Nicotto Town



自作5月 晴れ・夢 「ありがとう」(前編)


 あは。くすぐったい。
 これはなんの音? むずむずしちゃう。
 音がはじけて、くるくるまわってる。
 つんつんほっぺたをつつかれてるかんじ。
 どうしよう。どうしよう。
 手足がかってに動きそう。きらきらしそう。
 わたしが、ちゃんとわたしだった時みたいに。


 ちきちき鳴りながら光るくすぶり。ちかちかまばゆい真っ白な炎。
 それがわたしだったのは、おぼろげにおぼえてる。
 何にもない空間、というわけじゃなく。
 あたりはうすぼんやりと暗くて寒く。
 まどろんでいるという自覚もなしに飛んでいたのに。
 どうしてかわたしは、とらえられてしまったの。
 ぐるぐるまわる大きなまあるいかたまりの、見えない力につかまったの。
 だれかに腕をつかまれたわけでもないのに、ひっぱられたの。
 ううん。もしかしたら。
 だれかは、だれかだったのかも。
 おいでっていう言葉はきこえなかったけれど。そのだれかに、のぞまれたのかもしれない。
 だから、この大地に落ちてしまったのかもしれない。
 オオカミのママが毎晩星に祈って、幸せがやってきますようにって、願いをかけていたように。
 だれかが、わたしにあえますようにって、願ったのかもしれない。
 紫色の海。黄金色の大地。なんてきれいなところなんだろうと思ったわ。
 あんまりいきおいよく落ちすぎたから、かなりめりこんじゃって、大きな大きな穴をあけてしまったわ。
 でもわたしはとても小さくて、たぶん、穴の百分の一……ううん、きっと二百分の一ぐらい。
 みあげたら天は青くて。少ししたら真っ赤になって。ぴかぴか銀色のつぶつぶがいっぱいのまっ黒くろすけになって。また赤くなって。青くなった。
 空の色がくるくる変わるのが、とってもおもしろかったわ。
 天は色が変わるだけじゃなくて、泣いたり怒ったり。
 泣くときは、白いおひげがまっくろになるの。
 起こるときは、光るひび割れが走ってとってもまぶしいの。
 いったいどのぐらい、そこにめりこんだまま空を見ていたのかしら。
 あたりに緑色で動かないものがにょきにょき生えてきて、わたしを覆い隠すぐらいになったから、たぶんすごくすごく、時間がたったんだろうと思う。
 そんなある日、細長い首の動物にのった、毛むくじゃらの生き物がやってきて、私を拾い上げて。

「これがわがマオ族の……聖なるへその石か」

 きれいな布にくるんで、だっこしてくれたの。

「なんと美しい。よい刀身ができそうだ」

 その生き物は、キラキラした金色の瞳でわたしに微笑んだ。
 とてもふしぎな目の生き物だった。縦に長く黒い線が入ってるような、きれいなきれいな目。すいこまれそう。
 わたしはそのまま、その生き物に連れ去られるところだった。
 でも、綺麗な目のその生き物と同じ、全身毛むくじゃらの生き物がわらわら寄ってきて、持っていくなとすごく怒ったの。
 今まで影も形も見せなかった彼らにわたしはびっくり。
 でもその生き物たちにとってわたしは、聖なるものだと思われていたみたい。
 神聖なものだから、だれも近づいてはいけないとされていたのね。
 きれいな目の生き物は、とても残念そうにわたしを置いていった。
 私はまたそこで、のんびり天を眺める生活を送った。
 そこでいつまでも飽きることなく、また時間がすぎていくのだと思っていたら。
 ある日……わたしはこっそり盗みだされてしまった。
 盗んだのは、わたしをだっこしてくれた、あのきれいな目の生き物ではなくて。
 毛が頭の部分にしかなくて、手足が細くて、とても目つきが悪い変な生き物。

「みつけたぞ。これぞ捜し求めていた精霊……」

 ヒト、というその生き物は目玉をぎらぎらさせていた。
 今にもとって喰われそうで、こわくてたまらなかったのを、おぼえてる……。

「魔尾族に崇められ、ほどよくこなれて育っている御魂。くくく。これならば、我が家の守護精霊に
勝てよう……!」

 待って。
 わたし、ここをはなれたくないの。

「いや、一緒に来てもらう。おまえは我と契約し、守護霊となるのだ」

 わたしの声がわかるその生き物は、大きな袋に私を入れて連れ去った。
 はなれたくないのに。
 ここからうごきたくないのに。
 わたしはそのヒトの強大な魔法の力で、自分の体からはがされて、白い肌のヒトの子供の中に入れられた。
 銀色の光り輝く私の体は、こわいヒトの手で、遠くへやられてしまった。
 私の体は高く売れたと、そのヒトはほくそえんでいた。
 闇市とかいうものに、売り飛ばしたと。
 なんてこわいの。
 ヒト、という生き物は。
 なんておそろしいことをするの……
 黒い服の怖いヒトは、私が入っている白い肌の子を大きな建物に連れていった。
 そして御魂だけになったわたしは……
 わたしは……

 ああ。くすぐったい。
 なんの音? むずむずしちゃう。
 音がはじけて、くるくるまわってる。
 どうしよう。どうしよう。
 手足がかってに動きそう。きらきらしそう。
 わたしが、ちゃんとわたしだった時みたいに。

『カーリン!』

 音にまじって、だれかが呼んでる声がする。
 たしかそれは――わたしのなまえ。

『カーリン!』

 だれが呼んでいるの?
 オオカミのママ? 赤毛のパパ?
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。
 でも本当は、ちがうの。
 こわい顔のヒトは、白い肌の子に宿ったわたしを別の名前で呼んでいた。
 もう思い出せないけれどちがう名前で……

――! 

 え? いま、なんて?

――!
――!

 ああ、その名前は……
 そこにいるのは……

「たすけられなかったのは仕方ない。おまえは小さな小さな赤子だった」

 輝く光の塊。
 もしかして、これは。このひとたちは……。

「あなたのせいじゃ、ないわ」

 にっこり微笑むようにゆれる、もうひとつの光。
 二つ並んで寄り添っている。
 もしかして、この人たちは……
 でも。
 わたし。
 その気になればきっと…… 
 あなたたちを、たすけられたのよ。
 わたし、守ってあげなかった。
 体から引き離されたのが哀しくて、怒っていたから。
 救ってあげなかった。

「悪いことをしたのだから、当然だ」
「そうよ。ごめんね。ゆるしてね。でも私たちは、あなたのおかげで……」

 二つの光が、手をさしのべてくる。

「幸福をみつけた」「幸せになれたのよ」

 ふたつの光が一緒にささやく。

「「ありがとう」」


 

「しかしあれは凄い音だったけど」
「剣が出す騒音が特にひどかったわよね」

 あ……
 赤毛のパパ。オオカミのママ。
 わたし、うたたねしてた?
 また、闇の繭から出たときのことを夢に見てたみたい。
 二つ並んだ光の塊。たぶん今も、見守ってくれてる美しい光を。
 めざめてからというもの、眠るたびに二人の姿を夢に見る。
 わたしが、見たいから。

『ありがとう』

 あのとき言われた言葉を、思い出したいから。
 思い出すと。
 こころがほっこり、あたたかくなる……。

「時計の音が鳴りだしたとたんに現れたあれは……」
「ああ、二つの光の玉?」

 パパがわたしをのぞきこんでる。ママがわたしをだっこして、頭を撫でてる。

「きっとあの光の玉は……」
「そうね。わたしもまちがいないと思うわ。時計の音が、天から呼んでくれたのだと思う」

「うん。きっと、うるさい音でこの子を目覚めさせたってわけじゃないよな。なんか不思議な時計だ」

 ここは……森じゃない。
 がらがらと音を立てているのは、車輪の音。わたしたちは、馬車に乗っている。
 赤毛のパパが、きれいな懐中時計のふたをカチャリとあけて眺めてる。

「秘秘(ぴぴ)式7403……数字は年号ですよね? ピピってのが、技師様の名前か」
――「そ。俺の名前。な? 時計、役に立ったろー?」



アバター
2016/06/02 21:07
これからどこに向かって行くのでしょうか?
アバター
2016/05/26 19:52
役に立った様ですね。




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