自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・182
- カテゴリ:自作小説
- 2016/05/16 23:42:18
【天意の祠】
温かいスープの香りがした。ルナはぼんやりと天井を見上げる。
ふかふかのベッドに寝ていた。白い石でできた天井には、色とりどりの花の絵が描かれている。
(私……あの時……)
「お目覚めになりましたか」
ふわりと風がなでるような、清楚な声がした。びくりとしてルナは体を起こそうとする。ベッドの側に椅子を置いて腰かけた青い衣の尼僧は、優しく微笑んで起きるのを手伝った。ベッドの背もたれに枕を重ねてルナの体を支える。
「あなたは? それにここは?」
ロランとランドは、と立て続けに尋ねようとしたルナへ、尼僧は枕元の小さなテーブルに置いていた鍋からスープを皿によそった。
「まずは、お食事を召しあがってくださいませ。その間に、少しずつお話しいたしますわ」
尼僧は、マリアンヌと名乗った。
ロラン達と目指していた湖に浮かぶ島の中央に、遙か昔から立つ祠がある。そこに、倒れていたロラン達をルーラで運び入れたのだとマリアンヌは言った。
「わたくしと父ジェリコは、十数年前にハーゴンとともにロンダルキアを目指した、ベラヌール法王庁に仕える神官でした」
ハーゴンは、神聖都市ベラヌールの法王庁で、神官として仕えていた。若くして魔法や格闘技の才を発揮し、これまでにない若さで大神官の地位まで上りつめ、さまざまな特権も与えられていたという。
「その特権とは、過去に存在した魔法や旅の扉の研究をすることでした」
今から千年以上も昔、勇者ロトの時代には、魔法技術が栄えていた。攻撃から回復、移動、果てはもの探しまで。道具や装備品もまた、魔法の恩恵を受けて発達していた。
だが、時代が進むにつれてそれらは失われていった。技術を継承する者が減るのは、伝統を受け継ぐ熱意がない、という問題ではない。
世代を超えて生まれる人々の、魔法を使う力が弱くなっているためだ。ハーゴンがそれに気づいた。
このままでは、世界から魔法という素晴らしい力が失われ、人間は無能になってしまう。ただ生きるために生き、死んでゆくのは獣と変わらないとハーゴンは憂えた。
そこでハーゴンは、人間が魔法力を受け継ぐのは遺伝によるものかどうかを調べ始めた。彼の考えに賛同する者達も一緒に研究を続けた。
しかし、魔法力の遺伝の秘密を明かすことはできなかった。ハーゴンは、人間が魔法力を受け継ぐのは、親に関係があるのではないと考えた。強い魔道士の両親でも、子どもがまったく才を持たずに生まれてくることも多かったからである。
血筋と教育が関係ないのなら、根本的な原因はこの世界にある。ハーゴンは歴史をひもとき、100年前に悪の化身竜王が、ラダトーム城の至宝である光の玉を奪ったことに着目した。光の玉は行方知れずとなっている。これも探索したが、見つけられなかった。
魔法の弱体化は最近始まったことではない。ロトの時代から徐々に衰退している。森羅万象を守るという光の玉は、その時代から力を弱めていたのかもしれない。
「もはやこの世界は退化の一途をたどっている。人間はやがて無能となり、獣同然になって滅びるであろう、とハーゴンは結論づけました」
その意見を真剣に考えた者は、ベラヌール法王庁にはほとんどいなかった。ハーゴンと研究をした聖職者達のみが、彼の唱える説を信じていた。
やがてハーゴンは、この世界を崩壊させ、新たな世界を創造することしか人類に救済はないと唱えだした。
「そこでハーゴンは、天の神ではなく魔界に鎮座する破壊神へ祈りを捧げるようになったのです。それまで、我らの崇める天の摂理の神へ祈っていましたが、何も応えてくださらなかったと憎しみさえ抱いて」
破壊神はすぐに応えた。そして、邪神の像を持ち、ロンダルキアの頂へと登れと伝えた。それは巨人と大猿、牛頭の悪魔の姿をしていたという。
「ハーゴンが通じたのは破壊神のしもべにすぎませんでした。破壊神は闇に属するものとはいえ、仮にも神。人間へ直接言葉で語りかけることはしません。それは、天の神も同じです」
だがハーゴンはこれを信じ、破壊神を崇める邪教を立ち上げた。そして、信者として後をついてきた聖職者らとともに、海底の洞窟へ旅して邪神の像を得ると、ロンダルキアのふもとへ向かったのである。
「私と父は、当時のベラヌール法王から密命を受け、命を賭してハーゴンの狙いを突き止め、そして抹殺するために信者を装って同行していました。そして長い旅の末、この祠の近くまでたどり着いたのです」
この祠は誰が建てたのか不明だが、世界で唯一、天の神の意思が降り注ぐ一点であった。
その神聖な気配に、破壊神の神殿を築くため旅をしていたハーゴンが気づいた。だがあまりにか細い気配だったため、自らの目的に支障はないと素通りしようとしたのだ。
「わたくしと父は、今しかないと思いました。わずかでも天の神の意思が我らに味方してくれるかもしれない、その希望に懸けて、剣を抜いて戦いを挑みました」
しかしハーゴンは破壊神と契約を結んだことにより、常人を超える肉体と能力を身につけていた。あえなく返り討ちに遭った父娘は、祠の前に打ち捨てられた。
「犬死にをしたと思いました……。これでハーゴンを止めることはできなくなったのです。父も無念を抱えていました。虫の息だった私達は、ひたすら神に祈りました」
すると、奇跡が起きた。天から一条の光が降り、二人を癒したのである。
光は同時に、この祠の主となるよう意思を伝えてきた。言葉ではなく直感で、父と娘は、やがて来るべき勇者達を助けるよう役目を担わされたと理解した。
「それからは年も取らず、ここでずっと、勇者ロトの子孫であるあなた方をお待ちしておりました」
ハーゴンが召喚した悪霊の神々は、現世に体を持って存在できる代わりに、神殿を守るよう契約で縛りつけられている。
マリアンヌとジェリコもまた、天の神によってかりそめの命を預かっているだけなのだ。
「天の神には、何もかもお見通しなのでしょうね。役目を終えたら、私達もいずれ、ここから消えることでしょう」
ルナがスープを飲み終わったところで、マリアンヌは奥へとうながした。