Nicotto Town



自作5月 晴れ・夢 「ありがとう」(中編)


 


 パパの隣には、真っ白なウサギさんが座ってる。
 なんだか凄く、疲れてる感じ。でも、かわいい。
 このウサギさんは、わたしたちを迎えに森にやって来たの。

「はい、ありがとうございます。でもなんだか、本当にすみません。その……蛇の王妃さまが、塔をぼろぼろにするなんて、その……」
「あの蛇のお妃様ったらさぁ、塔ごとぎゅうっぎゅう絞り上げるもんだから、まいっちゃったよ」

 赤毛のパパはぶるぶる身震い。お顔がまっさお。
 白いウサギさんは腕組みしてどでんと席にすわって、ジト目でパパをにらんでる。

「修理費膨大だよー? そんでエティア王家に損害賠償請求したら、これだよ。お金ないから人的保障でまかなうって、なんだよそれ」
「まあその……いちおう僕は、エティア王に忠誠を誓う銀枝騎士団に雇われてる料理人なので、たしかに大もとの雇い主っていえば、エティア王その方であられますから……」
「金棒十本に値する、宮廷料理人並の腕を持つ料理人ってほんとかー? まぁたしかに、こないだの洋ナシのコンポートは超絶うまかったけどさ」

 ウサギさんはばりばりと長い耳の間のもっふり頭をかいて、馬車の窓をちらり。
 そこには馬に乗ってる、銀枝の騎士さまたちの姿がある。
 わたしはにっこりして手を振った。
 団長さんが、手を振り返してくれる。副団長さんも。ミハイルさんやメルカトさん、ゲオルグさんも。みんな、なんて優しいんだろう。だいすき!
 わうわう、と犬のような鳴き声も聞こえる。オオカミたち。わたしの家族だ。
 わたしたちは、みんな一緒に森から移動してる。

「ついでに塔の修理用人夫も貸してくれたから、まあいいっちゃいいけどー? そんで? 折れた剣の残がいってそれか。なんかそいつ、どっかでみたことあるなぁ」

 ウサギさんが片目をすがめて、パパの胸に下がってる赤い宝石をながめる。
 炎をかき集めたような輝き。その石から、ジジ……とくすぶった音がした。

「はい。できればまた元通り剣にしたいと思っていて……あの、それが剣本人の望みなもんですから」
「まあ、めっちゃ簡単すぎる作業だから、弟子にやらせるよ。でも修理費はしっかりとるぜ? 刀身を性能いいもので作り直すとなると、材料は隕鉄あたりになるな。めっさ高価になるがそれでいいかい? 無給で三年奉公って話だけど、もう一年上乗せするかねえ?」
「は、はぁ……仕方ないです。僕は食うに困らなければいいので、オオカミたちの面倒も見ていただければ、何も文句はありません」
「ふむぅ。じゃあ、オオカミたちはうちの警備団にでもするかな。でもなぁ、正直、専属料理人雇ってもなぁ。おまえがおれの奥さんのニンジン粥を超えられるものを作れるとは、到底思えな……」

 赤毛のパパが両手でかかえあげるようにして、ははーっと差し出したオレンジ色のマシュマロを、ウサギさんが口にいれる。
 そのとたん。
 ほわぁとウサギさんの顔が……とろけちゃった。

「ふひぃ……なにこれー。うまいわー」

 そうして。
 とろんとろんのウサギさんは、ほんわかとした貌でパパに手をさしだしたの。
 あまいあまい声を出して、まるで酔っ払ったみたいに。

「もーいっこ、くれえ!」



わたしたちはそれからほどなく、木や草がいっぱい生えた、でも半分ぐらい崩れている塔についたんだけど。
 それはなんと、エティアの王様の宮殿のお隣にあって、赤毛のパパはとってもびっくりしてた。

「な、なんでここに?! 前は遠い異国の森の中にあったのに……」
「いやぁ、このツルギ塔、自走機能あるから。ていうか、蛇に巻かれてさ、中にたてこもる陛下ごと強制的に連れてこられたっていうか……おーい騎士団のおっさんたちぃ、さっそく修理開始してくれー」

 ウサギさんはぴょんぴょん跳ね飛びながら、団長さんたちに指示をとばすと、赤い宝石をもって塔の中に入っていった。
 なんて奇妙な塔。パパとママと一緒に、ウサギさんを追って中に入って見れば、そこかしこに色とりどりのスカートをはいた赤毛の女の子がいっぱい。
 みんなニコニコで、いらっしゃいって歓迎してくれた。
 わたしと同い年ぐらいの子もいる。
 パパは、家族三人で住む素敵なお部屋をウサギさんからもらった。
 朝と晩に金属の鳥たちが飛びこんできて、おはようとお休みを歌いにきてくれる部屋。もうびっくり。これから楽しく過ごせそう。
 それに……。

「剣は鍛冶場で直す。現場を見学していいぞ」

 塔の一階。真っ赤な炉が燃える鍛冶場で、パパの剣はさっそく修理された。
 そこには毛むくじゃらの猫みたいな顔をした人がいて、その人が一所懸命、剣の刀身を打ってくれた。
 なんだか……どこかで会ったおぼえがある。
 どこ? どこでだったかしら? 
 きれいな金色の目。
 とても真剣なまなざしで、輝く銀色の塊を金鎚で打っている。

 あらっ? この石みたいなものは――




 キン。キン。
 小気味よい金鎚の音が響く。
 塔にきてからというもの、わたしは鍛冶場にひっつき虫。
 猫みたいな毛むくじゃらの技師さんと、その人がキンキン打ってる金属をずうっと、ずうっと、ながめてる。

「おもしろいかい?」

 金色の瞳の技師さんにきかれるたびに、だまってこくりとうなずくけれど。
 ほんとは、鍛冶の技に興味があるわけじゃない。
 わたしは、「そこ」から離れられなかった。
 汗をぐっしょりかきながら、きれいな目の技師さんは、何度も何度も鎚をふりおろす。銀色の塊を炉に入れて真っ赤にしてから、何度も何度も、叩いてる……

「いい金属を使っているからね。きっと切れ味は抜群になるよ」
「それ、お空からふってきた石でしょ」

 わたしがいうと、「そうだよ、よくわかったね」と、猫の顔のその人はにっこりした。

「前からずっと欲しかった材質でね。故郷の聖地で崇められてたものだったからあきらめていたんだが、つい先日、競売に出てきてびっくりしたよ。ずいぶんあちこち観賞用の石としてたらいまわしにされてたみたいだったけど、お師匠様を説得して、なんとか手に入れてもらったんだ」
「だよなぁ、その韻鉄すっごく高かったわ」

 白いウサギさんがひょい、と作業台に乗ってくる。

「そんでネコメくんの故郷に返してやろうとおもったら、人の手にわたりすぎていろんな人の手垢ついてるもんで、もう聖なるものとはみなせないからもういらんって、先方に断られちゃって。返還してめっちゃお礼されてウハウハになるっていう計画が、パーになったんだよな」
「ほんとすみません」
「いやいや、技師的にはいい材料だからさ、損はしてないよ」
「あの、師匠、この刀身どうでしょうか」
「いいんじゃない? このどこまでもまっすぐなフォルム、見事だね。長さはあの赤毛の兄ちゃんに合わせて、もうちょい切った方がいいな」
「長すぎましたか」
「ネコメくんは背が高いもんねえ。これ、自分の身長にあわせたでしょ」
「すみません。そういえば持ち主はもっと背が低いですね」

 背の高いネコメさんは、ちんちくりんのウサギさんに申し訳なさそうに頭をさげた。
 さっそく銀色の刀身を短く打ち落として、先っぽを打ち直す。

「いい音だなぁ」

 きん、きん、という金鎚の音を聞いて、ウサギさんがうっとりする。








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2016/06/02 21:14
途中の件で「信長のシェフ」思い出しました^^
アバター
2016/05/26 19:58
刀を直して元の刀剣に戻るのですね。




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