時は、「今さらそんな怒りをぶつけられてもなぁ…って思う人多いかもな。他には受け入れられづらい作品だろう」と感じたが、あとがきまで読んで、いや、これは読まれるべきだろう、と思い直した。

怒りや訴えは金を払って読むべきものではない、と私は思っている――1800円は高いと。小説はどんなジャンルであっても、まず娯楽ありきだからだ。
むしろ小説を通してフィクションに見立てないと、作者は自分の気持ちを伝えられないのかね?とうがった見方も出るだろう。そのくらい、この作品は事実をそのままに書いている。

でも、東京オリンピックの企画がぞくぞくと失敗、委員会などのお役所仕事がダメなところを露呈してきて、これが地金という気がした。どっかで「ざまあ」、という気持ちもあった。

作者はオリンピック開催に関して強い憤りと悲しみを感じており、その理由を「震災被害をダシにした」からと率直に書いている。
私もそう思う。何が「おもてなし」だ、とちらりと思った。作者ほど怒りはしなかったが、「あー、やるんだ…」と。

発表の後、ニコタにもオリンピック開催決定おめでとうという無邪気なブログを書いた友人がいて、その人へのコメントに「世の中が景気よくなるならいいか」と書いた自分が情けなく、書かなきゃよかったと今でも後悔している。
あの時かすめた違和感を、正直に受け止めていればよかった。

「叫べ」というのは、そういうことじゃないか。自分の気持ちに生じた、なんか違わないか?という疑問を閉ざすな、ということではないか。
でも私は当時、叫べなかったのだ。ニコタでヒロイン面した誰彼が、黄色いタンポポを植えて戻ってこない人を待ちましょうと言い出した運動を、「ばがでねが(ばかじゃないか)、家がなくなったらネットなんて悠長にできないし、死んでるかもしれないし、戻ってきた人が友達から『タンポポ植えて待ってたよ』と言われてうれしいものかぼけ。大体ネットでそんな活動してもリアルに何の利益も影響もねっつの」と本当は思っていた。
でも、「ボクはやります!」とか純真に言い放っていた当時の友人らもいて、彼らの純粋無垢な心や意気を踏みにじることはできなかったのである。

でも、万が一、またそんな事態になったら、私は「叫ぶ」。
どっかおかしいと指摘することで悪になる今の世の中だが、勇気を出そうと思う。
あと、原発の利益がないと生きていけないとのたまう市町村の首長らも目を覚ませ。
目先の金に目を取られて将来を見ていない、お前らこそ「叫べ」。

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2016/04/08 07:52
ハルさん、コメント感謝です。

前のより論点を絞って書きました。かなりきつい言い方の部分もあるけど、それくらいじゃないと伝わらないからあえて「叫び」ました。作者のおもうつぼですかな。
お褒めをありがとうございます^^

国会前で抗議活動をする人達もいますから、一概に全員が従順なとも言い切れない。まだそういうパワーが残っているんだと思えば、捨てたもんじゃないですね。それすらなくしてしまったら、与党含み笑いですよ。
私なんかはデモ活動したいと思わないけど、こうしてネットに書きこむことぐらいしかできませんからね。
でもそういう自由すら奪われるのは、恐ろしい事だと思います。

国会議事堂と東京へ矢を放つ、という場面で、作者は、東北人だけじゃなく同じ考え、気持ちの者も加われと書いています。あとで加筆したらしいんですが。
南部人、南部地方にとても愛着のある方で、全編南部弁で小説書いたりもしています。オール方言で書かれると、だいたい読む人は疎外感を受けると思うんです。生粋の南部人でなければ、読みづらいそれを、作者の自己満足ととらえがちで。
かつ、非常に生々しいことも書くので、作品全体から、裸に青草をこすりつけたような泥臭さが発せられており、さらに読み手を選ぶでしょう。私でも二度読み返すのがしんどいです。
漁師とか農業とか、そういった人々の暮らしぶりを主軸に書いたら面白いものが書ける人だと思うんですが、このイサの氾濫は、そんなに読後感がいい作品じゃないです。同時収録の「埋ずみ火」も後味が悪い。(←同郷の友に過去の傷を暴露されるんだけど本人はそれを忘れていて、かつ都会で弱者を食い物にする職業に就いており、故郷の大切さとかゴミに捨てる奴に成り果てた、そこまで人を変えてしまう東京=経済至上主義という世界、という話です)

まあ、だからぜひ読んでくださいといえないのですが、こういう作品があることで、何か人に気づきがあれば、こちらも紹介した甲斐があったなと思います。
ついでにいうと「花は咲く」も私は嫌いですし…。(しかしその曲に強い思いをこめて演技する羽生選手は尊敬する)

こちらこそ、コメントをありがとうございました。
いいねもありがたいですが、やはり言葉を頂けると励みになります。返信の余裕が心身ともにないときは閉じているんですが、なるべく開けるように努力します^^


アバター
2016/04/07 21:29
書き直されて、ますます切っ先鋭いものになりましたな!素晴らしい!
容易いことしかひとはしない。
やれることしかひとはしない。
だからこういう国に成り果てたのだと思います。
いつのまにか、文句を言いながらも従順な子羊ちゃんにされてる自分たち。情けない…
違うんじゃないか、と感じれば「叫べ」ばいいと思います。
ひとって自分が思うよりも、意外と自由で構わないんですよ。
そうでなくては。
皆、同じなわけがないもの。

ラストのテロリズム、蒼雪さんの感想を読んだだけでも迫力がありますね。
私も起こしてみたい。
最後に、このコメント欄を設けてくださってありがとう!
同じような憤りは私も持っていますと書きたかったから…



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