Nicotto Town


ま、お茶でもどうぞ


自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・171

【雪の一夜】

 ランドが笑ってくれたので、ロランは少し安心した。
 ロトの剣は不用になったから譲るのではなかった。伝説の勇者の武器であり、ずっとロランの片腕となって敵を倒してきた剣である。ものいわぬ戦友が自分から離れるのは寂しかったが、ランドの力になれるのなら、惜しくはなかった。さっき話したように、はやぶさの剣では通用しない敵に備えてのこともある。
(それに……ランドならその剣を本当に使いこなせるのかもしれないな。始祖たちは、剣だけでなく魔法も使えた。ランドが一番……)
 勇者のようではないか。
 ちくりと刺した胸の痛みを、ロランはランドから目を逸らしてごまかした。いまさら嫉妬なんて、みっともない。そんなことは考えず、ここまで協力してやって来たんじゃないか。
 3人で1人。皆でそう実感したのは、思い過ごしではないはずだ。
(だったら、僕がランドの右腕になろう。ランドの剣となって、襲ってくる敵を打ち倒す)
 ロランが再びランドを見たとき、ランドは目を合わせて小さくうなずいてみせた。


(これはもらったのかな、借りたのかな?)
 ロトの剣を受け取ったとき、ランドはふと疑問に思った。ロランを見ると、どこか苦いような味を含んで笑みを作っている。ロランが決して、泣いている子どもにお菓子をあげるような気持ちでこの剣を渡したのではないと、ランドは気づいた。
 ロランが言った理由ももっともだが、自分の一部となった剣を渡すことで、ランドの悲しみを支えようとしたのだと。
(ロランはいつもそうだ)
 ランドは剣を胸に抱いていた。ずしりとした重みが、剣に降り積もった長い歴史と使命を感じさせる。
(この剣と同じだ。何も言わずに力になってくれる)
 自分のようにあれこれと悩まず、まっすぐに道を示してくれる。伝説の勇者達もそういう男だったのではないか。
 剣は自分とロランのものだ。そう思うことにした。二人で共有するのだと思えば、ロランから何かを奪ったなどと考えずに済む。
 何より、ロランがそこまでして自分を慰めようとしてくれた、その気持ちがうれしかった。
 くしゅん、とかわいい声がして振り向いたら、ルナが顔を赤くして片手で口を押さえていた。
「――ごめんなさい、男の友情に水を差しちゃって。寒くなってきたものだから……」
「男の友情って……」
 ロランも思わず頬を染める。
「……雲が出てきた」
 ランドは空を見渡した。西の方角に、大きな雲の山があった。夏の雲のように真綿が固まったようなものではない。端がぼうっとかすんでいて、色づき始めた空の色を映していた。水晶のように澄みきった空に、灰色の雲の山だけが暗い。見つめるランドの目が険しくなる。
「あれは雪を降らせる雲だ。今日はどこかでしのいだ方がいいよ」
「といっても……こんな雪原でどうするの?」
 ルナが困ってあたりを見回す。ロランも同じように周囲を見て、北側に森を認めた。
「森は魔物も潜んでいることが多いけど、風はしのげる。行こう」
 ランドとルナも異を唱えなかった。森を目指して歩き出す。
 雪雲は、じわじわと空を覆っていた。

 森の入り口付近の斜面に、ロランは小さな洞を作った。掘るものがないので、やむなくランドからロトの剣を借り、鞘ごと使ってざくざくと雪ごと穴を掘った。土まで硬く凍りついた地面にみるみる大穴ができるのを、いまさらながら、ランドとルナは目を丸くして見ていた。
 枯れ木がないので、近くの樹から枝を集め、ランドが魔法で火を燃した。生木が燃える煙の量に3人ともむせたが、次第に火は落ち着いて夕闇を照らし出した。黒々と露わになった地面に、ランドが自分の毛布を敷き、そこに3人肩寄せ合って座った。即席のほら穴は思ったより暖かかった。
 食事は、沸かしたお茶と焼き締めた木の実入りの菓子で済ませる。
「何もかもなくしちゃって……。ごめんなさい」
 荷物をドラゴンの炎に焼かれてしまったルナはしょげかえっていた。いいよ、とロランは慰める。
「ルナが無事だっただけでいいさ。それより、ここからハーゴンの神殿までどのくらいあるんだろう?」
 ランドが気を利かせて魔法の地図を鞄から取り出した。広げてすぐ、あれえと言う。
「どうした?」
「ロンダルキアの場所だけ真っ白。どうやらここは、地図の魔法を遮る強い力が働いているみたいだ」
 ランドが差し出す地図を、ロランとルナはのぞきこんだ。ランドの言うとおり、他の地域は鳥が見おろしたように克明に描かれているのに、ロンダルキアの地形だけ残して空白になっている。
「とにかく前に進むしかない、か……」
 ため息をつき、ロランは洞の壁に背を着けた。ルナも小さく息をつく。
「節約するしかないわね。神殿はきっと、台地のずっと奥にあるわ。そこまでたどり着けるように、頑張るしかないわね」
「そうだな。でも、もし無理そうなら、一度引き返そう。行き倒れたら意味がないしな」
「雪、多くなってきた……」
 たき火が浮かび上がらせる雪の粒を見て、ランドはぼんやりと言った。ロランも降りしきる雪を見つめた。
 火が爆ぜる音に、森を渡る風の音が混じる。ひょうひょうと泣くような音に、ランドがつぶやいた。
「……この音。小さいころ、誰かが泣いているような声に聞こえてね」
 土壁に寄りかかり、ランドは真っ暗な闇を見つめていた。
「誰が泣いているんだろうって、ものすごく気になって、夜中にこっそり部屋を出たんだ」
「そっか、ランドのお城は森の中にあるものね」
 ルナが微笑むと、ランドは唇だけ笑ませる。
「うん。風が強いと、森の木が騒ぐんだ。でも小さいころは、それが人の声に聞こえてさ……。誰かが助けてくれえ、助けてくれえ、って叫んでるみたいで」
「それで? 外に出て、何かわかったのか?」
 ロランが微笑んで続きをうながすと、ランドはかぶりを振って笑った。
「うん、嵐だったから、風がすごく強いなってことだけ。声の主を捜してたら、厩舎で御用になってさ。父さんにこっぴどく叱られたよ。お前はこの国の王子なんだから、軽はずみなことはするな、って――」
「そうか」
 ロランも笑った。
「僕も、海鳴りを聞いて誰かの声のように聞こえたことがあったな。誰かが助けを求めているみたいで、とても不安になった」
「どうして、そう感じたんだろうね」
 ランドの問いに、ルナが答えた。
「それは、人間だから、じゃない?」
「王族だから、じゃなく?」
 ロランが目をしばたくと、ルナは勝ち気に微笑んだ。
「そうよ。人だったら、困ってる誰かを助けたいって思うでしょ。風や海の音が悲鳴のように聞こえたから、そういう本能が働くんだわ」
「そっかあ……。そうだよね」
 ランドは納得したらしく、ほっと白い息をついた。
「誰かを助けたいって気持ちは、誰にでもあるよね……」
「そうよ。当たり前のことよ」
 ルナは笑った。
 ロランは自分の毛布を広げて、両脇にいるランドとルナの膝に掛かるようにした。
「少し眠れよ。火は、僕が見てるから」
「だめよ、交代よ」
 ルナが身を乗り出すと、ロランを挟んで向こう側のランドがのんきに笑った。ロランに肩を寄せて目を閉じる。
「こうしていれば、凍え死ぬこともなさそうだよ。みんなで眠ればいいんじゃない?」
「それもそうだな」
 ロランも笑う。もう、とルナが反論しかけたが、素直に毛布を胸元まで引き寄せた。
「私も少し眠るわ。ここに来るまでに、魔法を使いすぎて疲れたから……」
「ああ、おやすみ」
 ほどなくして、ランドとルナはロランに寄りかかって寝息をたて始めた。二人の重みを両肩に感じながら、ロランもいつしかまどろんでいた。




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