自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・169
- カテゴリ:自作小説
- 2016/04/08 15:09:18
太陽はわずかに西へ向かっているが、まだ日は高い。雪は容赦なく陽光を針と化し、ロラン達の目を突く。ロランはロトの兜のまびさしを下げ、ランドはゴーグルを下ろし、ルナはフードをなるべく目深にかぶって照り返しを防ぎながら歩いた。
太陽があるせいで、寒さは歩いていると気にならなかった。むしろ軽く汗ばむほどである。
「きれいね……。世界に、こんな場所があったなんて」
どこまでも続く濃青の空と純白の景色に、切ないまなざしでルナが言った。
「そうだな……。ハーゴンが神殿を構える場所にしては、きれいすぎる」
ロランは兜のまびさしを指で押し上げ、広大な雪原の彼方を見た。
「海底洞窟やロンダルキアの洞窟に神殿があったなら、いかにもそれらしいけどな」
「そうね。でも……」
ルナは少し思いを巡らせ、考えを口にした。
「きっとこの風景が、ハーゴンの求める景色なのかもしれない」
「え?」
振り返って不思議そうな顔をするロランに、ルナも立ち止まって言った。
「ハーゴンは、もとは人間だった。ベラヌールでそれなりの地位を築いていた神官だった。そんな彼が、破戒僧のように自堕落で邪教を立ち上げたとは思えないわ。きっと、彼なりの信念に基づいて行動を起こしたのよ。自分の目的を邪魔されない場所としてここを選んだのは、このロンダルキアが、彼の思い浮かべる理想の世界に近いからなんだわ」
「ここが……ハーゴンの理想?」
ロランは、雲のほかは身動きひとつしない静寂の大地を見つめた。あまりに広く美しいここでは、自分達3人がひどくちっぽけに思えてくる。抗いがたい大きなものに挑もうとしている、本当に小さな三つだけの命。
静寂と沈黙、いかなる穢れも置かない世界を実現させるために、ハーゴンは多くの命を犠牲にしてきたのか。ロランはすぐには、憤りを感じなかった。仮にも宗教者であったハーゴンが、どれほどの苦悩を経て邪なものに手を染めたか、わずかながらわかるような気がした。
(でも、許されることじゃない……)
ロランは、ロンダルキアの洞窟地下で出会った男の話を思い出していた。
邪神に捧げる生け贄として、世界中から多くの人間が集められ、ここを歩かされていたことを。大人も子どもも、男も女も、泣きながら、あるいは狂気の笑いを上げながら、魔物の監視の中で行進させられたのだ。
わずかに芽生えていたハーゴンへの同情が、ふつふつと怒りに変わる。ロランは足元を見た。そこに人々の足跡や血と涙の跡は見当たらなかったが、苦しみ嘆くすすり泣きは、はっきりと耳の奥にこだました。
「……必ず、果たさなきゃね」
いつの間にかルナが隣に来て、ロランに言った。幻聴を聞き強張ったロランの顔が、わずかに和らぐ。ルナは自分の左手首にはめた、すり切れて色あせてしまった編み紐の腕輪を無意識になでていた。ムーンペタの町に住む小さな女の子、ミチカからもらった腕輪だ。
「みんな、それだけを待ってるんだから。そしてそのためだけに、私は――私達は生かされてる」
「……ああ」
短く、ロランはうなずいた。そのためだけに生かされている、というルナの言葉に、ずしりと胸が重くなった。
(そうだ、そのために僕達はこの世に生まれてきた……。人を超えたこの力も、そのためだけにある。それが僕らの存在する理由)
ロランはぎゅっと拳を握りしめ、ふと気づいた。ランドを振り返る。
「……どうしたんだ、ランド。さっきからずっと黙って……」
「あ……」
ロラン達から少し離れた所で、ランドは寂しそうな顔でうつむいていたが、声をかけられてようやくおもてを上げた。
「疲れたのか?」
ロランは心配になって、ランドに歩み寄った。ランドは、かすれた声で「なんでさ」と言った。
「どうして、ロランもルナもそうして落ち着いていられるんだい?」