自作6月夏至・恋人 エクステル(前編)
- カテゴリ:自作小説
- 2016/06/29 23:19:15
ウサギ技師の塔という新たな就職先で、
剣の修理を依頼した食堂のおばちゃん代理でしたが……
「エクステル――創砥式7305――」
今日ネコメさんが剣が直ったと知らせてくれた。
工房に行ってみたらなんともまあすらっとした長身の剣になっている。
黄金の狼姿の牙王が、よくやったといいたげにネコメさんを称える遠吠えをした。
真っ赤な赤鋼玉で黄金竜をかたどった柄が実に見事だ。
でも刀身が見事によみがえったのでもうリュックには入らない。
しばらくは、自分の寝台のそばに置いておくことにした。
「そういえば明日は夏至ですね」
「あ、そうだった。やっぱりエティアの中央部でも、柱たてるのかな?」
北の辺境のうちの村では、夏至柱を立ててその周りをぐるぐる踊る。
ジャガイモや魚の塩漬けなど、ご馳走も食べる。
ネコメさんは猫の姿のマオ族なので、エティアの習慣はよくわからないんじゃないかと思ったら。
「王宮前広場で立派なのを毎年建てますよ」
屋台もいっぱい出されるそうだ。
カーリンと牙王を連れて行ってみようか。
それにしても。
修理された剣はまだ眠っているのか、全く反応が無い。
いつもならべらべらのべつまくなし、精神波で喋ってくるのに。
「いや、そんなそぶりは全然」
ネコメさんに聞いてみたら、声などひとことも聞こえないという。
でも赤鋼玉には傷はなさそうだから、しばらく様子をみることにした。
祭りを楽しみにしながら娘と暫定の狼奥さんが隣の寝台で寝入ったあと。
俺は夏至の日に出すご馳走のレシピを考えながら眠りに沈んだ。
まさか変な夢を見るとは思わずに――。
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白綿蟲が舞っている。ふわふわふわふわ舞っている。
夏の始めに、雪のように降ってくる虫だ。
今日は夏至だと、母が言う。
街で祭りがあるんだと。たらいでごしごし洗濯する手をとめて、私の頭をそうっと撫でながら。
「父さんが連れてってくれるよ。晴れ着を着てお行き」
洗濯物を干した後。家の中に呼ばれて手渡されたものは、いつもの晴れ着と違った。
襟にも裾にもびっしり花模様の刺繍がしてあって、中に着るブラウスは真っ白でおろしたて。袖にボビンで編んだレースがついている。白い被り物には大きなリボンがついていて、フェルトの靴にも、刺繍がびっしり。
まるで花嫁衣裳――。
「食べていきなさい」
夏至の祭りは夜にやるからと、早めの晩御飯を出された。
いつもはパンだけなのに、母はチーズをとろとろに溶かして麦と炊いたシチューを食べさせてくれた。
貧しい我が家では、チーズやお肉は、父だけが食べられるものだのに。
それが母の精一杯のたむけだったことは、父さんに連れられて街へ入る前にうすうす気づいた。
小さな弟や妹たちは母と一緒に家で留守番だったし。父はひとことも喋らず黙りこくっていたから。
それでも街へいけるのがうれしくて、道端で小さな花をつんだ。
夏至のお祭りには、広場に柱が立つ。みんな願いごとをしながら、その柱に飾りをつけると知っていたからだ。
街の広場はものすごい人だかり。街の人だけでなく、近隣の村からもたくさん人がやってきていた。
広場の中央に立てられている柱は、針金で飾り杖のようにかたどられた、せいたかのっぽ。花がいっぱいつけられていてとてもきれい。
楽団の演奏がどこからか聴こえていて。年頃の若者や少女たちがぐるぐる柱のまわりで踊っている。
「おまえも踊っておいで」と、父さんはひとこと言い残して酒場に消えた。
私は道端でつんだ花を柱に飾った。名も知らない小さな花だ。
薔薇やガーベラに比べたらひどくみすぼらしいけれど、街の人たちのように花屋さんから買うお金が無いから仕方ない。
これで家族みんなの健康や幸せを祈るなんて、虫がよすぎるだろうかと、手を合わせて拝むのをちょっと躊躇した。踊りの輪の中に入ろうかどうしようかと、広場のはしっこでぼうっと踊りを眺めていたら。
知らない人に肩を叩かれた。
「マキウの娘ってあんたかい?」
振り向けば、ものすごくお酒臭い人の後ろで父がうなだれていた。
「まあ、顔はかわいい部類だな。名は?」
「……」
「あー、呼び名だけでいいぜ。俺は持ち主にならねえ。仲買するだけだからな」
「赤猫……」
「よし、銀三本出そう」
お酒臭い人に腕をつかまれ、私は広場から連れ出された。
「すまねえ赤猫」
うつむく父の言葉を背に。
こうして私は人買いに売られた。
同じぐらいの年の娘が、自分の結婚相手を見つける日に。
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「ふわ?!」
思わず驚いて俺は飛び起きた。
何だろう今の夢は。
自分が年端も行かない女の子になった夢とか、違和感ありすぎる。
しかも妙に現実感たっぷりだ。
首をかいて寝台の周りを見渡すと、そばに立てかけている剣の赤鋼玉がぴかぴか光っている。
だが話しかけてこないから、剣の意識が目覚めた……わけではなさそうだ。
首をかしげながら俺はばふんと、寝台に実を沈めた。
とたんにまた、変な夢が始まった……。
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ここ数年、近隣で子供が多い家では次々と年上の女の子が突然いなくなっていた。
母は決まってこう言った。「お嫁にいったのよ」と。
でも本当は、そうではないのだろう。
たぶんみんな、私と同じ。
村は飢饉続きで、うちは小作農。やっとできた麦は、ごっそり領主様にとられてしまう。
だから父は一年の半分は、塩取りの出稼ぎに行っていた。
ご飯は一日二回なんとか食べられたけれど、肉を食べていい父とは違って、私たちはいつも、パンと水だけだった。
だから酒臭い人に放り込まれた「お店」で、牛乳や卵や果物が食事に出されたとき。
「これ……食べていいんですか?」
私は目をまんまるくしてとてもびっくりした。
「もちろんよ。それはあなたの分」
その「お店」はとても羽振りがよくて、女将はとても面倒見のよい人。使用人にもおなかいっぱい食べさせてくれた。
はじめのうち、私はそこで下働きをするだけでよかった。
「お店」で働く女の人たちの衣類を洗い。食器を洗い。敷布やかけ布を、毎日何枚も何枚も洗う。
時々血がついている布を見つけてどきりとしたけれど、それがなんなのかはこわくて誰にも聞けなかった。ここで十分食べていけるから、そのことにはわざと目をつぶった。
女将は旦那様と「お店」の経営のことでしょっちゅう言い争っていた。
意味が分からない言葉が多くて何を言っているのかさっぱりだったけれど、「お店」で働く女の人たちを守ろうとしている雰囲気が、なんとなく感じられた。
でも女将は、しばらくして病気で亡くなってしまった。
旦那様が毒を飲ませたのよ、という噂が店内でひそひそ囁かれて、とてもこわかった。
それは、あながち嘘ではなかったのかもしれない。
女将のお葬式の直後、私は旦那様の命令で下働きをやめさせられた。
私も「お店」で働けという。
その日以来。ご飯はいつもと変わらなかったけど、それに血のような真っ赤な色の飲み物がつくようになった。
それを飲むと胸が焼けるように熱く、痛くなる。頭もぼうっとする。ろくに、歩けないぐらい。
でも飲まないと、鞭で打たれる。
「とても高価な薬なんだぞ。おまえはずっと、このかわいい顔でいられるんだ」
工房に行ってみたらなんともまあすらっとした長身の剣になっている。
黄金の狼姿の牙王が、よくやったといいたげにネコメさんを称える遠吠えをした。
真っ赤な赤鋼玉で黄金竜をかたどった柄が実に見事だ。
でも刀身が見事によみがえったのでもうリュックには入らない。
しばらくは、自分の寝台のそばに置いておくことにした。
「そういえば明日は夏至ですね」
「あ、そうだった。やっぱりエティアの中央部でも、柱たてるのかな?」
北の辺境のうちの村では、夏至柱を立ててその周りをぐるぐる踊る。
ジャガイモや魚の塩漬けなど、ご馳走も食べる。
ネコメさんは猫の姿のマオ族なので、エティアの習慣はよくわからないんじゃないかと思ったら。
「王宮前広場で立派なのを毎年建てますよ」
屋台もいっぱい出されるそうだ。
カーリンと牙王を連れて行ってみようか。
それにしても。
修理された剣はまだ眠っているのか、全く反応が無い。
いつもならべらべらのべつまくなし、精神波で喋ってくるのに。
「いや、そんなそぶりは全然」
ネコメさんに聞いてみたら、声などひとことも聞こえないという。
でも赤鋼玉には傷はなさそうだから、しばらく様子をみることにした。
祭りを楽しみにしながら娘と暫定の狼奥さんが隣の寝台で寝入ったあと。
俺は夏至の日に出すご馳走のレシピを考えながら眠りに沈んだ。
まさか変な夢を見るとは思わずに――。
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白綿蟲が舞っている。ふわふわふわふわ舞っている。
夏の始めに、雪のように降ってくる虫だ。
今日は夏至だと、母が言う。
街で祭りがあるんだと。たらいでごしごし洗濯する手をとめて、私の頭をそうっと撫でながら。
「父さんが連れてってくれるよ。晴れ着を着てお行き」
洗濯物を干した後。家の中に呼ばれて手渡されたものは、いつもの晴れ着と違った。
襟にも裾にもびっしり花模様の刺繍がしてあって、中に着るブラウスは真っ白でおろしたて。袖にボビンで編んだレースがついている。白い被り物には大きなリボンがついていて、フェルトの靴にも、刺繍がびっしり。
まるで花嫁衣裳――。
「食べていきなさい」
夏至の祭りは夜にやるからと、早めの晩御飯を出された。
いつもはパンだけなのに、母はチーズをとろとろに溶かして麦と炊いたシチューを食べさせてくれた。
貧しい我が家では、チーズやお肉は、父だけが食べられるものだのに。
それが母の精一杯のたむけだったことは、父さんに連れられて街へ入る前にうすうす気づいた。
小さな弟や妹たちは母と一緒に家で留守番だったし。父はひとことも喋らず黙りこくっていたから。
それでも街へいけるのがうれしくて、道端で小さな花をつんだ。
夏至のお祭りには、広場に柱が立つ。みんな願いごとをしながら、その柱に飾りをつけると知っていたからだ。
街の広場はものすごい人だかり。街の人だけでなく、近隣の村からもたくさん人がやってきていた。
広場の中央に立てられている柱は、針金で飾り杖のようにかたどられた、せいたかのっぽ。花がいっぱいつけられていてとてもきれい。
楽団の演奏がどこからか聴こえていて。年頃の若者や少女たちがぐるぐる柱のまわりで踊っている。
「おまえも踊っておいで」と、父さんはひとこと言い残して酒場に消えた。
私は道端でつんだ花を柱に飾った。名も知らない小さな花だ。
薔薇やガーベラに比べたらひどくみすぼらしいけれど、街の人たちのように花屋さんから買うお金が無いから仕方ない。
これで家族みんなの健康や幸せを祈るなんて、虫がよすぎるだろうかと、手を合わせて拝むのをちょっと躊躇した。踊りの輪の中に入ろうかどうしようかと、広場のはしっこでぼうっと踊りを眺めていたら。
知らない人に肩を叩かれた。
「マキウの娘ってあんたかい?」
振り向けば、ものすごくお酒臭い人の後ろで父がうなだれていた。
「まあ、顔はかわいい部類だな。名は?」
「……」
「あー、呼び名だけでいいぜ。俺は持ち主にならねえ。仲買するだけだからな」
「赤猫……」
「よし、銀三本出そう」
お酒臭い人に腕をつかまれ、私は広場から連れ出された。
「すまねえ赤猫」
うつむく父の言葉を背に。
こうして私は人買いに売られた。
同じぐらいの年の娘が、自分の結婚相手を見つける日に。
01010101010101010101010101
01010101010101010101010101
「ふわ?!」
思わず驚いて俺は飛び起きた。
何だろう今の夢は。
自分が年端も行かない女の子になった夢とか、違和感ありすぎる。
しかも妙に現実感たっぷりだ。
首をかいて寝台の周りを見渡すと、そばに立てかけている剣の赤鋼玉がぴかぴか光っている。
だが話しかけてこないから、剣の意識が目覚めた……わけではなさそうだ。
首をかしげながら俺はばふんと、寝台に実を沈めた。
とたんにまた、変な夢が始まった……。
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ここ数年、近隣で子供が多い家では次々と年上の女の子が突然いなくなっていた。
母は決まってこう言った。「お嫁にいったのよ」と。
でも本当は、そうではないのだろう。
たぶんみんな、私と同じ。
村は飢饉続きで、うちは小作農。やっとできた麦は、ごっそり領主様にとられてしまう。
だから父は一年の半分は、塩取りの出稼ぎに行っていた。
ご飯は一日二回なんとか食べられたけれど、肉を食べていい父とは違って、私たちはいつも、パンと水だけだった。
だから酒臭い人に放り込まれた「お店」で、牛乳や卵や果物が食事に出されたとき。
「これ……食べていいんですか?」
私は目をまんまるくしてとてもびっくりした。
「もちろんよ。それはあなたの分」
その「お店」はとても羽振りがよくて、女将はとても面倒見のよい人。使用人にもおなかいっぱい食べさせてくれた。
はじめのうち、私はそこで下働きをするだけでよかった。
「お店」で働く女の人たちの衣類を洗い。食器を洗い。敷布やかけ布を、毎日何枚も何枚も洗う。
時々血がついている布を見つけてどきりとしたけれど、それがなんなのかはこわくて誰にも聞けなかった。ここで十分食べていけるから、そのことにはわざと目をつぶった。
女将は旦那様と「お店」の経営のことでしょっちゅう言い争っていた。
意味が分からない言葉が多くて何を言っているのかさっぱりだったけれど、「お店」で働く女の人たちを守ろうとしている雰囲気が、なんとなく感じられた。
でも女将は、しばらくして病気で亡くなってしまった。
旦那様が毒を飲ませたのよ、という噂が店内でひそひそ囁かれて、とてもこわかった。
それは、あながち嘘ではなかったのかもしれない。
女将のお葬式の直後、私は旦那様の命令で下働きをやめさせられた。
私も「お店」で働けという。
その日以来。ご飯はいつもと変わらなかったけど、それに血のような真っ赤な色の飲み物がつくようになった。
それを飲むと胸が焼けるように熱く、痛くなる。頭もぼうっとする。ろくに、歩けないぐらい。
でも飲まないと、鞭で打たれる。
「とても高価な薬なんだぞ。おまえはずっと、このかわいい顔でいられるんだ」
不思議な剣
その因果関係に興味ひかれます