自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・178
- カテゴリ:自作小説
- 2016/05/03 22:48:55
日が落ちた。だが、ロランは淡々とした歩みをやめない。空は丸い月が克明に浮き上がっていた。ルナは何度も視界がぼやけ、意識を失いそうになった。でもロランを見失うわけにはいかなかった。気力を振りしぼって歩き続ける。
ランドを抱えたロランは、進む方角を誤っていた。正面に見えていた湖へ向かわず、西へ行こうとしたのは、正気でないからこそハーゴンの居場所を察していたからなのか。
ランドが斃れてから、ロランは一度の休憩も取らず、湖の南西に広がる山岳地帯へ踏みこんでいた。湖には中州に小さな森があり、そこで休めそうだとルナは思ったし、そう告げたのだが、ロランは無視した。右手に忌々しい呪いの剣を持って、憑かれたように西を目指そうとする。
時折、近くを徘徊する魔物の群れに遭遇したが、ロランは呪われた剣でたやすく屠った。ルナの魔法も必要ないくらい、あっさりと剣は魔物を斬り伏せた。
その剣の魔力のせいか、ロランは行動をやめようとしないのである。半ば操られているのは確かだ。
(私にも解呪の魔法が使えたらよかったのに……あの呪いの剣は、ロランを取り込もうとしているんだわ)
世の中には魔物がこしらえた禍々しい装備がある。昼間の戦いでデビルロード達が身に着けていた白骨製の鎧もその類だ。これを人間が身に着けると、魂を奪われるか、装備に憑き殺されてしまう。そして一度身に着けたら最後、装備者が死ぬまで離れない。
修行を積んだ聖職者なら、呪われた装備を砕く解呪の魔法を使えるが、今のロランを教会まで連れていくことは困難だ。
(ランド……どうして死んじゃったの?)
重い稲妻の剣を両腕に抱え、一歩一歩死ぬ思いで歩きながら、ロランの背に揺られるランドのなきがらに、ルナは責めずにはいられなかった。けれど、ランドがあの時決断してくれたからこそ、自分達は助かったことも認めずにはいられなかった。
自己犠牲呪文メガンテは、魔力をほんのわずかしか用いない。代償に術者の命を破壊力に変え、周辺の敵を全滅させる。
他に何か手段はなかったのか。そればかり考えてしまう。
ロランにベホイミを使った時点で、ランドの魔力は尽きていたのだろう。ならばそうせず、残りの魔力をすべて使ってでも、ルーラでその場から逃げることはできなかっただろうか。
(……無理だったのね。デビルロード達の放っていた異様な力場で、移動魔法を使える状態じゃなかったのかも。でも、もしかしたらルーラで逃げ切れていたのかもしれない。それより先にロランへ回復魔法を使ったのは、やっぱりランドらしいわ)
ひどく疲れているのに、頭だけが冴えて思考が止まらなかった。ランドを失った悲しみより先に、どうしてこうなったのかを考えてしまう。
(ロランが今にも死にそうに見えたから、先に回復を優先させた……。だからルーラを使う余力がなかった。そうよ、誰だって、あんな状況で数手先も考えられない。それに、ランドは、ロランが犠牲になって私達を逃がすことよりも、自分がそうなることをずっと望んでいたんだわ)
ルナの胸が、ずきりと痛む。冷たいナイフを押し込まれたかのように、痛みはしずしずと胸の奥まで突き刺さった。
(ばか、ランド……ロランをこんなに悲しませて。あなたはそれでよくても、ロランはどうするのよ……)
歩む足が限界を告げ、ルナはふっと目の前が暗くなった。
暗がりの中で、ルナは目を覚ました。寒さに全身が強張り、手足の先がずきずきと痛む。毛布をかけられていたのがまだ救いだった。
「寒い……」
懸命に両手に息を吹きかけて暖めていると、洞穴の入り口あたりで、低いロランの声がした。
「すまない。火をおこせないんだ」
「……」
月光に照らされた雪明かりに目が慣れ、ここが、山中の洞穴だと気づいた。どうやら、気を失った自分を、ロランがランドもろともここまで運んできたらしい。
ロランは鎧姿のまま、ロトの盾をはめた腕で、ランドを抱えていた。ロランと同じように座らされたランドは、とても屍とは思えなかった。体が硬直せず、生前のように柔軟さを保ってロランにもたれている。それはメガンテを使った術者への恩寵なのだろうか。
雪明かりに浮かぶロランの横顔は、憔悴しきっていた。それもそのはず、不眠不休で戦い続け、食物も口にしていないのだ。それでもハーゴンの元へ向かおうとするのは、背負った使命への義務と、命を捧げて道を開いてくれたランドへの想いからにほかならない。
破滅をもたらす呪われた剣――破壊の剣とそれを呼ぶならば、ロランは、自分への絶望と引き替えに、絶大な力を手に入れたのだった。だが力の代償に、剣が持ち主の破滅へ強く誘うのを、ロランはその二つの想いだけで戦っている。もし何の義務もなければ、とうに刃を自分の首に押し当てていたに違いない。
(そうよ。ロランはそういうひと)
ルナは悲痛に目を伏せた。過去――ランドがハーゴンの呪いに倒れた時も、もしランドが呪いに負けて命を落とすことがあれば、自分も消える、と話していた。ロランにはそんな弱さがあった。
ルナは、その弱さを少し好もしく思い、同時に、いつかこうなるのではと心配していた。
ロランがランドという支えを失う最悪の状況は避けたかったのに。
現実は残酷だ。いつも、いつも……。
(力がないというのなら、私だって同じよ)
ムーンブルク城がなすすべもなく、悪魔神官デモニスの召喚した魔物の群れに滅ぼされた日を、ありありと思い出す。
ルナは膝を抱え、毛布をかぶって顔を伏せた。今のロランには、涙を見られたくなかった。