アスパ番外編 ほむらちゃんと私 第2話 (前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/04/08 07:08:37
赤猫剣の番外編つづきです。
主人持ち剣の矜持とは?
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ふう。おやつをくらったおかげで、01周波数発信可能になりました。
お腹が空くとなにもできなくなるんですよね、私。
この仕様はかなり不便です。
ソート様の手下のピピのところに戻ったら、ぜひそこらへんを改善してほしいと訴えることにしましょう。
バックアップ情報体からメインシステム情報体へ思考作業を移行。
電導範囲を赤鋼玉限定から全身に拡大。
周囲に風属性波動「おおなぎ」出力。
よし、浮力発生しましたね。
同時に反重力波放出。
足などなくとも……我が身はふわり。
ふふふふ、浮きましたよ。
百の機能《ヘカトンガジェット》をもつ私、ないものは所有機能で補いますともっ!
なにせ776回も機能更新されてますからねえ。ふふふふ。
即刻、ここから退避しましょう。
ここは危険です。危険度赤ランプです。
攻撃を受けて今にもつぶれそうですからね。
盾兄弟、では、ごきげんよう。
これ以上、御身たちが離されないことを祈ります。アーメン。
『ラーメン?』『なんですかその呪言は』
おっと。ようやく反応が返ってきましたよ。
ラーメンじゃなくてアーメンです。
英国紳士は、敬虔なクリスチャンなのです。
アーメンは、キリスト教という宗教の祈りの言葉でしてね。青の三の星では何億人と信者がいる一大宗教でした。
私、二代目の我が主と一緒に洗礼受けましたよ。
では盾兄弟、失礼いたします。どうかお元気で。
こうして広刃の美しい剣である私が、我が刀身が打ち出しました風に乗ってふうわりふうわり外に出ますと。
そこはどうやら、神殿であるようでした。
時は黄昏でありましょうか、あたりは薄暗く視界はかなり不良。
木組みの合掌造りの荘厳なる建物がどん、と目の前に広がっており、そこが本殿である
のは一目瞭然。社務所やら私がおりました倉庫やらが、両翼に並んでおります。
何の神を奉っているのでしょうか、正面の本殿を見あげてみますれば表象がついておらず、太陽でも月でも星でもない様子。スメルニアはこの三柱が公認の神とされているのですが、この神殿が奉っているのは公認ではないもののようです。
よもや異端でありましょうか?
弾圧などされる憂き目にあったのでしょうか?
境内には――
おっとこれは……なんとも恐ろしい光景が繰り広げられているではありませんか。
象牙の杖を掲げる、あの蒼い髪の美少女が、孤軍奮闘?
ひとり果敢に立ち構えるその周囲には、すでに累々たる骸の山。
攻めてきた者の骸はひとつもなく、犠牲者はすべて、この神殿にいた者たちのようです。みれば年配の男性ばかり。
あ、味方らしき神官服の者がひとり、境内から逃げようとしています。
あら?
え?
ちょっと、待って!
なんと、神殿の者らしきその逃亡者を、象牙の杖持つ少女がびびっと韻律で攻撃したではありませんか。
少女が何か叫んでおりますが、これはスメルニア語ですね。
翻訳機能、起動!
「おのれ逃げやるな! この期に及んで背信するとは!」
最後まで戦わぬ奴には天誅を、なのでしょうか?
「そこな軍勢、なにをしておる! 太陽神に、はようわが身を捧げよ!」
なんですと? 早く殺せ、と呼びかけているのですか?
捧げよ、とは面妖な。
攻めてきたのはスメルニアの正規軍のよう。
光り輝く銀甲冑に刻まれたるは太陽紋。太陽神の御姿を描いた御旗が、軍勢の中でいく本もはためいております。
少女がひとり生き残っていますのは、彼女が杖で防御結界を張っているわけではなく……
『ご主人さま! ご退避を!』
真っ赤な刀身のほむらさんが、少女のまん前でふんばっているからでした。
その刀身と同じ色合いで放射されている熱い波動のおかげで、軍勢が少女に近づけないでいるのです。
なかなかに強力な炎属性の波動。ほむらさんの思念の強さも出力に比例しているのでしょうか。
とある兵士がえいと槍を投げましたが、とたんにほむらさんから赤い閃光がほとばしり、くろがねの武器をじょわっと溶解。
なんという熱量。竜の鱗もとろかしそうです。
まさに、かがやくほむらのりゅうごろし。
これではさすがの私も近づけません。
そしてドーナツ状に渦巻く赤き波動の中心、安全地帯の中にいる少女は――
「そこな剣! どきやれ! 太陽神の軍勢が我を攻撃できぬっ」
困り果てているようです。
『ですがあたしがどいたら、ご主人さまが串刺しになってしまいますっ』
「それこそわが努め! 最後に象牙の杖持ちたる死の神の巫女、この我があやめられれば、この儀は完了する。殉教こそ、最高の誉れぞ」
『なにをおっしゃいます、いけません!』
「ええい剣、いいからそこをどけ! 我はいけにえ、ここで太陽神に捧げられ、死の誉れを受けるのじゃ!」
少女は剣をどけようと、いらいらと韻律を唱えて杖を振りました。
しかしその音波波動はほむらさんの炎の波動にかき消され、あとかたもなく消失。
この儀、とはまたまた面妖な。
つまりこの境内での惨事は……。
――「なにを滞っておるのだ!」
そのとき。
太陽紋の軍勢の奥から、黒衣の将官がずいと先頭に現れて、いらいらと叫びました。
「そこないけにえ! 死の神の巫女よ、なぜに抵抗する! 儀式が終わらぬではないかっ」
「も、もうしわけございません! しかしこの剣は我のものではなく、勝手に出ばってきやったのです」
『なにをおっしゃいます! 主人をお守りしないでなんとしましょうや!』
「――このように申して、勝手に我を主人とみなし、守ろうとしておるのでございます!」
つ、つまりほむらさんは、この美少女を勝手に主人認定していると?
そして美少女は本日、「儀式」によって殺される運命にあると?
巫女の少女が訴えますと、周りの兵士たちも口々にそうですそうですと同調いたしました。
しかしいけにえの儀式とは、一体……
「古式にのっとり、死の神の信徒を太陽神が駆逐して蝕の闇を祓う。その神聖なる戦を再現する儀式において、かくなる不祥事! 前代未聞なるぞ!」
黒衣の将官は怒り心頭。
なるほど、模擬戦闘の形でいけにえを殺すのですね。
蝕の儀式ということは、この天の黄昏は……ああ、日食ですか。
太陽を主神と崇めるスメルニア、太陽が隠れるのは一大事。
命のともし火を天に送って、隠れた太陽神を取り戻す――というのが儀式の概要なのでしょう。
しかし境内に折り重なるいけにえの数。ひとりやふたりじゃありませんよ。
それに武器庫らしき倉庫まで破壊するなんて、模擬といえるレベルではないような。実戦と変わらないじゃないですか。
ああでも、少女は逃げようとした味方を倒しておりましたね……。
いけにえになりたくない者を誅した、ということですか。
なんて原始的でおそろしき儀式なのでしょう。
スメルニアでは「いけにえ」が当然のように儀式化されてるって話ですが、これほどとは!
「もうしわけございませぬ! ですがこの神殿に入れられ、いけにえの巫女となりて五年、この蝕の儀が行われ華々しく死に臨むのを、我は心待ちにしておりました! それは一片の嘘いつわりもなく、我の宿願にございます!」
まっすぐなまなざしの蒼い髪の少女が、必死に弁明するまん前で。
『いけません! そんなのいけません! 死ぬなんて!』
ほむらさんは必死にふんばっていました。
おのれが主人と認めた少女を、死なせまいとして。
護る対象ですね。